第32話 護衛依頼(下)
仮眠から覚め、私と橘さんがリリエラさんとギルピックさんから見張りの役を受け継ぎます。見張りを5つに分けた結果です。
「花園さん、魔物が出たらお願いしますね。情けないですけど、私だけの責任ではすみませんので…」
「はい。お任せ下さい。」
パチパチと焚き火が燃え、離れたところからは動物かなにかの鳴き声が聞こえてきます。生物としての本能が残っていれば近くには寄って来ないでしょう。
「…なんだかここに来てから花園さんと会話する機会が増えましたね。」
「そうですね。2人になる機会が多い気がします。」
以前は業務に関する話ばかりで、雑談する機会はあまりなかったように感じます。少なくとも2人きりで会話した記憶はありません。
「このようにただ座って会話するのみというのはなかなかに落ち着きませんね。…いえ、花園さんは周りを気にしてくださっているんでしたね。すみません。」
「いえ、大したことはありませんので大丈夫です。ですが私も、少し落ち着きません。…このような機会は増えるでしょうから、慣れるべきなのでしょうけど。」
「やはり、そうですよね…」
橘さんは手持ち無沙汰なのでしょう。木の枝で焚き火をつついています。先端に火が灯り、折れて燃料の一部となりました。
「申し訳ありません。」
「え…何が、でしょう?」
「なんだか橘さんとは暗い話ばかりになっている気がします。」
「そんなことはない、とは言えませんが、花園さんのせいというわけでもないでしょう。」
「何か楽しい話でもしましょう。橘さんの趣味はなんでしょう。」
「…仕事、ですかね。」
「…なるほど。」
「すみません…」
仕事人間といいましたか。ここに来てから仕事らしいものはありませんでしたね。
「難しいですね。できるなら金銭の管理をしていただきたいですけど、私のポケットから取り出す以上あまり意味はありませんから、橘さんのポケットにも同じようなことができるようにしますか。」
「できるのですか?」
「はい。お屋敷の私の部屋の中のものは取り出せます。」
「…いえ、やはり花園さんにお願いします。わざわざ2つに分ける必要はありませんから。」
「わかりました。」
「あとは花園さんたちの仕事を手伝うくらいですか。そちらのほうが難しい気がしますね。」
「私たちとしては橘さんにも何かあっては困りますからね。」
「では、自分の身を守るためでも魔法は練習した方が良いのでしょうか?」
「時間もありますし、今しますか。」
「いいんですか?」
「はい。私もご一緒させていただきます。」
後回しになっていましたから、私もついでに練習しましょう。
「では、まず私と花園さんの両方が使える魔法から始めましょうか。わたしはと花園さんは水、風、闇の3つが同じでしたよね。まずは水からでもよいですか?」
「はい。」
…適性はどのように決められているのでしょう。
橘さんが水属性の魔法を使用すると、水滴が1滴のみ出てきました。もっと力を込めていただくと、今度は鉄砲水のように勢いよく吹き出しました。
とにかく極端になってしまっています。もはや球の形を成していません。
「花園さん…」
「充分護身できると思いますよ。」
「そうですけど、もっと、こう…可愛らしいのが良かったのですが…」
「可愛らしい、ですか。」
「こう、丸っこいのとか。」
「…今度に期待しましょう。今回は護身が目的ですからそちらは後です。」
「そうですね。では、次は風属性を練習しましょう。」
「いえ、風属性はまたの機会にしましょう。騒がしくしてしまうかもしれませんから。」
「あっ、そうですね。では、闇属性にします。」
「どうぞ。」
橘さんが闇属性の魔法を使用すると掌から黒色の泥のようなものが流れ出しました。地面に落ちるとそのままゆっくりと広がっていきます。
「橘さん、それはなんでしょう。」
「…闇球のつもりだったのですが…」
何処にも球の形は見当たりません。
「花園さん。」
「はい。」
「そもそも固体ですらないものをどう球体にできると言うのですか?」
「…そうですね。」
「今は液体に分類されるのかはわかりませんが、闇という抽象的なものをどうしろと言うのですか?」
「…すみません。」
「…才能がないんでしょうか…」
橘さんは元の木株に腰を下ろしました。
「そんなことはないと思います。まだ始めたばかりですから、上達する可能性はあります。」
「あれからですか?」
「…まだまだ時間はありますから。」
「…はぁ…」
俯かれてしまいました。どうしましょうか。
「橘さんは休まれても結構ですよ。見張りはわたしがしておきますから。」
「…花園さん。」
呼ばれて振り向くと、俯かれていた顔を上げ、わたしの目を真っ直ぐに見ていられました。
「はい。」
「私に剣を教えてくださいませんか?」
「剣、ですか。」
「はい。お願いできませんか?」
「…わかりました。本当に出来る限りになりますがよろしいですか。」
「はい。」
とても真剣な眼差しをしていらっしゃいます。別のもので補おうとするのは間違っていないと思いますし、橘さんなら苦手なものをそのままにもしておかないでしょう。
「では、まずは筋力をつけていただかないといけませんので、そこの枝で懸垂をお願いします。」
「…え?」
「構えもあるのでしょうが、まずは筋力をつけなくては何も始まりません。どうぞ。」
「…」
「橘さんもわかっているとは思いますが、剣は重いですよ。」
「…はい。」
「私もご一緒しますから、頑張りましょう。」
太陽が昇り始めるとお嬢様方が起きられてきました。
「…未玖、橘はどうしたの?」
「橘さんも苦労されているのですよ。」
私の太ももに橘さんの頭が乗せられています。初日から懸垂1000回は無理をさせてしまったかもしれません。ですが、《第ニノ盾修復》を使っていますから筋肉痛はないはずです。私が幼い頃にさせられたことそのままですが、こんな風に役に立つこともあるのですね。




