第30話 護衛依頼(上)
また期間が空いてしまいました。
角豚の依頼から数日後、ここのところ毎日冒険者組合に通っては依頼を受けていました。そして、宿探しも全く進んでおりません。別の宿を探すことは自分達で決めたことなのですが…
住めば都ということなのでしょうか。このままでも良いのではと思い始めてもいました。より安全性の高い宿ならばなお良いのですが。
「ミク?何ぼーっとしてるにゃ?」
「これからのことを少し考えていました。」
「そうなのにゃ?」
ギルピックさんも正式に私達のパーティの加わりました。ただでさえ人数が多かった上に1人追加です。周りの冒険者の方もこちらに好奇心の宿った目で見ていました。何故か私の方を見ていた方が多かった気もしますが気のせいでしょう。
「またぼーっとしてるにゃ。しっかりするにゃ。もうそろそろ時間だにゃ。ここから出ていかないといけないのにゃ。」
そう。私達は愛着の湧いて来たこの宿を出ていかなければならないのです。それは昨日のことでした。
組合へ着きますと、職員の方が橘さんに声をかけました。
「すみません。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「私ですか?」
組合へ着きますと、受付の方が橘さんに声をかけました。
「はい。パーティの皆さんも私について来てください。」
何故わざわざ別室に移されるのでしょうか。誰かがいる気配もありませんが。
「どうぞ、そちらに掛けていて、あっ…足りませんね…」
「いえ、私達は大丈夫ですよ。それよりも急かすようで申し訳ありませんが、どのような要件でしょう?」
「ランクの変更だと思いますが、私には正確にはわかりかねます。組合長を呼んで来ますので、そのままお待ち下さい。」
そう告げると扉から出ていかれました。このような場所でも出てくるのは果汁をそのまま使った飲み物のようです。何という果物なのかはわかりませんが。
やはりここには紅茶などはないのでしょうか。
「悪いな。待たせて。すぐ始めるからよ。」
この立派な髭を携えた馴れ馴れしい方が組合長なのでしょう。
「本当は呼び出すのも面倒なんだけどよ、一応規則だから我慢してくれや。それでお前達はランクを上げる気はあるか?」
私達は顔を見合わせます。
「ランクが上がることによって何らかのメリットがあるのですか?」
「まぁ、実力が認められたってことと依頼の幅が広がるってことだな。」
「では、デメリットはありますか?」
「白から黄だと特にないな。いや、デメリットかはわからないが、ランクが上がる時にはそのランクによって必ず依頼を受けて達成してもらう必要がある。今回だったら護衛依頼だな。」
「護衛ですか?」
「ああ。隣町までな。まぁ、盗賊とかが出たって話は聞いていないし、青の1人をつけるから何かあった時は心配するな。」
「…それは今回答しなければなりませんか?」
「1週間以内ならいつでも構わないぞ。1週間が過ぎても別の依頼を受けて達成すればまた1週間機会があるからそう重く考える必要はない。」
「では、お願いしてもよろしいですか?」
「ああ。じゃあ、証明書を出してもらえるか?」
「はい。」
私達の証明書が机に並べられます。組合長は懐から取り出した紙を証明書1つに対して1ずつ置きました。
「一応これは本人が確認してくれ。1人1枚だ。依頼途中で無くしたらやり直しだから無くさないようにな。ランクが上がると回収されるが、今回受けなくても持ったままでいいからな。」
「はい。わかりました。」
「今日の用件はそれだけだ。時間を取らせて悪かったな。」
「いえ、必要なことでしたから。」
「そうだな。じゃあ、最後に、ーーー」
「駄目ですよ。」
「…何がだ?」
「駄目です。」
流石に口を挟ませていただきます。皆さんは状況を掴めていらっしゃらないのか不思議そうな顔をされていますが。
「…ああ。すまなかったな。本当にこれで終わりだから帰っていいぞ。」
そう組合長が仰ると、私達をこの部屋まで案内してくださった職員の方が扉を開けてくださいました。そして私達は普段通りに依頼を受け、午前中には終わらせると宿へと戻ってきました。
その後、組合を出るときに職員の方からランクが低い内は護衛依頼で向かった先の街にそのまま宿を借りたりすることが多いらしく、それも含め話し合った結果、私達も先例に習って引っ越すことを決め、宿の方にも今日で出て行くことを告げてから私達は初めての護衛依頼へと向かいました。
〜〜side:グラウズ
ランク上げのことを話したパーティが組合に来た。ランクを上げることにしたらしく、護衛依頼を受けていった。それ自体はそう珍しいことではないが、俺が気になっていたのは使用人のような格好をした銀髪の少女のことだ。
今までも白から黄に変わる奴には毎回、洗礼の意味も込めて殺気を飛ばすようにしていた。それに耐えるならば良い。耐えなくとも自身の実力と経験不足を実感するだろうと俺個人が始めたことだった。
だが、組合長に就任してもう20年は経ったが、その中で初めて、殺気を飛ばす前に気づかれた。これはあまりに衝撃的なことだった。
当然のことだが、殺気というものをある程度操作できるようになるまでには長い月日を必要とする。それも実際には殺す気のない相手には特に。
それでも俺は元青色冒険者パーティの一員としての自負のようなものがあったのだ。
今までに積み上げてきた常識が崩れて行くのを感じた。そして銀髪の少女の声に反応し、即座に武器を取れるように姿勢を変えたやつも2人いた。
他の奴らは気づいていないようで不思議そうにしていたが、あの人数にあれほどのことができるやつが3人もいて、そのうち1人は別格ときた。他の奴らも、彼女らに感化されてさらに伸びるかもしれない。
そしたら…
…俺たちの届かなかった紫、もしかしたら黒まで到達するかもしれない。そう考えると今までになかったくらいの興奮が湧き上がる。
あのような『可能性』のある新人を見れたことだけでも組合長なった意味があるように感じた。
「組合長、今日の収益ですが…組合長?」
「…おぉ、そこに置いておけ。」
「何か良いことがございましたか?」
「何故そのようなことを聞く?」
「そのようににやけていては誰でも尋ねられると思いますが。」
口元に手をやると、確かに彼女の言う通りだった。
「率直に申し上げまして、とても気持ちが悪いので人前でお見せになるのは控えた方がよろしいかと。」
「…」
「では、用件は以上ですので失礼いたします。」
扉の閉じる音が静かに響いた。




