★レシピ★ * 4 * 女神様のまえ〜祈願中〜
――なにやら胸騒ぎを覚えつつも、タバサは神殿の階段を上がったようです。
――さ、お前たち。女神様にご挨拶だ。
お菓子・・・・・・。お菓子。
――お菓子はお祈りが済んでから!
あ、ねぇ!女神さま、母さんに似てない?父さんに、愛想を尽かして出て行った!
――声がでかいよ!お前たち!
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
(なんて、ステキ・・・・・・。)
やっぱり来て良かった。タバサは神殿に勇気を出して一歩入った所で、感嘆のため息を漏らした。それには、安堵も含まれている。
嫌な予感――。それは胸をぎゅっと締め付ける。時折り、タバサは息も出来ないほどだ。
背後から何かに覆いかぶさられて、すべてが闇に包まれて身動きが出来なくなる。
この独特の圧迫感は見逃してはならない。
うんと幼い頃――。タバサはそれが何なのか、分らない時もあった。
当然、無視して進んでしまい身をもって学んだ。それは程度にもよるが、合図なのだ。
『無視してはならない。何かが起こるから――。用心深く注意しておいで』
・。:☆:・。・:★:・。:☆:・。・
だがそれもこの空間に入ったとたんに、消し飛んでしまった。
流石は女神様のお膝元。そうそう悪い事も、この清らかな気配の中では起こるまい。
タバサは胸の重石を、女神様が預かってくれたように感じた。
思う存分呼吸を繰り返した。狭まっていた分を、取り返すために。
たそがれ時の神殿の祭壇に続く通路には、もうだぁれも並んで順番を待っていない。
高く取られた飾り窓から差し込む光が、こんなにもやわらかく迎えてくれているのに。
すれ違う人達は皆タバサが今入ってきたばかりの、出入り口へと向かっている。
(えへへ。一人占め。私、女神様に歓迎されているみたいね!こんなにも、光にまで労われて)
朝の生まれたての潔い光の中、女神様にお祈りを捧げる。そうしてから、一日を始めるのもいいだろうとは思う。
それよりもタバサはこうして、一日の締めくくりとしてお祈りするのがしっくりくる。父の教育の、習慣のせいかもしれないが。
(いくら、嫌な予感がしたからって。ねぇ?)
――しかし。このタバサの勘はけっこう、当たる。どういうわけだか、自分でもわからない。
誰かご説明願いたいと、人任せにする程度には知りたいと思う。
(・・・・・・たぶん。母親譲りってぇ、やつかなぁ?ね、ララサ)
タバサは心に浮かんだ疑問を、ついくせでララサに問いかけるカタチで投げかけてしまうのだ。傍にいなくても、いるようなものだから。
ララサもきっと同じだろうと思う。コレは確信。双子という、根拠のない自信によるもの。
光に誘われながら、タバサは祭壇へと進んだ。光がひときわ差し込んで祝福しているかのような――女神像を目指す。
なるべく、もったいぶって、ゆっくりと。
女神様の御前に来ておいてご挨拶も無く立ち去るなんて、流石のタバサにも出来なかったのだ。
商人の風上にも置けないだろうし、夢見が悪い気がする。
(まぁ。女神さまは私くらいがお参りしなくても、怒ったり気に掛けたりなんてしないだろうケド)
気持ちの問題だ。この広場で商いをさせてもらっている身としては。
なによりこの売り上げのほとんどは、女神サマのおかげなのだ。
タバサは一人、頷きながら微笑む。
女神像へと捧げられた足元の供物の中に、父のこしらえた菓子やら飴やらを見つけたからだ。
父ご自慢の飴細工の花々が、キレイなお皿に咲き誇っている。
(鮮やかな・あか、淡い・きいろに、薄い・みずいろ、私達の瞳のような・すみれいろ)
謳うように心の中で、呟いた。唇は小さく口ずさむかのように動かしながら、目で花々を追う。
父も、自分たちも何ていい仕事をしているのだろうかと、改めて思った。
こんなにも女神様の足元を、毎日のように華やかにする手伝いをしている。
しかもこのお菓子のほとんどが後で、孤児院や参拝者に配られるそうだ。
(いいねえ。いい仕事だよねぇ。私達、最高じゃない?)
感謝でいっぱいの気持ちを抱えるように、タバサは胸に両手を重ねて押し当てた。
そのまま膝折ると、首を垂れる――。
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(・・・・・・?!)
目を閉じて、感謝の祈りを捧げていたタバサだったが、ふと背後に気配を感じた。
誰の足音もしなかったはずだった。それとも、集中していて気がつかなかったのかもしれない。
背筋を伸ばして、緊張したまま固まる。
【――今日もご苦労様だったな。ララサ?】
ララサ、と姉の名を呼んだ。声を掛けられて、怖々と振り返る。一体誰だろう?
不思議な響きを持つ、声音だと思った。まるで直接、タバサの頭に直にぶつかってくるかのような低い声。
だからといって乱暴でも、不躾でもない。むしろ丁寧で、礼儀正しい。
そしてなにやら、親しげでもある。
「!?」
――振り返ってみても、人は誰もいなかった・・・・・・。人は。
声の調子から、オトナの男性のものだと思った。だから、てっきり振り返ったらそのような人物がいると・・・思うではないか。
それなのに。
「・・・・・ぇ、えっとぉ?今、私に挨拶してくれたのはアナタなの?――オオカミさん?」
一応念のために、左右を見渡しながら声を掛ける。やはり、だぁれもいない。タバサとオオカミだけだ。
【そうだよ、ララサ。私を忘れた?】
「やっぱり、アナタなの?しゃべれるの、オオカミさん!すごい!」
目の前の真っ黒い毛並みがツヤツヤしているオオカミに、タバサは心からの賛辞を送った。不思議と怖さは無かった。
【いや、話せるのは・・・・・・。すごいのは、私ではなく、】
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
目を輝かせているタバサに、オオカミは言いかけた。ちょうどその時、足音が響く。誰かが入ってきたようだ。
通路を膝立ちのまま見ると、黒ずくめの装束の若者が二人。こちらに、足早に向かってくると叫んだ。
「兄上!と、ララサ!?」
「あ、ホントだ。隊長と嬢ちゃんだ」
(あに、うえ?たいちょう?)
タバサは誰が誰を、『何と』呼んだのか――。すぐには理解できなかった。
真っ黒いオオカミさん。もちろん、仮名です。
ウォレーン・ロウニアの兄です。
そして、チェイズのもう一人の上司でもあります。
本名は、またのちほど・・・・・・。