第17話 お嬢様と組合(下)
冒険者組合の建物へ入ると、汗とお酒が混ざったような不快な臭いでした。テーブルを囲み、食事を摂られている方が多くいますが、多くの方の傍には、盾や剣、弓矢に槍、斧など、展示品として見かけるようなものが雑に置かれています。
それらを背負っている人は街中で見かけましたが、それは何かの催しの一種だと考えていました。王城を守る騎士はともかく、一般人が公に所持しているとは考えにくいからです。ですが、そのような常識もこの地では通用しないようでした。
「花園さん。」
「すぐに済ませてしまいましょう。」
彼らが武器を構えていたり、こちらに敵意を向けているならばともかく、それらは感じ取れません。見たところ、全員が一斉に向かってきても私1人で対処が可能に感じます。仮に私が強さを感じ取れないほどの手練れであったとしても、お嬢様を逃がすことくらいはできるでしょう。
(これも油断でしょうか。ですが、ここで立ち止まって彼らの関心を引く方が危険でしょう。)
扉を開いた時点で受付に座っていた方は私たちに気がつき、こちらへ微笑を浮かべました。受付の前に立ち、軽く頭を下げます。
「こんにちは。」
「はい?…あっ、こんにちは!」
どうなされたのでしょうか。慌てるようなことは口にしていないはずですが。
「失礼しました。本日はどのような要件でしょうか?」
「冒険者組合に加入したいのですが、ここで問題ないでしょうか。」
「はい。大丈夫ですが…後ろの方々は全員お連れの方でしょうか?」
「その通りですが、問題ありますか。」
「問題はありませんが、えっと…11人ですね。基本的にパーティは4人から6人が一般的になりますので、2つのパーティに分かれると言う選択肢もありますが?」
「パーティとはなんでしょうか。」
「あっ、失礼しました。パーティは複数の冒険者の集団のことです。パーティごとで依頼を受けたりします。」
「そうですか。」
私は橘さんに目配せします。ここは橘さんに任せましょう。
「橘さん、あとはお願いできますか。」
「はい。ありがとうございました。」
橘さんと入れ替わり、お嬢様方の後ろにつきます。受付の方と話している間に10人ほどがこちらを見ていました。最初は3人でしたが、同じテーブルに座る方に伝えたのでしょう。やはり11人も行動を共にしていると目立ってしまうかもしれません。1つのパーティとなることと2つのパーティになることとには一長一短がありますから、橘さんがどちらを選ばれても問題ないでしょう。
「ねぇ!未玖ちゃん、凄いね!」
「そうですね。私も見たときは驚きました。」
言葉だけではわかりづらいですが、真智さんの目線の先には無造作に置かれている武器たちがあります。
「見た感じ本物だよね?」
「私も本物だと思うわ。」
真智さんに早奈恵さんも同意します。言葉にしませんが私もです。全て本物のように見えます。弓などは木で作られているものと金属で作られているものがあるようですから、どちらか一方は偽物なのかもしれませんが、矢を飛ばすことはできるように思えます。
「皆さん、少しよろしいでしょうか?」
橘さんがこちらを振り向きます。
「各々氏名を記入しなくてはならないそうです。代筆も駄目なそうなので。」
自身の身分証となるのですから、当然といえば当然ですか。
全員が記入し終え、橘さんが追加の説明をしていただいたあと、まとめて受け取られました。
「この証明書は普段から所持していれば良いそうです。紛失した場合も代金を支払うことで再び作り直していただけるそうですが、無駄な支出を増やさないためにも出来るだけ肌身離さず持っていてください。」
橘さんから木の板のようなものを受け取ります。10cm×10cmほどの大きさで、紐のようなものがつけられています。
「首に掛けておくのが一番安全だと思いますが、お嫌でしたら衣嚢、ポケットに仕舞っておいていただいたり、私に預けていただいても構いません。」
「なら、お願いするわ。」
「はい。」
華恋お嬢様が橘さんに証明書を返却されたのを見て、お嬢様方は全員が証明書を橘さんへ渡します。
「お預かりします。では、門へ向かいましょう。」
橘さんに続き、門へと向かいます。その途中も私は証明書を眺めていました。
「未玖ちゃん、どうかしたの?」
「いえ、大したことではありません。」
証明書をポケットへしまいます。私達が見たことのない文字を読めることと同じ原理なのでしょう。証明書に日本語で書いたはずの文字は、いつのまにか別の文字へと書き換わっていました。