第21話 お嬢様と初めての朝
サブタイトルが…
朝、一番最初に起きられたのは橘さんでした。
「おはようございます。」
「おはようございます、花園さん。」
昨夜の橘さんの言葉を思い出し、少々気恥ずかしいものがありますが、気にせずに作業を続けます。すると、橘さんは肩の上に顎を置き、私の手元を覗き込みました。
「何をされているんですか?」
「硬貨を種類ごとに数えていました。こうしてみると、かなり枚数に偏りがありますね。」
「そうですね。普通でしたら枚数の少ないものほど価値が高いのでしょうけど…」
「王様からいただいたと考えますと、価値の低いものは少ない可能性もありますね。」
現状、見分けがつくものは鉄貨と呼ばれていた硬貨のみです。そして不運なことにも硬貨の内でちょうど4番目の枚数をしていました。つまり真ん中です。
「ですが、紙幣は使用されていないことはわかりましたね。」
「いえ、紙幣の方が価値が低いのかも知れません。それに硬貨も7種類のみとは限りません。」
「そうですね。その可能性を忘れていました。紙幣の方が価値が高いということが普通でしたから。」
「それにしても困りましたね。文字さえ書いてあるならば読めるはずなのですが、どれにも書かれていないようですし。」
表裏が同じ絵柄で統一されています。この絵柄で見分けているのでしょう。
「大きさに違いはありますが、これでは判断材料になりませんしね。」
「模様も何をモチーフにしているのかわかりませんね。」
「あまり進展はありませんでしたね。」
硬貨を仕舞います。橘さんもそれと同時に離れられました。
「今日の予定は決めていらっしゃいますか。」
「いえ。お屋敷に帰る方法を探したいところですが、不可能な気がしています。」
「何故ですか。」
「手掛かりがなさすぎます。街中で馬のようなものをひいているかたがいたのですが、その馬の歯は尖っていて、まるで肉食動物のようでした。私が知らないだけなら良いのですが、それが当たり前であるかのように町の方々は気にしていません。それだけ珍しくないもので、噂にも聞いたことがないということにも違和感があります。さらに、食事のメニューです。言葉の発音はわかっても、意味のわからない言葉がいくつかありましたが、その中に私の記憶違いでなければ、妖精の名前が書かれていました。」
「妖精、ですか。」
「はい。名称の中にトロル肉と書かれていました。トロルという名前を聞いたことはありますか?」
「いえ、聞いたことはありませんね。そのトロルというのは妖精の名前なのですか。」
「はい。以前に来宇様と共にある集落に立ち寄った時に現地の方に教えていただいたのですが、夜中に子供を1人で出歩かせるとトロルに連れていかれると言われているそうです。」
「鬼が出るというようなことでしょうか。」
「脅し文句のようなものなのかも知れません。ですが、子供を連れて行くだけではなく、1年に1回の祭典でトロルに対して収穫の一部を捧げると次の一年はトロルが害獣から作物を守ってくださるとも仰っていました。」
「そうなのですか。」
「…こほん。話を戻しますが、トロルという言葉は花園さんも知らなかったように、おそらく日本ではあまり馴染みのない言葉です。他の生物の別称だとしても違和感があります。ここはどこなのでしょうか?」
「…私にはわかりません。」
「そうですよね。すみません。」
「いえ、お気になさらないでください。」
そう言うと橘さんは板橋さんとアルメルトさんが起きていないことを確認して、私の耳元に口を寄せます。
「花園さんの昨日のモノでもわかりませんか?」
「…」
「もしかしてできるのですか?」
「どこかはわかりませんが、ある程度の地形や居場所は確認できます。」
「地形がわかるならどこかもわかりませんか?」
「すみません。」
「私には見えないのですか?」
「それなら、なんとか。でも、本当に良いのですか。後悔なさるかもしれません。」
「…はい。大丈夫です。」
「深呼吸していただけますか。」
「はい。」
橘さんが深呼吸を始めました。何故か目を閉じています。
(正直に言えば見せたくはないのですが。)
先程ちゃんと誤魔化さなかった私の失態です。
「橘さん、少し頭に触れます。」
「はい。大丈夫です。」
私は右手を軽く橘さんの額に触れさせました。それと同時に私も目を瞑ります。
「《第ニノ盾|観測《Observation》》」
私と、橘さんにも地図のように見えているはずです。私と関わった方には光点がつけられており、光点に注目いたしますと、その方の情報をごく僅かですが知ることができます。
「…花園さん、個人情報を知っていますか?」
「はい。」
「なら、もう少し私たちのことも考慮してください。」
「そう言われましてもどうしようもできません。」
「…それで、地形でしたね。もっと範囲を広く…なりましたね。」
「思えば自動で動きますよ。」
「なるほど。森ばかりですね。」
「大陸の形がわかるように見える範囲を広げてください。」
「…これは…」
「確認できましたか。」
「…このような形の大陸はありません。何ですか、この丸型の大陸は…?」
「私も初めて見たときは驚きました。」
「島であったなら丸型でもそこまで違和感は感じませんが…」
「この大陸とは別の大陸もあるはずです。そちらも見てみてください。」
「…これが現実なら、お屋敷に戻ることは…」
「難しいでしょうね。継野様が持っていたものも使い方がわかりません。色もいつのまにか変わっていますし。」
「持っていたんですか?」
「はい。回収しておきました。」
「私は詳しく見えなかったのでわかりませんがこれがそうなのですか?」
「はい。必要ありませんからしまっておきますね。」
「…もしかして、そのポケットも花園さんがそのようにしたのではないですか?」
「よくわかりましたね。どこかおかしかったですか。」
「いえ、花園さんは不思議なことができるみたいですから、もしかしたらと。…あの、花園さん。」
「はい。」
「私の周りで起きた不思議なことの大半が花園さんのことで占められているのですが…」
「偶然ですよ。」
「まぁ、そうですか。」
橘さんは諦めたのでしょうか、溜息をひとつつきます。
「お2人は起きませんね。」
「お嬢様方も起きていらっしゃいませんね。起きているのは私達と早奈恵さんに真智さんですね。」
「…もう驚きませんよ。」
「紅茶でしたら用意できますよ。」
「本当ですか!?」
「橘さん、お2人が起きてしまいます。」
「あっ、すみません。ではなく!紅茶が飲めるのですか?」
「はい。普段から入れてありましたから。」
「教えてくれても良かったのでは?」
「私も迷ったのですが…不自然ですからね。もうしばらくはしまっておくつもりです。」
「花園さんも飲んでいないのですか?」
「はい。私だけが独占するつもりではありませんから。それほど多くはありませんが、食料も持ってきていますので、非常食としようかと。」
「そうですね。…知っていて我慢するのは辛いですね。」
「はい。」
「…話を変えましょうか。」
「いえ、そろそろ皆さんを起こして今日の予定を決めた方が良いのではないですか。」
「それもそうですね。」
橘さんがお2人を起こそうとしています。
「橘さん。そのままで良いのですか。」
「何がです?」
「いえ、髪が跳ねていますよ。それにお顔も可愛らしいままです。」
「な、直してきます!」
「私も手伝いましょうか。櫛もありますから。他にも何か必要なものはありますか。」
「櫛だけ貸してください。花園さんはお2人が起きてこちらに向かわないか見張っていてください。」
「わかりました。」
私から櫛を受け取り、橘さんは洗面所へ向かわれました。
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洗面台から戻られた橘さんはいつもと変わらないお姿になられています。
「お待たせしました。お2人はまだおきられていませんか?」
「はい。お2人はお疲れでしょうから、仕方ないと思います。精神的にも疲れているのかもしれません。」
「そうですね。お2人を起こすのは最後にしましょう。女性陣は支度もありますし。」
「はい。」
隣の部屋へ向かいますと、私達が話していた間に叶実さんも起きていらしたようで、3人で話されていました。
「おはようございます。」
「あっ、おはようございます。橘さん。未玖さん。」
「おはようございます。」
「未玖ちゃんもおはよう。橘さんもおはようございます。」
「早奈恵さん、よく眠れましたか。」
「ええ。緊張よりも疲れの割合が大きかったみたい。」
「橘さんおはようございます。未玖ちゃんも。」
「はい。おはようございます。真智さんもよく眠れましたか。」
「もうぐっすりだったよ。すぐ眠くなっちゃってさぁ。」
「何よりです。」
「そろそろお嬢様方を起こそうと思うので、皆さんは身だしなみを整えてください。」
「はーい。未玖ちゃん、櫛とか持ってる?」
「はい。手伝いましょうか。」
「本当?やったー!」
「私もお願い。あとヘアゴムかヘアピンは持ってる?」
「はい。行きましょうか。」
私達は洗面所へ向かいます。私もお2人を手伝います。
「ハンドクリーム持ってたよね?」
「はい。持ってますよ。」
「未玖さん、私にも貸してください。」
「どうぞ。真智さんも使いますか。」
「あっ、うん。ちょうだい。」
「そのまま真智さんに渡してください。」
一度に集まると使いづらいですね。今更戻ってもらうわけにも行きませんけど。
「この鏡、使いづらくない?」
「え?これ曇ってるんじゃないの?」
真智さんが鏡に手で触れます。やめてください。
「ほんとだ。曇ってるわけじゃないね。」
「全体的に少し歪んで映っていますね。」
「未玖ちゃん、私、大丈夫よね?」
「はい。いつも通りの早奈恵さんですよ。」
「まぁ、そこまで鏡見なくても慣れでできるしね。」
「叶実さんは大丈夫ですか。」
「私はお化粧はあまり…」
「なっ、ここにも裏切り者が!?」
「真智さんもお化粧をしなければいいじゃないですか。」
「真智ちゃん、裏切り者を捕まえて。」
「早奈恵さんも煽らないでください。」
お2人お化粧なんてしなくても十分に綺麗ですのに。
「橘さんも待っているんですから遊ばないでください。終わったなら戻りますよ。」
用意は出来たようです。
「はい、未玖ちゃん、ハンドクリームありがと。」
「いえ、お気になさらず。」
この後、橘さんが起こされたお嬢様方の身支度を手伝うために再び洗面所へ向かうことになりました。




