プロローグ
この小説はaki@ota(@otakumeimo)、香波 晶人(@vxqur)、Y.和井田(@y_yd_)の友人三人で描くリレー小説です。
プロローグ
びゅうっと、風が吹いた。
「どうして、ここに?」
きらめく長い黒髪をなびかせながら、相沢せつなさんはそう言った。
学校の屋上。卒業式が終わり、みんなは余韻に浸りながら、各々の帰路を目指す。
僕、巡春人と相沢さんの二人だけが、時の流れに切り離されたかのように、向かい合うのだった。
「……それは!」
僕は正面に立つ相沢さんの顔をじっと見つめた。白い肌が一層輝いて見えた。普段はきちんとそろえられている前髪が、ゆらゆらとなびく。
相沢さんは片手で流れる髪を押さえて、目元に微笑を浮かべた。
「つ、伝えたいことがあったから!」
自分の中の鼓動が高鳴るのを自覚する。
相沢さんとはクラスの図書委員で同じだった。それをきっかけにして、何かと一緒にいることが多くなった。今日まで、たわいもない話は何回もした。笑顔も何度も見た。
でも、大切な話は一度もしたことがなかった。
「伝えたいことって、何?」
相沢さんが僕に一歩、また一歩近づいてくる。その無邪気な表情に、僕は生唾を飲み込んだ。
言うんだ。僕は言うって決めたんだ。
相沢さんと僕は、四月から異なる地域の大学に進学する。チャンスはもう、今しかない。
僕は自分を奮い立たせるかのように、心の中で言い聞かせた。
「僕は……僕は……」
言葉に詰まる。駄目だ、ここで止まっては駄目だ! 僕は相沢さんの、今にも吸い込まれそうな瞳をじっと見すえて、言った。
「相沢さんのことが、ずっと好きだった。僕と、僕とつき合ってください!」
辺りが、しんっと静まり返った。
僕に聞こえるのは、僕自身の心臓の音だけだ。何もできない僕が振り絞った想いを、確かにぶつけた。
「……」
相沢さんは一瞬、その大きな目をさらに大きく見開いて、うつむいた。
沈黙がこの場を支配する。僕は相沢さんの一挙一動を見逃すまいと、呼吸が止まる思いで見守った。
やがて、相沢さんが、視線を流したまま、つぶやく。
「ごめんなさい」
「あ……え……」
「巡君のことは嫌いじゃないよ? でも、その気持ちに答えることはできないの」
相沢さんは申し訳なさそうに言って。
俺の顔色をうかがうかのような表情を見せて。
どこかおびえているかのように体を微かに震わせた。
「じゃ……。私、カラオケに誘われているから……」
相沢さんは気まずそうに言い、その場から逃げるように去って行った。
僕だけが、立ち尽くす。
――なぜ?
とは言えなかった。
――僕じゃ駄目なの?
とも言えなかった。
風がまた、吹き荒れる。
「はは……そうだよな。僕みたいな、さえないやつが! 相沢さんとつき合えるわけが……つき合えるわけが……!」
心のどこかで、つき合えるという思いがあった。なぜかうまくいく気がしていた。
だけどそれは幻で。夢にしかすぎないもので。儚いものだったのだ。それは僕に、現実として重くのしかかった。
「うう……なんで……なんで……!」
僕は思わずその場にうずくまった。拳を握りしめて、冷たい地面を、何度も何度も叩いた。
右手にじんわりとしびれが広がって行く。僕は息を荒らげて、体を震わせた。
「なんで……こんなことに……!」
僕の脳裏に相沢さんの顔が浮かぶ。優しかった。僕の側にずっといてくれた。
――ただ、それだけだった。
そう、それだけだったのだ。そしてその時間はもう、帰って来ない。
失意のまま自宅に帰った僕は、すぐに自室に引きこもった。今からクラスのやつと遊ぶ気にもなれない。帰った時に妹が何か言ってきたような気がするが、全く耳に入らなかった。
僕は制服のまま、ベッドにばたりとうつ伏せに寝転んだ。ため息をつき、仰向けに態勢を変える。
「ああ……結局何もできなかったな、僕」
天井をぼうっと見ていた僕の、視界が段々とにじんでいく。僕の世界が歪んでいく。
僕は高校で何か部活に打ち込んだわけでもなかった。難関大学に合格したわけでもなかった。恋愛だって……できなかった。
僕には、何も残らなかった。
「相沢さん……」
笑顔が特徴的な優しい人だった。暖かい人だった。そんな人に、あんな気まずい表情をさせてしまった。
「はぁ……」
考えれば考えるほど、何もかもが沈んでいく。体が海に投げされたみたいだ。僕はもがくこともできず、海底に落ちて行く。
やがて、回る思考とぐにゃりと潤んだ世界は、帳を下りていく。
こうして僕の卒業式は、最悪な結果を残して、終わったのだった。