第33話 特訓(上)
その後は何事もなく、夜には橘さんと体を鍛えつつ、目的地であるホルトの街に到着しました。商人の方に受領書を頂いて冒険者組合に向かいます。この街の冒険者組合は風通しが良さそうです。この地域は気温が高いのでしょうか。
「花園さん、証明書です。あと、お金もお願いします。」
「はい。」
「何か気になることでもありましたか?」
「いえ。なんでもありません。」
「そうですか。受領書を渡している間に職員の方にめぼしい宿のことについては尋ねてきましたから、回って見ましょう。」
橘さんを先頭にホルトの街を眺めます。ギルピックさんのように動物のような耳が生えている方が多い気がしますね。全員本物なのでしょうか。
「あの、あんまり力が強くなった気がしないのですが…」
「流石に数日では効果は出ませんよ。それに今回は筋力増強というよりは精神力強化と言ったところでしたから。」
「どういうことですか?」
「《第ニノ盾修復》使うと超回復は起こりませんので、筋肉が増えたりはしません。」
「え!?…でも、私、筋肉痛になっているんですけど…」
「最後の100回程は使っていませんからね。その分でしょう。」
「100回ですか…凄く勿体ない気がしますね。」
「数をこなせばいいというわけではないですからね。それにいきなり1000回もしてしまったら腕が壊れてしまいますよ。」
「…100回でも壊れそうだったんですが?」
「人の体は思っている以上に丈夫ですよ。」
実際には100回でもかなりの無理をしていますが、50回目、150回目、300回目、500回目、900回目の時に《第ニノ盾修復》を使用したため、100回は精神的には耐えられる程度だったのでしょう。もちろん橘さん個人の精神力があってのものでしょうが。
そして、最近になってようやく気がついたことですが、どうやらこの世界においては努力した分の成果は数値としてすぐに現れるようで、橘さんの筋力の値が5つほど上がっていたらしいのです。これは恐るべきことです。単純に考えてみますと、橘さんさんの元々の数値、仮に30が握力30kgを表していたのだとしたら、現在は35kg。たった数日で約1.2倍にもなったということです。当然このまま上がり続けるわけではないのでしょうが、わかりやすく数値として現れてくれると鍛えがいがあるというものです。しかし、これは私達のみに言えることではありません。この世界にいる全ての人がこれ程能力を伸ばしやすいのだとすれば、それほど敵が強くなるということになります。
(…私も鍛え直す必要があるかもしれませんね。)
苦肉の策ではありますが、お嬢様方にも身を守れるようになっていただきましょう。
「橘さんと未玖ちゃんは何を話していたんですか?」
歩く速さを緩めた早菜恵さんが私の隣に来ました。
「夜中に私達が行なっていた訓練の話ですよ。」
「未玖ちゃんの訓練って、あの頭のおかしいやつ?」
「頭のおかしいって何ですか。流石に橘さんに合わせたものにしていますよ。それと、これからはお嬢様方にも訓練して頂いた方が良い気がします。」
「…あのね未玖ちゃん。普通の子は未玖ちゃんの訓練には付き合えないの。」
「分かっていますよ。初めは軽いものです。お嬢様方が相手ですから特別軽くしますよ。」
「特別軽くって何をするの?」
私は先ほど思いついた案を伝えます。
「…それも結構厳しくない?」
「これ以上に軽くできますか。」
「…まぁ…お嬢様方も頑張るかな?」
何を不安そうにおっしゃっているのでしょう。
お嬢様方は我慢強いですし、優先順位かしっかりとわかっていらっしゃる方です。
早々に宿を決め、1つの部屋に集まります。そして、橘さんの特訓とその成果についてのことを共有させていただきました。
「へぇ、橘ちゃんに実感はあるのか?」
「実感はないですが、筋肉痛のせいかもしれません。腕が太くなったとも感じませんし、とても不思議な感じです。」
「俺が鍛えるとしたら足腰か。歳で弱ってきてるからな。」
「筋肉つかなくて筋力上がるとかラッキーじゃん!帰る前に鍛えまくろ!」
「そうね。帰ったら当然筋肉が増えるでしょうし。」
使用人がそれぞれ思いを馳せている間、お嬢様方は橘さんに断って腕に触れてみたりしています。
(ついた筋力を十分に使いこなせるかが問題になりますね。ですが当面は問題ないでしょう。)
「お嬢様方もいざという時のために鍛えておいた方が良いかもしれませんね。」
「そうね。こんな非常時だもの。自衛くらいできた方がいいわ。」
「私も力が無くて芽津さんに頼ってばかりなので華恋ちゃんに賛成です。」
「私もお姉様に賛成です。」
「私はやだよ!大変そうだし。」
「強制ではありませんから大丈夫ですよ。」
「やったー!」
「ただし、その分勉強はしていただきますが。」
「…え?」
「教材が準備できませんでしたから、琴音お嬢様1人にこちらとしても有難いです。」
「私しか勉強しないの?」
「はい。どちらかに絞った方が良いでしょうから。」
「なら、私もそっちにする。仲間はずれみたいになっちゃうし…」
「そうですか。」
お嬢様方には是非鍛えていただきたい。聖家では12歳までは自衛のために何らかの師範がきて稽古をつけて下さいますが、最低限だけです。万が一、そんなことはあってはなりませんが、万が一私達使用人がお嬢様方をお守りできない時に対処できるかもしれません。
明日から早速始めましょう。




