第31話 護衛依頼(中)
依頼を受けますと、私達は門へと向かいました。ちょうど王城の反対の方角にある門です。商人の方々は毎日のように隣町に向かうそうでして、その時に普通は青色以上の冒険者の方に依頼を出すそうで、それに加わるような形で参加することになりました。
私達は食料や調理、寝泊まりの道具など私達が考えゆる必要となるものを購入していきます。お嬢様方をテントのようなものの中で過ごさせるとは大変心苦しいのですが、これも話し合いで決定したことです。
依頼を受けた時に商人の方へ伝達が行っているそうで、私達は門で青色冒険者の方々や商人の方々と合流することになっています。
買い物をしながらも目に入ってくる光景は、ここ数日ですっかり慣れてしまったもので、今日でこの街ともお別れと考えますとなかなか寂しい気持ちにさせられます。
「また戻ってくればいいじゃない。」
早奈恵さんが私の考えていたことを察せられたのか、そう言われました。もしくは早奈恵さんも私と同じように感じていたのかもしれません。
「そうですね。そこまで離れてもいないようですし。」
お嬢様方のことを考えると日帰りでは難しいでしょうが、2、3日で戻ってこれるでしょう。
それをわかっているのかいないのか、真智さんは楽しそうな様子でギルピックさんに話しかけています。
「ギルニャン、あっちは何か有名な食べ物とかあるの?」
「ホルトの街は甘味処が有名だった筈にゃ。あと、魔法学校があるから、街中でよく魔法使いを見かけるのにゃ。」
「学校とかあるんだ?」
「生徒は貴族のボンボンばかりにゃ。態度もでかいからあんまり好きじゃないのにゃ。でも、そいつらが金を落としてくれるおかげで街全体が発展しているとも言えるにゃ。」
「ギルニャンは?」
「魔法は苦手にゃ。」
「へぇ、まぁ、帽子とか被ってないもんね。」
「帽子に何の関係があるにゃ?」
「魔法使いっていったら帽子とローブと杖でしょ。」
「杖はともかくローブは凄く高額にゃ。」
「やっぱり!杖があったかローブもって思ってたけど本当にあった。それで、帽子は?」
真智さんが手で帽子を表現しています。ギルピックさんにはよく理解できなかったのでしょうか。首を傾げています。
「そんなに大きなもの頭に乗せてたら邪魔になるにゃ。」
「そんなぁ…」
真智さんが項垂れています。
「真智さん、そろそろですよ。」
「ん?もう?」
門にもだいぶ近くなり、おそらく私達と合流するはずの冒険者の方々がこちらに気づきました。先頭に向かい、声をかけます。
「こんにちは。青色冒険者の方々でよろしいですか。」
「ああ。俺はガルムリッドだ。長いから好きに呼んでくれ。」
「よろしくお願いします。」
握手に応じます。この方々の代表なのでしょう。こちらの代表は橘さんですがいいでしょう。
「あんたらがあの有名な新人パーティだな。」
「有名になっているのですか。」
「気づいてなかったのか?そりゃ目立つだろう。」
ガルムリッドさんは私の後ろに目を向けます。そういえば人数が多いのでしたか。
「商人の方はもういらっしゃっていますか。」
「まだ来てない…いや、今ちょうど来たようだな。」
こちらへ向かってくるのは一人のご老人です。80代くらいでしょうか。
「おや、見ない顔ですね。」
「今日は昇格試験のパーティがあるって連絡きてただろ?」
「おぉ、そうでしたな。本日はよろしく頼みます。」
「はい。最善を尽くさせていただきます。」
「そっちはこれで全員だよな?」
「はい。全員です。」
「よし。なら出発するか。」
そうして私達の護衛依頼が始まりました。
「ねぇ、未玖?動物園ってこんな感じなのかしら?」
「私は訪れたことがないので判断できません。」
「そう。」
大人しい魔物が多いのかこちらに近づいてくることがありません。そのような魔物については無視するという方針のようで私達もそれに習っているため現在は魔物を眺めているだけです。
「未玖お姉ちゃんも行ったことないの?」
「はい。」
「なら帰ったら一緒に行こうね!」
「宜しければ是非。」
「琴音の案はいいわね。もしそうなったら桃羽も来るでしょう?」
「うん。行ってみたい。」
「なら、行きましょう。帰ったらお父様に相談しておくわ。」
動物園で見たい動物から始まり話が盛り上がっていらっしゃいます。ですが麗香お嬢様は会話に混ざろうとしていらっしゃいません。
「麗香お嬢様、どうかされましたか。」
「あ、いえ…なんでもないです。」
「麗香お嬢様は魔物に興味があるのですか。」
「…わかりますか?」
「はい。魔法にも人一倍興味を持たれていたように感じます。」
「実は、私はこういう世界を前から知っていたんです。」
「どういうことでしょう。」
「まぁ、本の中のことなんですけどね。」
笑いながら麗香お嬢様は、魔物が登場し、それらを魔法で倒したり、勇者が魔王を倒したりといった世界を題材とした本があるということを教えてくださいました。
「ですから王城であのようなことを言っていらしたのですね。」
「はい。まぁ、想像とは外れてしまいましたけどね。」
「それにしても、人の想像力というものは侮れませんね。」
「そうですね。そういう本だと魔法の練習をする事で強くなるのが鉄板なんですけど…」
「時間を見つけて試してみましょうか。」
「え?でも、危ないって…」
「はい。ですが私達では一切使わせないことと危険でなくなるように練習することのどちらが良いのか判断は難しいですから、麗香お嬢様が興味を持たれていることも踏まえれば練習するという方針になるかもしれません。」
「本当ですか?」
「はい。まだわかりませんから可能性といった話ですが。」
「未玖さんはどう考えているんですか?」
「私は…そうですね。どちらも良い判断であると思います。ですが麗香お嬢様のしたいことを尊重したいという意味では練習する方でしょうか。」
「…嬉しいです。」
麗香お嬢様は小さな声で呟かれました。その言葉は心から溢れた言葉のように感じられます。
私達の意図を汲んでくださり、今まで我慢なさっていたのでしょう。仕方のないことですが、やはり使用してみたかったのでしょう。想像の中のものが実際に手に入ったのなら当然でしょう。それを耐えてくださっていたことには感謝しかありません。
「せっかくの機会ですから、旅行と思って楽しんでください。このような経験はなかなか味わえないものでしょうから。」
「はい。」
「そろそろ今日の分は終わりかもしれませんね。」
「日が沈み始めているからですか?」
「はい。遠いところが見辛くなりますからね。予想ですが。」
「…ここは別世界なんですよね?」
「そうですね。」
「なら、どの世界でも夕日は綺麗なんですね。」
麗香お嬢様につられて顔をあげます。
そういえばこのように夕日を眺めたことはなかったように感じます。私にも経験すべきことはまだまだあるのかもしれません。
夕食を食べ終え、お嬢様方の輪から少し離れます。当然見える範囲ではありますが。
お嬢様方は魔法の練習をしていらっしゃいます。夕食の最中に話し合った結果でした。あまり幸先がよくありませんでしたが、麗香お嬢様が押し切った形になりました。本当に楽しそうに練習されています。
「少し、いい?」
「はい。どうかされましたか。一日中私を見ていたようですが。」
ガルムリッドさんが自己紹介した時からずっと私を観察するように見ていられました。
「私は花園未玖と申します。貴女の名前を伺ってもよろしいでしょうか。」
「リリエラ。質問いい?」
「はい。構いませんよ。」
「ミクは聖女様と関係ある?」
「私がですか。」
「そう。」
「申し訳ありませんが、聖女様とはなんでしょう。」
「…知らない?」
「はい。有名な方なのでしょうか。」
「…数百年前の英雄の一人。貴女は伝承に似てる。」
「そうなのですか。」
「そう。銀色の髪を持つ絶世の美女。目の色は違うけど…でもそんなに綺麗な銀色の髪は見たことがない。」
「これは白髪ですよ。それに絶世の美女と言うほどではありません。過大評価でしょう。」
「…鏡見たことない?貸す?」
「毎日見ていますよ。その上で判断しています。それに、私は貴女の方がお綺麗だと思いますよ。」
「…あ、ありがとう。」
頬を染められています。褒め慣れていないのかもしれません。
「違う。本当に何も関係ない?」
「私が存じ上げている限りでは何も関係ありません。容姿だけというのなら他人の空似でしょう。」
「…そう。」
「ところで、聖女様についての伝承は容姿のみなのでしょうか。」
「有名なのは容姿のことと、聖女様は特別な魔法を使うこと。」
「特別な魔法ですか。」
「現在の魔法とは別物。死者の蘇生に、天から光の矢を降らせたり。」
「蘇生はともかく、光の矢であれば可能なのではないですか。」
「文献に空一面を覆い尽くしたとある。そんなこと不可能。」
「そうなのですか。」
「あと、有名ではないけど、聖女様は天に還ったとある。」
「それは亡くなったという意味なのでは。」
「よく知ってる。天に還るは昔の言い回し。でも、同じ文献の中の勇者様達に対してはその地に眠ったとある。聖女様だけ言い回しを変えた理由がわからない。」
「お詳しいのですね。」
「…聖女様みたいになりたいから。自分だけ使える魔法で大金持ちになる。」
「随分と俗物的な動機ですね。」
「私は孤児だから。お金の大切さはよく分かってる。」
「そうですか。用件は今ので以上ですか。」
「そう。」
「では、私はお嬢様方のところへ戻りますね。あと、私個人としては貴女の現実的な考え方は良いものだと思います。」
「…ありがとう。」
「いえ。それではおやすみなさい。」
「おやすみ。」
リリエラさんはガルムリッドさん達の所へ戻っていかれました。
(聖女様ですか。)
少し興味が湧いてしまいました。時間が出来たら調べて見ましょうか。
「未玖さん、見て!」
麗香お嬢様は人差し指を立てました。
「《水糸》!」
これは以前に真智さんがしていたものですね。
「とても綺麗です。よく練習なされましたね。」
「はい!頑張りました!」
皆さん練習されたようですし、私が一番使えないかもしれませんね。足並みをそろえる意味でも練習した方がよいかもしれません。
「そろそろ終わりましょう。明日も疲れるでしょうから。」
橘さんの声で練習は終了しました。
「花園さん、近くの川で水浴びをするのそうですが、どうしましょう?」
「お嬢様方の希望に沿う形にするのが良いかと思います。」
「そうですね。私も同じ考えです。」
私も用意しましょう。男性の方はすでに終えたのか戻ってきて見張りをしてくださっています。
お嬢様方がテントから出たところで《第一ノ盾閉鎖》と《第六ノ盾反射》を使っておきます。これで問題ないでしょう。
「さて、私も向かいましょうか。」
川の水は当然冷たいため、火属性の魔法で温めてから使います。
「お嬢様、大丈夫ですか。」
「ええ。気持ちがいいわ。」
出来るだけ高い石鹸を購入してきましたが、正直に言いましてあまり良いものではありません。空いた時間に自作しましょうか。
「そういえば、未玖。私達が魔法の練習している時何を話していたの?」
「大したことではありませんでしたよ。私の容姿が気になったそうです。」
「そう。未玖は美人だもの仕方ないわ。顔もそうだし、この髪も。私が洗ってもいい?」
「お嬢様のお手を煩わせるわけにはいきません。」
「未玖は毎回そういうんだから。結局させてくれるのに。」
「控えて欲しいのですけどね。」
できればこのような状況も困るのですが。見えてしまっては大変なことになってしまいます。
「体は駄目なのよね?」
「はい。申し訳ありませんが、こればかりは私の感覚ですから申し訳ありません。」
「いいのよ。じゃあ、代わりに琴音を洗ってくるわ。」
お嬢様は私達の仕事取ってしまうこともありますが、あまり厳しくは言えません。悪いことではありませんからね。
身体に巻きつけたタオルを取り、素早く身体を洗い、お嬢様方に合流します。
因みにですが、私が裸になるときはいつも《第三ノ盾隠蔽》で見られてもわからないようにしています。一番使用量が多いですね。
身体を清め終わり、テントへ戻ります。すぐにお嬢様方は眠ってしまわれました。眠っていただけて良かったです。見張りは私達からは私と橘さん、早奈恵さんと真智さんの2組になります。多少強引でしたが、アルメルトさんと板橋さんには遠慮していただきました。現在は早奈恵さんと真智さんが見張りをしてくださっていますから、私も眠りましょう。




