★レシピ★ * 6 * 開店直前〜激励中〜
昨日から一夜明けました。
タバサ何があったのか。・・・・・・朝から元気に怒鳴ってます。
――ララサ?
名を呼ばれて姉がはにかみながら、頷く。
――かわいいねえ。かわいいこは、名前までかわいいねえ。
ララサはますます恥ずかしそうに笑った。
――で、アンタは?へぇ、タバサ?
名を呼ばれて妹が勢い良く、頷く。
――・・・変な名前。
★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★
「・・・・・・ちょっとぉぉ!どういう意味ぃ!?」
タバサは自分の怒鳴り声で目を覚ました。アレレ?といった所である。
(・・・・・・なぁんだぁ、夢かぁ。寝ぼけた・・・・・・。)
何せ辺りを見渡せば自分の見慣れた部屋で、ベッドの中に横たわっていたのだから。
うむむうぅ〜〜と小さく唸るような声を上げながら、タバサは思いっきり伸びをした。
カーテンの隙間から差し込むお日様が眩しくて、きつく目をつぶったまま窓に背を向ける。
ごろんと横向きになって、思わずもう一度タオルケットを頭から被ってしまった。が、別に二度寝するためではない。
自分の見た夢を、反芻するためだ。
寄りに寄った眉間の裏側に浮かぶのは、ハチミツ色の瞳に黒髪の青年――。タバサは力一杯、枕をかき抱く。
こんな子供の頃の夢を久しぶりに見たのは、間違いなく昨日の腹立つ『弟』のせいだと言い切れる。
――自分もいい加減しつこいな、と思った。それでも。
タバサはベッドの中で両足を地団駄を踏む代わりに、じたばたさせた。
悔しかったのだ。タバサは自分の名前を大切に思っている。父と母が与えてくれた、自分の二つ目とも言える『命』。
タバサがタバサでいられる、私はタバサですという――上手く言えないけれど、『私が私』であるがための大切な名前。
(それなのに、弟め。アイツも笑いやがった。)
幼い頃から時折りからかわれたり笑われたりするのには、正直慣れっこだったがそんなのは子供の頃の話だ。
いい年して、あんな風に笑われると思わなかった。不意打ちすぎて何の覚悟も無かったせいか、何も言い返せなかった。
そんな自分も情けなくて、悔しくてこんな夢を見たのだと思う。
だとしたら、よっぽど自分は腹が立ったんだなあ。なんて、どこかのんきに分析してもいたりする。
(お〜の〜れ〜『弟』!おまえも名乗らせてやる。そして、笑ってやる!)
かっこいい名前でもな――。そう、今日の曲がった目標はこれで決まりだ。
タバサちゃ――ん!!朝ですよお、起きてる――!?
階下からララサの呼び声が届いた。
「起きてるよ!ごめん、すぐ行く!!」
ベッドの中から叫び返すと、タバサは勢い良く飛び起きた。
横の鏡台をふと見ると、盛大にぼさぼさ頭の自分と目が合う。まずい。髪を乾かさないまま、眠ってしまったか。
「・・・・・・ゴメン!!もうちょっと掛かるぅ!」
そう怒鳴って付け足した。
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「・・・・・・タバサちゃん――。大丈夫?」
「うん。ありがとうね、ララサ。何とかごまかして、一日ゴキゲンで過ごせそうな髪型にまとまったよ!」
「どう、いたしまして・・・・・・」
タバサは努めて元気良く、礼を言った。姉妹は今日も仲良く目的地へと向かっている。
ララサは市街地。主に商店街の、お得意様方面へ。
――タバサは神殿まえ広場。神殿に訪れる人たちが集う、広場の方面へ・・・・・・。
道が分かれるその途中までを、色々とおしゃべりしながら連れ立って歩いている。
「ね、タバサちゃん。本当に、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だって!昨日も特に困った事は何にも無かったよ。だから、今日も大丈夫だと思う。ララサが可愛く髪をまとめてくれたしね」
タバサは力強く足を運びながら、にっこりと笑って見せた。自分の頭をぽんぽんと、叩きながら。
「――それは、関係ないんじゃないかな。・・・タバサちゃんが、寝過ごしたりするなんて滅多に無いことだもん。何かあったかなと思うわよ。昨日は眠れなかった、とか?」
「・・・・・・ちょっとね。変な夢見ただけだよ」
「どんな夢?」
「忘れちゃった」
何か言いたそうなララサの視線をかわしながら、タバサは前だけを見て進んだ。もう少しで、姉とは道が分かれる。
「――じゃあねぇ、ララサ。今日もがんばろうね!」
言いながら手を振る。そのまま、ララサに背を向けて歩き始めたタバサだったが。
「待ってよ。タバサちゃん。様子がおかしいよ。私はもう、大丈夫だから。――神殿まえ広場に行くよ」
ララサに右手首を掴まれて、振り返った。薄紫のすみれの瞳を覗き込む。
そこに見え隠れしているのは、明らかに怯えたような途惑いの色だ。
「本当に・?ララサこそ、あの人たちに絡まれて、平気なの?」
「・・・・・・。」
「――じゃあね、ララサ。お互いがんばろう。オー!!」
言葉に詰まった姉にさっさと背を向けると、タバサは足早に突き進む。
「オー!」なんて言いながら一人、拳を振り上げて気合を入れた。
「タバサちゃん!!」
心配そうに名を呼ばれて、振り返らないまま右手を大きく振って答えた。大丈夫。大丈夫だって!
そのまま昨日と同じように、駆け出す。今にも、ララサが追いかけてきそうな気配だったから。
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「・・・・・・タバサちゃん・・・・・・。」
ララサは昨日と全く同じように、タバサの駆けて行く後姿を見送った。
追いかけようと一歩を踏み出したのだが、それ以上足は進んではくれない。痺れたようにその場に立ち尽くしたまま、泣きそうな声で妹の名前を呟いただけだ。
(ごめんね。本当に――。今日は話を聞かせてね、私も・・・・・・話すから)
昨日タバサは広場に売り子に行った事については、一切何も触れずにいたって普通に過ごした。
ララサが『言葉が見つかったらちゃんと話す』と約束したから、見つかるまでは何も訊かないで待つつもりなのだろう。
そして、自分に心配かけまいとして何も言わないのだ――。
『お互いがんばろう。オー!』
いつでも自分を想って励ましてくれる妹に倣って、ララサも「おー。」と拳を振り上げて見送る。
いささか声が小さいのが申し訳ないなと思ったから、もう一度大きな声を出してみた。
「お〜!」
もう見えなくなった、タバサを応援するような気持ちで拳を突き出す。
★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★
「・・・・・・ララサちゃん、何やってるんだい?」
そう、遠慮がちに石屋のおかみさんが声を掛けるまで――ララサはそうやっていた。
昨日は女神様の前で何があったのでしょうか、タバサよ。
『おもしろくない』ことだったようなのは、まず間違いありませんが。
タバサもララサも変に頑固ですね。決めたら貫く、というか。譲らない、というか。
――二人の結束は固いのです。