第29話 お嬢様と協力者
また期間が空いてしまい申し訳ありません。
窓から差し込む朝日に目を覚まします。板橋さんとアルメルトさんは既に起床されているようです。橘さんはもう少し経ってから声をかけましょう。
いつも通りの準備を終え、板橋さんに声をかけます。
「おはようございます。」
「ん?おぉ、起きたのか。おはよーさん。」
「…おはよう。」
「何かお手伝いすることはありますか。」
「アルメルトの方を手伝ってくれるか?」
「わかりました。」
アルメルトさんは食材を切っているようです。現在は細長いものを小口切りにしています。昨日確認した筈ですが、忘れてしまいました。
「1つ頂いてもよろしいですか。」
「…」
頷いてくださったので1つ摘み、口に入れます。
「瓜のような味ですね。何に使うのですか。」
「…炒める。」
「そちらはもうすぐ終わりそうですね。私は何をすれば良いでしょう。」
「…それを千切りにしてくれ。」
「わかりました。」
こちらは見た目のまま味もキャベツですね。ささっと終わらせてしまいます。
「…」
「どうかされましたか。」
何度か私の様子を窺うように目線がこちらを向いています。
「慣れてるのか?」
「千切りですか。板橋さんの手伝いでする事がありますからね。そのおかげでだと思います。」
「…そうか。」
「次は何をしましょう。」
「…終わりだ。」
「そうですか。板橋さん、こちらは終わりましたよ。」
「ん?おぉ、早かったな。後は俺1人でも大丈夫だ。ゆっくりしてきてくれ。」
「わかりました。」
さて、ではそろそろ橘さんにも声をかけてきましょう。手で軽く肩を揺らします。するとすんなりと体を起こしました。
「おはようございます、橘さん。」
「おはようございます。」
橘さんはその言葉の後、深呼吸をされていました。そして完全に目が覚めたのか、洗面台に向かい、支度をされていました。
お嬢様方にも声をお掛けします。早奈恵さんたちはすでに起床していました。そういえばこちらに来てからお嬢様の寝起きが良い気がします。気が休まっていないのかもしれません。気をつけておきましょう。
朝食を食べ終え、冒険者組合に向かわせていただきます。中に入りますと、ギルピックさんがお酒を呷っていました。
「ギルピックさん、おはようございます。」
「ん?あっ、おはようだにゃ〜」
酔われているようですが大丈夫でしょうか。
「花園さん、こちらの方は?」
「協力してくださる方です。報酬は払っていますから心配なさらないで下さい。」
「そういえば名前はなんていうにゃ〜?」
「話の流れを考えてください。花園未玖と申します。こちらの方は、」
「ミク…しっかり覚えたにゃ〜」
ギルピックさんは席を立ち、私の方にゆらゆらと歩いて来ます。害意はないようですが。
「どうかされましたか。」
「…」
「ギルピックさん?」
目の前でこちらを見つめています。私の方が少しだけ身長が高いため見下ろす形になってしまいます。酔われているせいか頰は真っ赤に染まっています。
そこで力が入らなくなったのか、膝が折れました。脇に手を入れ倒れないように支えます。
「ギルピックさん、大丈夫ですか。」
「…あはは〜」
「ギルピックさん、少し飲みすぎでは、んっ。」
「んっ…」
唇に柔らかな感触が触れました。
なるほど。これは危害には入らないのですね。
「飲みすぎです。しっかりなさってください。」
「初めてだったにゃ〜」
「わかりましたから、そこに座っていてください。」
職員の方に頼んで水を運んできていただきます。
「飲んでください。少しは酔いが覚めると思います。」
「別に酔ってないにゃ〜…」
そう言いながらも水は飲んで下さいました。
「こちらが私達に協力してくださるギルピックさんです。」
「いえ、あの…何がなんだか…」
「えっ?未玖ちゃんキスされてなかった!?」
「酔われていたんでしょう。」
「反応薄くない!?」
「同性ですし、悪気もないようですから、そこまで気にすることもないでしょう。」
「いやいや、普通もっと反応するでしょ?」
「そうですね…」
私だから良かったもののお嬢様方に対してだったらと考えます。
「…後ほど注意しておきます。」
「あぁ…うん。お手柔らかにしてあげてね。」
「いえ。しっかりと言っておきます。」
「あっ、そ、そう…」
今の件で更に注目を浴びています。場所を変えた方が良いかもしれません。
依頼を選び、早速出掛けます。今回は角豚の討伐を受けてきました。今日はそれを使いましょうか。説明を聞く限り猪のようなので食べられないことは無いはずです。
「ギルニャンもナイフなんだ。案外多いの?」
「そんなことないにゃ。狙い通りに当てるのは難しいからにゃ〜。」
「あっ、そっか。」
「毎回回収することは面倒ではないの?」
「数が必要だから出費も多いにゃ。節約はすべきにゃ。」
真智さんと早奈恵さんはすでにギルピックさんと仲良くなっていらっしゃるようです。麗香お嬢様は声をかけたそうにしていますね。琴音お嬢様は華恋お嬢様の背中に隠れています。最近はあまり感じませんでしたが、以前から初対面の方には人見知りなところがありましたからね。
ギルピックさんに先導していただいたためそれほど時間をかけることなく目的地に到着することができました。草原で見晴らしも良く、目的の角豚もここから見ることができます。
「聞いてはいましたが、本当に長いですね。」
「凄いね〜!重そう。」
「胴体と同じくらいね。」
「あの!来てますよ!」
あちらも私達に気がついたのかこちらへ向かって来ています。結構速いですね。加えて長い角は少し動かすことができるようです。正面に伸びていましたが、走りながら角の先端を合わせています。角も合わせて3mくらいですね。
あいも変わらずこちらへの距離を詰めています。さて。
「なるほど。結構固いのですね。」
角を押さえて突進を止めます。撫でてみますと予想以上にすべすべとしていて手触りが良いです。いつまでもこのようにしているわけにはいかないのですが、お嬢様方にお見せして良いものでしょうか。
「未玖?大丈夫?」
「はい。お嬢様は大丈夫ですか。」
「ええ。それよりも、いつまでも掴んでおくつもりなの?」
「いえ。お嬢様は大丈夫ですか。」
「ええ。仕方のないことだわ。」
「わかりました。」
お嬢様ならご理解なさって仰られているのでしょうから、遠慮なく首に剣を突き刺します。それと同時に角豚の肉体は力を失い、その場に崩れ落ちました。
「少し辛いわね。」
お嬢様は一時も目を離してはいけないとでも仰るかのようにこちらを見続けています。
「うっ…」
「…っ」
麗香お嬢様は口を押さえ、目尻には涙が溜まっています。琴音お嬢様は目を逸らし、顔色が悪くなっておられましたが、こちらを見ています。
「う…うぇ…」
「…お嬢様。こちらをどうぞ。」
花房お嬢様は近くの木で私達から視線を外し、嘔吐かれたようで叶実さんが手拭いを差し出しています。やはり刺激が強かったのでしょうか。これから解体するつもりだったのですが…
「ミクは厳しいにゃ〜。初めて見たなら吐くくらい普通にゃ。これに耐えきれなくて冒険者をやめる人も少なくないにゃ。」
「そうなのですか。」
では今後慣れていってもらいましょう。ご自身でして頂いた方が私も周囲を警戒できますから。
「血がかかるかもしれませんから、少し離れて待っていて下さい。」
「…ええ。わかったわ。」
「はい…」
「うん…」
お嬢様方と真智さん達が少し離れます。華恋お嬢様は花房お嬢様の背中をさすっていらっしゃいます。
(そういえば、橘さんは平気そうですね。)
多少は動揺しているようですが、顔色はあまり変わっていらっしゃいません。
「さて、少々急ぎましょうか。」
「手伝うにゃ。」
ギルピックさんに手伝っていただき解体していきます。解体しておいた方がその分報酬を弾んで頂けるそうです。
「解体した後はどのように運んでいらっしゃるのですか。」
「回収袋にゃ。」
そう仰りながら、解体している手は止めず、もう一方の手で巾着を取り出しました。
「こんなに小さいと何も入らないのでは。」
「…そういえばミク達は世間知らずだったにゃ。これはC級の回収袋だからかなり入るにゃ。というか、ミク達は回収袋無しでどうやって運ぶつもりだったにゃ?」
「私のここに入れようかと。」
切断した角をポケットに入れます。
「な、なんなのにゃ?そんなの見たことないにゃ…どうなってるのにゃ?」
いえ、私にはその巾着の方が理解できません。
「血抜きはよろしいんですか。」
「D級以上は中のものは時間が止まるから今しても後でしても変わらないにゃ。」
「どういうことですか。」
「そのままの意味にゃ。入れた瞬間と出す瞬間で何かが変化することはないにゃ。」
「便利なものですね。色々納得はできませんが。」
「常識にゃ。あと、内臓はいらないにゃ。殆どの場合は買い取ってくれないにゃ。」
「そうなのですか。わかりました。」
「そういえば、質問してもいいにゃ?」
「はい。なんでしょうか。」
内臓を取り出しながらギルピックさんは世間話のように仰りました。
「なんでミクは女みたいな格好しているのにゃ?
あっ、こいつ銅貨飲み込んでーー」
ギルピックさんが頭を下げたため髪先を切断する程度に収まってしまいました。
「な…」
ギルピックさんの口を押さえます。
危ないところでした。お嬢様方が見ている前ということを忘れていました。
「すみません。私も焦ってしまい冷静な判断ができませんでした。後でお話がありますので時間を開けておいて下さい。」
ギルピックさんは頭を上下に動かしました。それを確認して手を離します。
「未玖?何してるの?」
「ギルピックさんがバランスを崩してしまい頭から倒れてしまいそうになっていたので支えていました。不調ではないそうなので安心してください。」
「そうなの。」
ギルピックさんに手拭いをお渡しします。白手袋に染みた血が顔に着いてしまいました。
「あ、ありがとうなのにゃ…」
それ以降言葉少なくなってしまい、依頼完了まで続きました。
冒険者組合で報酬を受け取り、ギルピックさんにも支払い、その場を後にします。
最初は戸惑っていたお嬢様方も勇気を出されて攻撃なさっていましたので、そう遠くないうちに気にならなくなるでしょう。それもマズイ気がしますが。
ギルピックさんと別れる前に耳元に口を寄せます。
「日付が変わる頃にあそこのベンチで待っていてください。」
「わ、わかったのにゃ。でも、殺さないで欲しいのにゃ…」
「それはギルピックさん次第です。では、また。」
「ギルニャン、またね〜!」
ギルピックさんに別れを告げ、宿へ戻りました。
皆さんが寝静まり、あいも変わらずやってくる訪問者の対象をし終え、ギルピックさんの元へ向かいます。
到着するとギルピックさんは肩を強張らせながら待っていらっしゃいました。
「ギルピックさん。」
「あっ、来たのにゃ?」
「声が震えていらっしゃいますね。」
「そりゃそうにゃ!あんなに脅されたら誰でもこうなるにゃ!」
「そうですか。では、早速本題に入ります。」
「話聞いてないのにゃ…」
「どうして私が女性でないと気づいたのでしょう。」
「なんとなくにゃ。」
「…」
「どうかしたのにゃ?」
「巫山戯ていらっしゃるのでしょうか。」
「ち、違うにゃ。本当にそうなのにゃ。」
嘘をついている様子はありません。
「私は小さい頃からあんまり男と関わらずに生活して来たのにゃ。だからなんとなく男性と女性の区別はつくにゃ。」
「…そうですか。」
「で、でも隠してるなら他の人には言わないのにゃ。本当にゃ!信じて欲しいにゃ!!」
「…そうですね。」
ここで口封じをするのは簡単ですが、また別の方を探す必要があります。そして《契約》をして頂く必要があります。何度も行うと誰かに見られてしまう可能性もあります。となると…
「もう一度《契約》をして頂きますがよろしいですか。」
「なんでもするにゃ!だから殺さないで欲しいにゃ。」
「わかっていますよ。ですからそんなに物騒なことを仰らないでください。」
「どの口が言うのにゃ…」
「…」
「なんでもないのにゃ。早くするにゃ!」
ギルピックさんには私の性別を誰にも伝えないことを条件に追加し、私は宿に戻りました。
何故かギルピックさんが嬉しそうな顔をしていたことは気にしないことにしました。




