第二章
第二章
僕は卒業式の日に告白をした、後悔したくなかったから終わりにしたくなかったから相沢さんに気持ちを伝えた……けど結果は失敗した。
普通ならここで心に傷を負いながらも新生活を迎えるはずだったんだ、だけど僕は不思議な事に同じ三月一日を繰り返し経験した……正確には今回で三度目を経験しようとしている――。
時刻は朝の7時、普段ならなかなかベッドが僕を離してくれないはずが今回はベッドが素直なのかとても寝覚めが良い。
そろそろ妹の夏音が世話を焼きに僕の部屋をノックもせずに開けては起こそうとしに来るだろう。
「ちょっとお兄ちゃん起きてる!? 大丈夫……って珍しいわね一人で起きれるなんて」
夏音がとても驚いた表情で僕の顔をのぞき込んでいた。
「卒業式の日くらい自分で起きれるさ……ほら、着替えるからもう出てった、出てった!」
「何よ、お兄ちゃん変なの……もう知らないんだから!」
その表情にはどこか寂しさを残して僕の部屋から出ていった。
テレビの電源を入れる、日付はやはり三月一日。
「今日のあなたの運勢は……」
「知ってるよ、『今日は』最下位なんだ」
夏音が身支度を済ませ学校に向かおうとしているのを階段から見送り、僕も仕方なく三度目の卒業式に出席するべく学校へと向かう事にした。
学校に行く時は僕と相沢さんとクラスメイトの月野夜未さんの三人で登校するのが毎日のお決まりだった。
けど、ここで僕は同じ繰り返しをまたこなすのはつまらない……違う選択肢を選んだらどうなるんだろう? って好奇心から一人で違うコースを通って登校しようと考えた、もちろん二人には断りを入れて。
「もしもし相沢さん? ごめん今日は三人で登校出来そうにないんだ、先に月野さんと学校に向かってもらえる?」
「そっか……分かったわ、今日が三人で登校するのが最後だったのに残念ね」
「ごめんね、月野さんにもよろしくそれじゃ学校で」
「うん、巡君も気を付けて学校に来てね」
僕は『最後』という言葉に胸が締めつけられながらもスマホの通話終了をタップした。
僕は一人で学校へと向かうべくいつもより早めに家の玄関を出ようとした瞬間、そこで自分の目を疑った。
月野さんが玄関前で僕の方をじっとみていたのだ……。
「巡おはよう」
「お、おはよう月野さんどうしてここに?」
「せつなから聞いた巡が一緒に行けないから先に二人で学校に行って……と、でも気になったから勝手に迎えに来た」
「う、うんでもほらもう学校行こうとしてたから」
「なら問題ないわね、今日も三人で行ける」
月野さんの突然の行動力にびっくりしながらも二人で相沢さんが待ついつもの交差点へと向かった。
「おはようせつな」
「おはよう夜未ちゃん……と巡君!?」
「お、おはよう相沢さんさっきはごめんね何とか都合付けられたからさ」
「でも良かった……卒業の日も三人一緒に登校出来て」
その嬉しそうな表情をみて僕は好奇心から違う選択肢を選ぼうとした自分が何てバカなんだと後悔した。
「巡」
「ふぁ!? 」
月野さんの全てを見透かしてるような視線に耐えられずに僕は目を逸らした。
「ほら、二人とも卒業式の日に遅刻なんてしたら駄目なんだから!」
三人揃った所で僕達は学校へと歩を進めた。
その道中考えていた、空想科学やその類でこんな理論がある……『世界線収束理論』。
大きな世界線収束ならたくさんの世界線が、小さな世界線収束なら少数の世界線同士が収束するという内容、カオス理論やバタフライ・エフェクト(無限に発散して全く違う世界になる)と対極にあるともいえる。
いわゆる"運命"と言われるもの、その世界線ではどうあがいても抗うことはできない決定事項。
つまり、僕は三人で登校しない未来を選ぼうとしたけれど未来は収束されて結果今こうして三人で登校している。
……という事は考えたくないけれどこのままいけば告白も未来が収束されて失敗する……という事になるのか?
では誰がそれこそ神様が何の為に僕をこの『三月一日』に閉じ込めたのか?
今はこの答えを探るには謎が多すぎる。
僕が一人考え事をしながら歩いてるのを不思議がりながらも相沢さんと月野さんはこの登校時間が今日で最後なんだと寂しげな表情で僕の横を歩いていた……だけど僕は三度この登校を繰り返している、もしかするとこの先四回五回と……そうふと考えると寂しいというよりも安堵感と終わりが見えないという恐怖を感じた、その少しの僕の表情の変化を不思議に思って心配したのか二人は。
「巡君大丈夫? やっぱり朝に用事があったのに無理に一緒に登校しなくても良かったんだよ……」
「大丈夫大丈夫、相沢さんそうじゃないんだ卒業後について考えてただけさハハハ」
「巡何かいつもより変」
「ちょっとそれっていつも僕が変みたいな言い方じゃないか」
「違うかしら?」
「全く……二人はいつもこうなんだからほら急ご!」
こんな他愛もない会話をするのが僕は好きなんだそれだけで幸せだったんだ、高校生活毎日が楽しかったんだ……それを僕は――。
そうこうしているうちに学校に着いた。
校門の前には卒業式の飾り付けが施されていていつもの見慣れた校門とはまた違って見えた。
自分達のクラスに着いて僕は窓側の前から三番目の自分の席に座る、この席ともお別れか……と二日前? の僕は感慨深く思ったんだろうけど今はもう感じる事はない。
僕はクラスでは余り目立つ様な存在では無かった、成績も平均だし部活動にも入って無いだけど相沢さんと一緒の委員会……図書委員だけは真面目にこなしたその時間は僕にとって特別な時間だったからだ。
委員会を引退する時に図書委員の皆で撮った集合写真を見ながらそんな事を考えていると僕の右隣の席の相沢さんが。
「巡君って写真を取る時って必ず顔をそらすよね?」
「そ、そうかな気のせいだよ」
僕は小さい頃から写真を撮られるのが苦手だ、笑顔を作るのが苦手だからだ。
「巡の笑った顔余りみない」
「それを月野さんが言うの!?月野さんの方こそ……」
「巡それ以上言葉を紡いだら……」
「二人共ちょっとだけ笑顔になってるわよ」
相沢さんが微笑ましそうに僕ら二人に向けて笑顔で止めに入ってくれた。
「卒業生の皆さんは式が始まりますので体育館に集まってください」
「ほら、お前達……式が始まる急いで体育館に向かえ走るなよ!」
式が始まるアナウンスが校内に響き、先生が急かすように僕達を体育館へ行くように促した。
僕はもう三度目となる式をみながらこの後の展開をどうすれば良いのかひたすら脳内で試行錯誤を繰り返しては最悪な答えにしか辿りつかず焦っていた。
式も中盤に差し掛かり卒業生代表の挨拶――。
「卒業生代表 針留 健吾」
「はい……!」
司会の先生に呼ばれ会場の前列から立ち上がる一人の生徒...針留 健吾、彼はこの学園の生徒会長でありバスケ部のキャプテンを務め部を全国大会まで導いた男。
僕と対照的ないわゆる学園の顔といって良い模範的な生徒だ、良く図書室に本を借りに来る事もあってか僕や相沢さんとも顔見知りである。
「 本日は僕達、卒業生のためにこのような心のこもった式典を挙げていただき、まことに有難うございます……」
針留がこの日の為に考えては練習してきたんだろう挨拶を何も見ずにスラスラと喋っているのを僕は聞きながらふと、斜め前に座っている相沢さんの顔に目をやると相沢さんは安心してるような慈愛の表情を浮かべていた。
僕はそれに何か違和感を感じたが特に気にしなかった、式が終わればもう残された時間が少ないからだ。
「……巡」
その様子を月野さんもまた意味有りげな笑みを浮かべみていた。
式も終了し担任の先生が一人ずつに声をかけて感慨深げに涙を流し又それにつられて生徒も涙ぐむというドラマのようなやり取りをし、生徒同士もカラオケとかに行く最後の思い出作りをする放課後をそれぞれ向かえようとしていた。
目立つようなモテる生徒は後輩からネクタイやボタンを取られてはボロボロな姿になっていた、当然そんなのに縁の無い僕の姿は朝に家を出た時と何も変わらない綺麗なままだ……と思っていると。
「仕方ないわね、貰ってあげる」
月野さんがいきなり僕のネクタイを取ろうとした。
「ちょっと……く、苦しいから逆に締めてるから」
「あらごめんなさい、ならボタンでいいかしら?」
すると月野さんはサッと近づいては一瞬で第二ボタンをむしり取ってしまった。
「もう勝手なんだから月野さんは……」
「女の子にボタンやネクタイを取られるのは名誉な事でしょ? それとも誰かにあげるつもりだだったのかしら」
「そういう訳じゃないよ、取ったからには大事にしてよ」
「はいはい、巡何か用事があるんじゃないの?」
「そうだった、相沢さんが何処にいるか知らない?」
「そういえばせつなの姿をみてない」
「そっか……月野さんもみていないのかありがとう、探してみるよ」
そうして僕は月野さんと別れた。
さて、ここからが本番……だが少し冷静になろう、過去一度目は屋上に相沢さんはいた、二度目は同じ屋上に何故か月野さんがいた、だが今回はもう既に会っている。
理由は分からないが繰り返す度に状況に少しだけ変化が生じてる。
とりあえず相沢さんに会わない事には始まらない、僕はまずは一回目と同じように屋上に向かった。
その道中に意外な人物に声をかけられた。
「ちょうど良かった、巡君に聞きたい事があったんだ」
ネクタイにボタンと全てが無くなっている僕とは正反対な格好をした男、針留だ。
「その格好さすがだよ、針留」
「これかい? まぁこの格好は気にしないでくれ、所でせつなさんをみなかったか?」
「え!? ……いや、相沢さんはみて……いないよ」
何故、針留が相沢さんを探してる? 一瞬動揺し嫌な予感がしたのか僕も相沢さんを探してるとは言えなかった。
「そうか……同じクラスの巡君なら知っているのかと思ったがすまない呼び止めてしまって」
「い、いや大丈夫だよどうして相沢さんを?」
僕は何故探してるのかを針留に聞かずにはいられなかった。
「あぁ、実はね卒業生代表の挨拶を相沢さんは僕と一緒に考えてくれたんだだからそのお礼を言いたくてさ」
針留が挨拶をしてる時に相沢さんがみせた安心したような慈愛の表情をしてるのを思い出し、あの時の表情の意味が分かった。
「そうだったんだ……相沢さんと二人で考えたのか確かに良い挨拶だったよ」
「ありがとう巡君、じゃあ俺はこれで! お互いこれからの進路頑張ろう!」
そうして針留はまた後輩達に声をかけられながら去っていった、時間が無い焦りと針留の存在が僕の中で何かしらの不安と動揺を大きくしていた。
屋上に着くとそこには誰もおらず、静けさと僕の影だけが不気味に伸びていた……。
相沢さんは何処にいるんだろう?
僕は自然と図書室に足が向いていた。
図書室に入るとこれまでの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った、この場所は僕にとって特別な場所だ図書委員になったのも言ってしまえば相沢さんがいたからである、委員の仕事も本も好きになれたのもやっぱり相沢さんとの接点を少しでも増やしたかったからってのが本音だ。
下校時間を知らせる校内アナウンスが鳴り図書室に夕暮れの光が射す。
「相沢さん……何処に」
図書室の窓際に立ち校庭を見回すと……グラウンドの隅、自転車置き場付近でその人をみつけた、相沢さんだ! ともう一つの影、針留も一緒にいた。
僕は抑えきれない不安が大きくなるのを感じ急いで図書室を出て二人の元へ向かった。
僕の嫌な予感は的中した、僕が二人の元へ着いた時に正に針留が相沢さんへ告白をしている最中だった。
「相沢さん、俺は君の事がずっと前から……」
「針留君……」
僕はその様子を最後までみる事が出来ずに二人に気付かれないようそっとその場を後にした。
そう僕は振られたのだ、今回は告白すらする事が出来ずに……。
「巡……大丈夫よ、私が」
月野夜未もまたその様子を意味有りげにみていた――。
失意のまま学校を後にした僕は改めて考えていた。
何故僕はこの三月一日を繰り返してるのか?終わりはあるのか?
何故僕はこの苦しみを何度も味合わなければならないのか?
何故僕だけなんだ?
何故……何故……何故……。
自然と涙が流れていた。
家に帰り、親や夏音が僕の様子がおかしい事に気付いて心配そうに話しかけてきたが僕の耳には届かずに歩を止める事無く自分の部屋に向かいベッドに倒れ込んだ。
「また……始まるんだろ?三月一日が……」
そう一言呟いて僕は深い眠りに落ちていった。
その手には大事にしている集合写真を握り締めて。
この時の僕はまだ気付いてなかったんだ、事の重大さに……集合写真に写る相沢さんの姿が薄くなっている事に――。