★レシピ★ * 7 * 看板娘これからの出方に悩む
何とか無事に商いを終えて、再びたそがれ時。
朝の勢いはどこへやら――な、タバサです。
――タ〜バ〜サ〜・・・・・・。オマエはまた、癇癪おこしたんだって!?
だってぇ!私の名前が『変』で『おかしい』とか言って、笑われたんだもの!そんなのってないよ!
――いいか。タバサもララサも、ようぅ〜っく聴けよ?大事なことだからな?
なに、が?
――『金持ち、ケンカせず。』大事な教えだぞ。商売人にとって、特にな。
どういう意味?ケンカしたらダメなの?どうして?
★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★
「――おおうぅ!・・・・・・お疲れ、だな。ちび。大丈夫か?」
おつかれさま〜・・・。そう力なく呟いた声だったが、ルカ兄はちゃんと気がついてくれた。
「ちび、じゃない」
「ちび、じゃねぇか」
しゃがみ込んで作業していたルカ兄が、立ち上がる。まるで、ふんぞり返るようにタバサを見下ろしてくる。
「今日は何か欲しい商品あるか?」
タバサはまず先に無言でううん、と首を横に振って見せた。それから答える。
「ううん。また今度で、大丈夫。挨拶しに寄ったの・・・・・・。」
「――これから、祭壇に行くのか?だったら、ちょっと待ってろ。な?俺も付いて行ってやるから」
「ううん。大丈夫だから。一人で行かせてくれない?」
「・・・・・・やばくないか、それ」
「ううん。あのね、あの人たちもまさかあの制服で変な事しないよ。きっと」
「そりゃ、そうかもな。だけどもさ、」「ちょっとね、確かめたいというか。訊きたいというか・・・な事が、色々色々あってね。だからね、心配しないでね。ちゃんと報告するから。何かあったら、逃げてくるから。――気を使わせてごめんね」
無理やりにルカ兄が言いかけた言葉を遮って、タバサはしどろもどろで説明した。
我ながら言葉の少なさに、表現力の低さも浮き彫りにされる。
「気を使っているのは、おまえの方だろうが。ちびっこ!」
「ううん、ありがとうね。昨日は」
「いや、うん。どういたしまして」
「じゃあ、また明日ね!ルカ兄!」
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そう、言いたい事だけ言うとくるりとタバサは背を向けて、駆けて行ってしまった。
「あ〜い〜つ〜は〜・・・・・・。相変らず、まったく!」
昨日は『ララサ』のふりして、また面白がっているのかと思ったから。
久しぶりに見た『タバサ』を追いかけたのだ。弟と二人で。
そうして女神様の前で、何やら黒ずくめ集団に囲まれている奴がいるなと思ったら――自分の幼馴染だったというわけだ。
『神殿の護衛団』が、ちびっ子に何の用が?
幸い自分たちが『タバサ!』と呼び声を上げたら、そそくさと退出して行ったが。
すれ違うときに黒髪と目が合った。あの琥珀色の瞳の、さして自分と変わらぬ年頃のような若者。
何だよ?何のようだよ、何か文句あるのか?と、非を込めて睨み返したがあっさり逸らされて終わった。
「タバサ。おまえ、何しでかしたんだよ?!」
尋ねたが、タバサは『ちょっとね〜』と『よく、わかんない』とだけ答えると、後は口を噤んでしまったのだ。
出た。必殺★関係ないでしょう攻撃。今だ健在かよ。
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自分から逃げるように、一目散に駆けて行った背を見送ってしまった。もっと、引き止めるなり説得するなり・・・すれば良かったのか?
勢いが良かったのは最初だけ。広場の中ほどまで行くと、明らかに遠目からでも分るほど足取りは重そうだった。
(大丈夫じゃ、ねぇだろ。ちびっこ?)
「・・・・・・。」
(でもなぁ。あれは頼むから、付いてくるなって言いに来たんだろうしなぁ)
う―――ん、と後ろ頭をかきむしりながら、だんだん小さくなっていくタバサを見守っていた。
「何ぼんやりしてるの!ルカ兄!今のタバサちゃんだろ?――行くよ!!」
はっとして――振り返る。そして目線を下げると、弟のタリムが眼鏡越しに睨んでいた。
★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★
タバサは自分の、これからの出方に悩んでいた。
一晩明けて、今日も仕事を終えて・・・と時間を置いた分だけ頭が冷えた。
怒りという勢いに任せて、行動をしなかった自分を褒めてやりたい。それくらいしたって、バチは当たるまい。
ちなみに怒りに任せた行動とは。
『おまえかぁ!うちのララサにちょっかい出してる、不届きモノはぁ!』
『なんで私の名前でアンタに笑われなきゃならないのさ!何がおかしいのか、言ってみろ!』
そう問答無用で己の手にしている唯一の武器――ツルで頑丈に編まれたバスケットを男の頭にお見舞いする。
・・・・・・のは、想像の中だけで止めておいた。そうしてやりたいのは、山々だったがタバサとてバカではない。
この黒ずくめ集団と、面倒ごとは是が非でも避けなければ、うちの店の存続に関わる。それはまずい。だからタバサは、父からの教えを呪文のごとく繰り返して、乗り切ったのだ。
(金持ち、ケンカせず。金持ち、ケンカせず。金持ち、けんか、せ!ず!)
おかげで何やら釈然としないまま、うつうつと怒りを殺したせいか――何やら身体が重いったらないが。
(・・・・・・うん。ララサ。これは悩むね。どう説明したらいいのか、ワケわからなくなるねぇ)
昨日と同じ時刻。同じく女神像の、御前で。――同じ顔ぶれがそろっていた。
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タバサを“嬢ちゃん”と呼んだ青年の名前は、チェイズ。チェイズ・ロットと言うそうだ。
何やら気遣わしげに微笑み浮かべながら、話しかけてくれるのはタバサが警戒しているからだろう。
「じゃ、嬢ちゃん達は双子で・・・嬢ちゃんの方は『タバサ』って言うのな?あのさ。ララサ嬢ちゃんは、何にも言ってなかった?――俺達の事」
うん、とタバサは声は出さずに、こくんと深く頷いて答えた。お祈りの最中に声を掛けられたので、座り込んだままでいた。
立ち上がろうともせずに、チェイズを見上げる。射し込む西日が眩しくて、タバサは思わず目を瞬かせた。
その様子に気がついたチェイズが、ゆっくりと肩膝をつく。
まるで幼い子に接するかのように、目線を合わせてくれたようだ。
間近に覗き込んだ表情はいくらか困り顔で、残念そうでもあったからタバサは思わず小首を傾げた。
「・・・・・・そっかぁ」
【タバサ。私達の事も聞いていないんだね】
「・・・・・・。」
こちらも同じ目線から話しかけられて、タバサはオオカミの方を見た。ゆっくりと、頷く。
そして、『私達』とは恐らくこの先ほどから黙ったまま突っ立っている、弟も含めているのだろうな。そう思ったから、弟の方にも視線を投げかけた。
だが弟の方は名乗りもせず、腕組んで押し黙ったままだ。タバサはこの若者が一番気のないフリをしていながら、それは違うと見抜いていた。
その証拠にオオカミさんの質問に答えようとするタバサに、全神経を行き渡らせて聞き逃すまいとしている。
女の勘を、見くびらないように。女は空気を読めるんですよ。いや、ホントに。
タバサは何をどう、説明したらいいのかわからず何も言葉が出てこない。
途惑ったような眼差しを、オオカミとチェイズに送る。
明らかに、この三名は落胆しているのが伝わってきた。なぜだか募るやりきれなさが、タバサの罪悪感を刺激する。
(おかしいな。なんで、こんなに私が落ち込まなけりゃならんのよ?説明願いたいのは私の方ですよ、皆さん!)
そんな思いさえ、伝えるのがはばかられてしまう。それでも、このままでいるわけにも行かない。
また今夜も・・・すっきりしない想いを抱えたままで眠って、昔の夢なんかに煩わされたくはない。
だから、タバサは口火を切った。
★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★
「ねぇ。オオカミさんの『弟』――さん、さあ。昨日なんだか、私の名前を聞いて笑ったよね?なんで?何かおかしかった?」
「・・・・・・べつに」
「べつに?何?」
「・・・・・・。」
――『弟』は、押し黙ったままタバサとにらみ合った。
商人の鉄則のひとつでしょう。『金持ち・ケンカせず』
別に商人じゃなくとも、大事な事ですが。
・・・・・・なかなか。なかなか、ねぇ?
それができたら、苦労はしないよ。(苦笑)
タバサはけんかっ早いのです。(案外ララサもですが)