第24話 初依頼(下)
受付の方からお薦めの依頼を教えていただき、すぐに目的地へ向かいました。場所は門から出てあの人の屋敷のある方向への道から見える林です。
石食虫の駆除だそうです。名前の通り、石を主な食物として生活しているらしいです。日中は葉の裏で眠っているので、比較的安全に依頼を達成できる為、初心者は必ず通る道だとか。因みに駆除の理由は増殖を放置し過ぎると外壁を食べてしまう為らしいです。
林に着くと早速、石食虫を探します。体長は30cm程のようです。受付の方が手で大きさを示してくださったので、受付の方の情報と私の感覚が正確であればですが。
「未玖ちゃん、見つかった?」
「いえ。そもそもあまり大きい葉がありません。」
ほとんどの葉は小さく、細いのですが、急いでたこともあり詳しく形を聞けなかった為、長さが30cmあれば細くとも裏を見なくてはなりません。フナムシなどのような虫であれば細くとも問題ありませんからね。唯一聞けた特徴といえば触角が6本あるということだけです。その時点で想像がつきませんでした。
「1匹も見つかりません…」
「そうね。そもそもここであってるのかしら?」
「嘘ってことはないと思います。」
「疲れた〜…」
お嬢様方にも探していただいていますがこちらを見つかっていないようです。
「…」
「本当にいねぇんじゃねぇか?」
「依頼が寄せられているのでそんなことはないと思いますが…確かに見つかりませんね…ふぅ…っ!」
「橘さん、どうかしましたか。」
橘さんが溜息を吐き上を向いた瞬間に固まってしまいました。私もつられて上を見ます。
…なるほど。
「ね、ねぇ、花園さん。私の見間違いだったら良いですけど…」
「…私も確認しました。」
なるほど。
血の気が引くというのはこのような時に使うのですか。
「ん?未玖ちゃんどうしたの!?顔真っ青だよ!?」
「ま、真智さん。後はお嬢様方のことはお任せください。不甲斐ないとは重々承知しておりますが、私にも不可能というものがありまして、今回は運が悪かったということで、今回は全てお願いしたく思います。申し訳ありませんが、ーー」
「ちょ、ちょっと、未玖ちゃん、ストップ!早口で何言ってるかわからないよ!?落ち着いて?深呼吸して!」
「私は落ち着いています。ええ、落ち着いていますとも。」
「口調変だよ?ねぇ、早奈恵ちゃん。」
「そうね…本当にどうしたの?未玖ちゃんらしくない。」
「早奈恵さん。真智さん。お2人ならなんとかしてくださると信じています。」
「本当に大丈夫?おかしいよ?」
「すみませんすみませんすみませんーー!!」
私はなんとかお嬢様方だけは連れて林から離れました。
〜〜side:西森早奈恵〜〜
本当にどうしたのかしら。未玖ちゃんがあんなに取り乱すのは初めて見た。
「どうしたんだろうね〜?」
「さぁ。でも、未玖ちゃんが焦るだけの理由があるってことでしょうね。」
未玖ちゃんが対処できないものを私達でどうにかできるとも思えないのだけど。
とりあえず、直前まで未玖ちゃんと話していた橘さんに聞いてみましょうか。何故か橘さんは呆然とした様子で固まっているけれど。
「橘さん。」
「…」
「橘さん?」
「…」
「橘さん?聞こえてますか?」
「…」
「橘さん!」
「はい!?…あっ、西森さんですか。」
「どうしたんですか。未玖ちゃんも変でしたけど、橘さんも変ですよ?」
「…え?花園さんはどちらへ?」
「お嬢様方を連れて走って行ってしまいましたけど…」
「どうして私も連れて言ってくれないんですかーー!?」
橘さんの大声に近くの鳥達が飛び立って行きました。
「と、突然叫んでどうしたんですか?」
「びっくりした〜、どうしたの?」
「どうかされましたか?」
「俺もだ。いきなりどうしたんだ?」
「…」
芽津さんに板橋さん、アルメルトさんも来ました。
「お、落ち着いて、落ち着いて聞いてくださいね?」
「橘さんが落ち着いてください。」
「そ、そうですね。全員で深呼吸しましょう。」
「わ、わかりました。」
橘さん以外はする必要はないのですが、一応しておきます。
「それで、どうしたのですか?」
「皆さん、落ち着いて聞いてくださいね。」
「はい。」
「私、おそらく石食虫を見つけました。」
「え、本当ですか!?あんなに探しても見つからなかったのに…一体、どこにしたんですか?」
「…私達は勘違いしていました。葉の裏と聞いて地面に生えている葉ばかりを探していました。それがそもそも間違いだったんです。」
そう言うと、橘さんは顔を上げ、上を見ます。それに倣って、私達も顔を上にあげました。
上は木によって日光が遮られ、見られない程ではありません。一面に薄橙色に茶色の縦縞の、果実、が…
「…えっ?」
果実から伸びる枝のようなものの先には黒い球体が…
「…」
全員が言葉を失いました。橘さんが呆然としてしまったのも仕方がないでしょう。私達の1つになった心を、真智ちゃんが代弁してくれました。
「気持ち悪…」
私が果実だと思っていたもの全てが巨大な蛞蝓でした。身動きを一切しないため、落ちてくることもなかったのでしょう。1匹でも落ちてくれば気づけたのでしょうが。
5分程が経ったでしょうか。なんとか全員が状況を飲み込むことができました。
「あー、そういえば、未玖ちゃんってナメクジとカタツムリは無理って言ってたような…」
「言ってたわね…」
担当場所のローテーションの中で一番嫌なものを言い合っていた時に未玖ちゃんが庭園の管理と即答していた理由がこれだった。
「花園さんにこんな弱点が…」
「花園ちゃんにも苦手なものがあったか。」
「意外ですね。苦手なものなんてないイメージがありました。」
「私もすっかり忘れてたし…」
「私も忘れてた…」
「と、とにかく、花園さんのことは置いておきましょう。アレをどうにかするのが先です。」
「幹を蹴れば落ちてくるんじゃない?カブトムシみたいに。」
「いや、落ちて来ても困るでしょ。蛞蝓が雨みたいに降ってくるのは勘弁してほしいわ。」
「俺がアルメルトを肩車すれば届くか?」
「…無理だ。」
高さは大体6mくらい。肩車して剣を持って手を伸ばしてもおそらく届かない。
「やっぱり蹴るしかなくない?」
「あの、少しいいですか?」
芽津さんが軽く手を挙げた。
「こういう時こそ魔法を使って見てはどうですか?」
「…」
すっかり存在を忘れていた。それにしても魔法ね…
「芽津さんは使い方わかる?」
「え?…わかりませんか?」
「え?」
「いえ、あの、感覚で?どんなことができるんだろうって考えたら浮かんで来ませんか?」
…どういうことなのかしら。どんなことができるか考える?私は火と風と土と闇ね。で、どんなことができるのか、と。
《火属性魔法:火球》
《風属性魔法:風球》
《土属性魔法:土球》
《闇属性魔法:闇球》
…わかるわね。火球に風球に土球に闇球…読み辛いわ。
「風球に土球に強化だな。」
「火球、土球、強化だ。」
「水球、土球、感電です。」
板橋さん、アルメルトさん、芽津さんが自分の使える魔法を声に出した。私も同じく伝える。
「私は水球、風球、闇球ですね。後ろに球とつくものは一律で使用できるのかもしれません。」
「みんなそれだけなの?」
真智ちゃんは不思議そうに首を傾げていた。
「そういえば真智ちゃんは6種類の属性に適性があったんだっけ。」
「うん。でも、属性ごとの後に球がつくやつ以外に、爆発、水弾、鎌鼬、落石、発光、拘束があるけど…」
「多いわね。全部で12個ってこと?」
「うん。」
「とりあえず試して見ましょう。」
橘さんの言葉により、1つ1つどのようなことが起こるか試すことになった。
試行の結果わかったことは、球とつく魔法は掌から一直線に飛び、物に当たると消えること。魔法を使うとステータスの魔力を使うこと。そして同じ魔法によって減少する魔力の量は一定であること。
「なんか本当にゲームみたいだね。」
「そうね。魔力やら魔法やら非現実的だわ。」
「ある程度わかったので、とりあえず当ててみていいでしょうか?」
橘さんの質問に全員が首肯する。
「《水球》」
橘さんの手から放たれた水球はそのまま1匹の蛞蝓、石食虫に当たる。そして、衝撃によってか石食虫が葉から離れた。そのまま重力に従って地面に落下しーー潰れた。
「…」
またもこの場にいる全員の心が気持ち悪い、で1つになった気がする。
「あっ、これじゃない?魔石ってやつ。」
前言撤回。真智ちゃんだけは気にした様子もなく、落下した石食虫の前に屈み、体内から出た小さな水晶のようなものを摘んだ。
「これを集めればいいんだよね?」
「は、はい。少なくとも10個以上、多ければ多いほど報酬も追加すると言っていましたね。」
「なら、簡単ですね。全員でナメクジを落としましょう!」
真智ちゃんの言葉に、石食虫を落とす為の魔法が何度も放たれた。
数分後、一面にいた石食虫はかなり少なくなり、当てる事が難しくなってきた。
「ここまでにしましょうか。全て駆除しなくてはならないわけではありませんし、10匹以上という内容でしたから十分に達成できています。」
「お腹すいた〜…」
真智ちゃんのお腹の虫が鳴った。その音に何故か和んでしまう。
「そうですね。私もお腹がすいてきました。」
「私もです。」
「私も。」
「そうだな。俺の出番だ。」
「…」
「さて、では、帰りましょうか。」
橘さんが服のエプロン部分を外し、魔石を包みました。
「橘さん、汚れてしまいますよ?」
「大丈夫です。洗濯すれば良いだけですから。さぁ、帰りましょう。」
冒険者組合に帰り、清算して頂くと、金貨3枚、銀貨1枚、鉄貨1枚になりました。多いのか少ないのかわかりませんが。武器は自分の武器を買ってからでいいと言われたので持ち帰ります。未玖ちゃんはおそらく宿に戻っているでしょう。
宿に戻り、受付の方に尋ねると6人の女の子が戻ってきたと言っていました。
「余程怖かったのでしょうか?」
「少し心配だな。苦手なものがあんなにうじゃうじゃいるのを見たっつうと。」
そこまで心配しなくても良いと思いますが。あの未玖ちゃんですからね。
ほら、部屋の中から笑い声が聞こえてきます。
「ただ今戻りました。」
お嬢様方と談笑していた未玖ちゃんが立ち上がって頭を下げてきました。
「すみません。途中で逃げ帰ってしまって。」
「いえ、いいんですよ。人間苦手なものはありますからね。」
「ありがとうございます。」
「ねぇねぇ、未玖ちゃん。そんな事よりも、この匂いって。」
「はい。代わりと言ってはなんですけど、買い物と料理は済ませておきました。お口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がってください。」
…仕事を頑張れる新婚の夫の気持ちがわかったかもしれないわ。
「やった!お腹すいた!」
「手は洗ってくださいね。」
私達は手を洗い、1つのテーブルを囲む。このテーブルも未玖ちゃんが買ってきてくれたみたい。
「では、花園さんが作ってくれた料理が冷めるといけませんから、早速頂きましょう。」




