第9話 お嬢様と転移
遅くなり申し訳ありません。
玄関の掃き掃除をしていると、黒色の車が門の前で停車されました。
車内からは継野様ともう1人の方が降りてこられました。
私はスマートフォンを取り出し、橘さんに連絡します。
間も無く扉が開かれ、橘さんが出られてきました。
継野様方もこちらへ向かい歩いてこられています。
「ようこそお越しくださいました。継野様。こちらになります。」
「ああ。早く案内してくれ。」
「こちらになります。」
橘さんは苛立ちをおくびにも出さず、継野様を案内されています。
私もお嬢様のところへ向かいましょう。
お嬢様の部屋の扉をノックし、声をおかけします。
「お嬢様、継野様がいらっしゃいました。」
「ええ。わかったわ。」
扉が開かれ、華恋お嬢様が部屋から出てこられました。
今日は継野様がいらっしゃると言うこともあり、お嬢様方も支度を整えておられます。
「さて、行きましょう、未玖。」
「畏まりました。」
継野様の待っていらっしゃる応接室へ向かいます。
応接室の扉の前には橘さんが待たれていました。
手にはお茶請けなどを持たれているので、それを受け取ります。
「花園さん、いざという時は頼みますね。」
「はい。」
扉を開けると継野様がソファに座っておられます。
当然と言わんばかりに継野様は上座へ座られています。
本来なら席を替えるよう促すところですが、今回は都合が良いです。
継野様の後ろには黒人の方が控えられています。
軍人上がりなのでしょうか。
顔にも目立つ傷が幾つかあります。
筋肉のつき方も使用人と言うよりは護衛の方の方に近いでしょう。
使用人の目に見える箇所の傷や太い手足などは避けられる傾向にあります。
以前は護衛も兼ねていたため、このような方が使用人として多かったそうです。しかし、相手を脅迫したという事案があり、今では細身の方が多くなりました。
(やはり注意が必要ですね。)
今回、橘さんは当主様の代役ですので継野様の正面に座られます。私は事前の橘さんとの打ち合わせの通りに、お嬢様の斜め後ろに立ちます。
橘さんは私とは反対側のお嬢様の横に腰掛けられ、私が応接室の入り口側に立っています。
いざという時にお嬢様をすぐにこの部屋からお出しするためです。
「今回、来宇様がご不在ですので、代役としてお話を伺います。秘書の橘と申します。」
「ああ。話は聞いている。とても優秀なそうで。」
「ありがとうございます。」
「失礼します。」
継野様と橘さん、そして華恋お嬢様の前には紅茶をお出しします。
「いががですか。」
継野様の後ろの黒人の方にも紅茶を進めますが何も返事がありません。
聞こえていらっしゃらないのでしょうか?
そのように考えていると、こちらを向かれました。
「No.」
「…失礼したしました。」
元の位置へ戻ります。
紅茶を断られてしまいました。
紅茶は苦手だったのでしょうか。
こちらの方のコップにはしっかり睡眠薬を入れておいたのですが…
(日本語の理解はできているようですが…日本語を話されない理由は何なのでしょう。)
話を進めましょう。
「継野様、今回の用件はどのようなものでしょうか。」
「ああ。その前に、華恋さん。ご姉妹の方は現在どちらにいらっしゃいますか。」
「…この屋敷にいますが。それが何か関係しているのですか。」
「はい。実は、」
継野様が懐に手を入れ、何かを取りだそうとしています。
何故かとても嫌な予感がします。
継野様が懐から出されたのは黒色の水晶のようなものでした。
ですが、水晶の中の黒色は蠢いているように見えます。
「っ!」
「これを、ーー」
継野様が水晶を上に振り上げたと同時に、私はナイフを取り出し、継野様の腕を切断しようとしました。
ですが、それは失敗に終わってしまいました。
「sh*t!」
「こちらのセリフです。」
黒人の方の腕を切りつけ、止まってしまいました。
水晶が継野様の手を離れます。
「お嬢様!」
私はお嬢様、そして橘さんを抱きしめるようにして継野様の方から離れさせると同時に、後ろからの強烈な発光が私たちを襲いました。
「ここは…」
突然の発光が止むと同時に映り込んできたのは、煌びやかな装飾を施された神殿のような光景でした。
(一体、どういうことでしょうか。)
「「お姉様!」」
声が聞こえ、目線を上げると華恋お嬢様の元へ麗香お嬢様と琴音お嬢様が向かわれていました。
お二人が走ってこられた方向には花房お嬢様と叶実さん、真智さんと早奈恵さんが立ち尽くしていらっしゃいました。
「こ、これはどういうことだ!?」
後ろから聞こえてきた声に、私は即座にお嬢様方を抱えるようにし、橘さんの手を引くようにして花房お嬢様方がいらっしゃる方へ移動させました。
「大丈夫でしたか、お嬢様。」
「え、ええ。実玖のおかげでなんともないわ。」
「花園さん、ありがとうございます。」
「未玖お姉ちゃん、すごい力。」
「足も速いわね。」
お嬢様方は存外慌てていないみたいですね。
とても助かります。
今からあちらの方々に尋ねなければならないことがありますからね。
「継野様、ここはどこなのでしょうか。」
「どういうことだ!?こんなこと聞いてないぞ!早く元に戻せ!」
(…使えないですね。)
黒人の方は血が流れ続けている手に服を破り抑えています。仕方がありませんね。
「失礼しますね。」
「っ!?」
「動かないでください。もし私があなたを害しようとしているなら、あなたが動いたところで何もできません。」
「…」
私は包帯を取り出し、彼の出血した場所に巻きつけます。
こうして見るとやはり傷が多いですね。
「これくらいでいいでしょう。」
「…」
何も言葉を発しはしませんでしたが、頭を下げてくださいました。
感謝のできる人は嫌いではありません。
とはいえ、彼も今回のことは知らないみたいですね。
仕方がありません。
「お待たせして申し訳ありません。ご説明をお願いいたします。」
「…ん?おぉ!ようやく気づいてくれたか。」
「ご説明をお願いいたします。」
「繰り返さずともわかっておるわ。」
その人物は咳払いを1つし、続けるようにして仰りました。
「其方達をここに呼んだのは私だ。この国、フィーブラン王国の王をしている。」
王様直々に説明をしていただけるということでしょうか。
「文献の記述よりも人数は多くなってしまったようだが、足りないよりは良いだろう。」
「文献、ですか?」
「そうだ。召喚の儀を行うことで勇者の素質を持つ者と、その仲間を召喚する。2名から5名の間と書かれていたのだが、今回は…12名か。随分と多いのだな。」
「12名?」
あと1人は誰でしょう。
周りを見渡すともう1人が横になっているのを見つけました。
「板橋さん、大丈夫ですか?」
「ん?おぉ、一体何が…うおっ!?」
板橋さんも絢爛な光景に驚いているようです。
私も最初は驚きましたからね。
「板橋さん、今からあの方が説明なさってくれるようですので落ち着いてください。」
「…ああ。」
やはり人生経験の差か、すぐに落ち着いてくださりました。
「ご説明を中止させてしまい申し訳ありません。」
「其方らの動揺は仕方のないものだと理解しておる。では、説明を続けるぞ。其方らを呼んだ理由は、私達に協力してもらうためだ。数日前に隣国であるハツナシラ王国がこの国に攻め込もうとしているという報告が送られてきた。だが、この国は軍事力が芳しくない。そこで、其方らを呼んだという訳だ。」
「つまり、戦力として呼ばれたということでしょうか?」
「そうだ。」
(脳内お花畑なのでしょうか。)
「あ、あの!戦争の為に呼ばれたってことですか?魔王がいるからとかではなく!?」
「れ、麗華お嬢様?どうされたのですか。」
突然、麗華お嬢様が大声を出されたので驚いてしまいました。
皆さんも驚いていらっしゃるようです。
「其方らの世界には魔物や魔王などがいないと書かれていたのだが…いつの間にか変わっていたのだな。」
「いえ、そのようなものはいません。」
麗華お嬢様はどうされてしまったのでしょう。
「私達は魔王を倒すのではないのですか!?」
「何故だ?」
「…え?」
「いや、こちらが疑問なのだが…魔王と私は友好関係にあるのだ。わざわざ火種を作るような真似をする必要がない。」
「ですが、魔物は…」
「確かに初代の魔王は魔物を生み出し、それを率いて他種族を襲ったと言われている。だが、その後の魔王にそれほどの力を持っている者はいなかったはずだが?」
「そんな…」
(どうしましょう…全く話についていけません。)
麗華お嬢様は何を話されているのでしょう。
華恋お嬢様方も困惑して顔を見合わせています。
「その、麗華お嬢様?なんの話をしていらっしゃるんですか?」
「え!?いや、その…」
(先ほどまでの勢いは何処に行ってしまわれたでしょうか。)
麗華お嬢様は落ち着かれたようです。
「話を戻しますが、私達に戦争の道具になってほしいということでしたが、何故それに了承するとお考えになられているのでしょうか?」
「この提案を呑めば不自由のない生活は保証する。付き人もつけよう。そして、其方らの知らぬこの世界の知識が記された書物もある。戦争の働きによって更に褒美を与えよう。」
「そして断った場合はそちらの方々が私達を襲うという訳ですか。」
「ほぉ…気づいておったのか。」
王様の言葉と同時に16名の方が姿を表しました。
鎧も着ていらっしゃいますから、騎士といったところでしょう。
例によってお嬢様方は目を丸くしています。
「優秀な人材は貴重だ。其方の格好を見るに、付き人か使用人のようなものをしておったのだろう。だが、今度は反対の立場に立てるのだ。悪くない提案だと思うが?」
「お、俺は当然呑む!」
「ふむ。その少年は提案を受け入れるようだな。」
(継野様のことはどうでも良いのです。私が答えても良いものなのでしょうか?)
お嬢様の方を見ると、お嬢様もこちらをご覧になっていました。
「お嬢様、どうなされますか。」
「わ、私は…」
少しの間、静寂が流れました。
「ご、ごめんなさい。まだ混乱していて、内容が…」
「そうですか。このような状態ですから仕方がありません。私の方で判断させていただきます。よろしいですか?」
お嬢様方を見渡すと戸惑っているようでしたが、最後には頷いていただけました。
「其方が代表ということで良いのか?」
「はい。」
「ならば、答えよ。其方の決断を。」
「はい。お断りさせていただきます。」
言葉と同時に騎士であろう方々が武器を構えました。