第20話 お嬢様と信頼
外に出ますと、昼間に比べるとやや劣りますが、それでも十分に人通りがあります。男性の方が多く酔っていらっしゃるのか、ふらふらと足元がおぼつかない方もいます。
「どこかで軽食を頂きながら話しましょうか。」
「そうですね。立ち話もなんですから。」
「人通りがありますね。身につけているものには気をつけてください。」
「はい。」
再び昼間に食事をした飲食店にやってきました。椅子に腰掛け、店員の方に声をかけます。
「何か軽いものをいただけますか。」
「軽いもの…甘味なんていかがですか?」
指の先に差されていたくくりの中から、1つ選びます。
「橘さんはどうされますか。」
「私も同じものをお願いします。」
「では、これを2つで。」
「かしこまりました。」
注文を取ると店員の方はすぐにテーブルを離れ、料理人の方へ伝えています。
「こんな時間でも賑わっているんですね。」
「宴会を開いているかのようですね。」
近くのテーブルでも木製のビールジョッキのようなものが置かれ、床にも転がっている。その様子に対して店員の方が何か言うこともありません。
「橘さんも飲まれなくて良いのですか。」
「…少々酒癖が悪いようでして。それに、酔って記憶が飛んでしまっては困りますから。」
「私はどうしましょう。」
「花園さんは当然駄目です。まだ成人して、ませんよね?まさか…話ってこのことですか?」
「年齢は間違っていません。お酒のことも冗談です。」
「とてもわかりづらいのですが。」
「すみません。」
店員の方が注文の品を運んできてくださいました。
「予想以上に量がありましたね。」
「はい。」
器から上に10センチメートルは盛られていて、冷えているのか冷気が伝わってきます。軽いものを頼んだはずなのですが、注文したのは私たちですから仕方がありません。
「いただきましょうか。溶ける前に頂いた方が美味しく頂けると思います。」
「そうですね。」
口に含むと体温によって表面はすぐに溶けてしまいます。中には細かく刻んだ果物が混ぜられいて、果物には酸味の効いたものもあり、とても美味しく感じます。
「美味しいですね。」
「はい。とても。」
私も橘さんも夢中で食べてしまい、かなり量があったはずでしたが、すぐに食べ終えてしまいました。
「もう1つ頼みましょうか。」
「私も、と言いたいところですが、もう1つはお腹を崩してしまいそうですから、私は結構です。」
「でしたら1つ頼んで2人で頂きましょうか。スプーンも2つありますし。」
「いいのですか?」
「はい。私ももう1つはお腹を崩してしまうかもしれません。」
再び注文を伝え、料理が運ばれてきます。再び舌鼓を打ちながら、私は切り出します。
「橘さん。」
「はい。なんでしょうか?」
「私、実は強いんです。」
「はぁ、それは知っていますが。」
「いえ、肉体的なことではなく、例えば…そうですね。私の手を握っていただけますか。」
「こうですか。」
橘さんが私の手を握ってきます。握手のような形です。
「手を握るだけでいいんですか?綺麗な手ですね。肌も…もしかして、私に精神攻撃でも仕掛けているんですか?ええ、確かに花園さんは精神的な攻撃も強いようですね。私の心はひどく傷つけられました。」
「落ち着いてください。橘さんの手も綺麗ですから。あと、精神攻撃ではありません。そのまま握っていてくださいね。《第一ノ矛硬化》」
「っ!」
橘さんは手の感触に驚いたのか握っていた手を離されました。そして自分の手を凝視しています。
「すみません。驚かせてしまいましたよね。」
「もう一度いいでしょうか?」
私の返事を聞くことなく、再び橘さんは手を握られました。
「本当に硬い…手品ですか?」
「似たようなもの、でしょうか。」
「あっ、先程は振り払ってしまってごめんなさい。痛くありませんでしたか?」
「大丈夫です。」
橘さんは未だに私の手を触っていて、少しくすぐったいです。
「あの、橘さん。人体はそちらには曲がりません。」
「あ、すみません。少し楽しくて。硬いのに普通の手みたいに曲がるんですね。」
「まあ、手ですからね。曲がらないと不便でしょう。」
「えっと、これが花園さんの話ですか?確かに手が硬いなら、その、強いですね。」
「まぁ、これも含めてですが、私にはこのような手品のようなものがいくつか使えます。」
「へぇ…凄いですね。私にもできますか?」
「いえ…遺伝のようなものですから。」
「そうですか…あ、すみません。年甲斐もなくはしゃいでしまって。」
「いえ、それは構いませんが、その、怖くありませんか?」
「? 何故でしょう?手品なんですよね?」
「あぁ、なるほど。」
勘違いしてしまっているようです。手品には必ずタネがあるものですから。
「橘さん、先程は手品のようなものと言いましたが、実際は体質と言った方が近いです。」
「体質、ですか。そうですね。遺伝と言っていましたし。」
「そして、硬くなる他にもいくつかのことができます。」
「凄いですね。」
「え、えぇっと…」
今回は本当の意味で困惑しています。どういうことでしょう。まだ理解されていられないのでしょうか。
「橘さん、これは体質に近くてですね。」
「はい。先程から同じことを繰り返していますが、どうされたのですか?」
「ちゃんと理解していただけていますか。」
「おそらくですか。花園さんは凄い力をいくつか持っていて、それは遺伝の体質のようなものなんですよね?」
「私が怖くないですか?」
「何故ですか?」
「ですから、私に怪我をさせられたらとか…」
「あぁ、そんなことですか。」
橘さんはなんて事のないように仰られました。
「花園さんが私に怪我をさせるとしたら、そのような体質によって怪我を負うのは当然として、体質を使わずとも怪我を負わすことは可能だとと思います。」
「そうですね。」
「ですから、怖くありません。私にはどうしようもありませんから。それに、私は、花園さんはそのようなことはしないと知っています。」
「…ありがとうございます。」
「そんな驚いた表情もされるんですね。」
私の表情を見て橘さんの方も驚いていらっしゃるようでした。私は表情を引き締めます。
「私だったら怖がると思いますので。」
「そんなことないと思いますよ。想像でしかないですけどね。」
「…何故ですか。今は安全としても今後どうなるのかはわからないでしょう。」
「…はぁ〜…」
あからさまにため息をつかれてしまいました。
「あのですね、花園さん。私たち、出会ってからもう何年も経っているんですよ。」
「そうですね。」
8年くらいです。
「付き合いの長さだけで言ったら梨原さんや西森さんよりも少しだけですが長いんです。花園さんはどうかわかりませんが、私は仕事上の関係だけではなく、年は離れていますが、親しくさせていただいていると思っています。わかりやすく申し上げるなら、友人のように考えています。」
「…光栄です。」
「正直、初めて見た時は花園さんのことはただの子供のように思っていました。今後、何か仕事のミスをしても子供だから許してあげようと上から見ていました。」
「…」
「…ごめんなさい。私はただ、嫉妬していだだけです。自分よりも手際が良く、皆さんから愛されているあなたに。」
「そんなことありませんよ。」
「本当のことですよ。ですが、とうの昔にそのような考えは消え去っています。今では完璧に業務をこなす花園さんを尊敬しています。」
「ありがとうございます。それほど評価していただけて幸せです。」
「少し話が逸れましたね。とにかく、私が言いたいのは花園さんを信じているということです。あまり私をなめないでください。友人の知らなかった部分を知ったからと言って嫌うような人ではないつもりです。」
「…ありがとうございます。申し訳ありませんでした。」
「いいんですよ。私の方が年上なんですから、たまには甘えても。さて、花園さんの話は終わりですよね。長くなってしまいましたし、帰りましょうか。」
「はい。あっ、橘さん。」
「何ですか?」
「この話は聖家の当主の方以外には話してはならないことになっているので他言無用でお願いします。」
「はい。…はい?えっ、あの、梨原さんや西森さんもですか?」
「当然です。今知っているのは私の親族と当主様、そして橘さんだけです。」
「…」
「ですから、それ以外の方、お嬢様方にも決して勘付かれないようにお願いします。」
「先に言ってください!」
「言いましたよ。当主様の代理として、と。」
「あ、あっ!確かに言ってましたね…」
「あと、」
「まだ何かあるんですか…?」
「ふふっ。」
唇にたてた人差し指を当て、冗談のように言います。
「夜遊びしたことは2人の秘密ですよ。お嬢様方が羨ましがってしまうかもしれませんから。」
「…はぁ。なんというか、気が抜けてしまいました。」
「それは良かったです。」
「帰りましょうか。」
「はい。」
料金を支払い、私と橘さんは店を後にしました。




