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★レシピ★ * 35 * 祭典間際の二人

 ――さあ、これに腕を通してね?


 は、はい!


 ――じゃあ、次はこれ!


 はっ、はいぃ!!


 ――きゃああ! 可愛いわっ!!


 は……?


 ★ ★ ★



「うううう。タバサ! 綺麗だぞ」


「父さん大丈夫? 泣かないで~」


「このやろうロウニアの野郎、まだ! まだタバサはやらんぞぉっ……!」


 まだやれるか!


 そう言って父はむせび泣いている。

 タバサは途方に暮れた。

 今更「父が取り乱してしょうがないので辞めます」何て言えない状況だ。

 おろおろしてしまう。


「タバサちゃん。父さんはね、タバサちゃんがあんまりにも綺麗だから感動しているだけよ。安心してお役目を全うしてちょうだい」


 ララサがしっかりと頷いて見せた。

 ここは神殿の中にある、控え室。身支度を終えたタバサを出迎えてくれたのは、父さんとララサだった。

 二人とも、いつもよりよそ行きの格好をしている。商売用のなりでは無い。

 今日、店は臨時休業となったのだ。

 父さん曰く「娘の晴れ姿、一大事に平常心で飴がこさえられるもんか」だ、そうである。

 その分、前日まではしゃかりきに働いて、どうにか注文分をこなしたのだ。もちろん、できるだけタバサも手伝った。

 お得意さんの家に行くたびに「おお、今年の春の乙女が来てくれるなんて嬉しいねぇ」と言われてニコニコされた。

 乙女の役を頑張れ、と励まされたりもして、タバサはいつにも増して張り切って働いた。

 色んな人達が楽しみにしているよ、と声をかけてくれる。見知らぬ人までもが。

 この役を引き受けて良かった、と感謝した。でもまだウォレス様には告げていない。何となく。


 ★ ★ ★


 あれから幾度も打ち合わせなるものをした。

 神殿の奥深くに案内されたのなんて、もちろん初めてだ。綺麗ですべらかな廊下を、ドキドキしながら進んだら、綺麗な女神様が微笑んで出迎えてくれた。


(女神様だ。女神様が目の前にいらっしゃる。ほ、ほんもの?)


 すみれ色の瞳に、豊かに波打つセピア色の髪の大人の女性だった。


「ようこそ。よくいらっしゃって下さったわね、タバサちゃん」

「……!!」


 タバサはびっくりして、そのまま固まってしまった。

 その声と瞳に、とても覚えがあったからだ。

 お馬さま。あの可愛らしくて、とっても賢いあの時の――。

 でも確かめるすべもない。

 タバサは口をぱくぱくさせて、ただその綺麗な人に見入ってしまった。


「お久しぶりね。そうでもないかな?」


 そう言っていたずらっぽく笑いかけられて、確信した。間違いない。彼女は。この綺麗な人はあの時の。


「お馬、さま?」

「うふふふ~。待っていたわタバサちゃん。私の名前はジルサティナ。祭典まであなたのお手伝いをします。――春の乙女よ」

「は、はい! よろしくお願いします」


 ジルサティナ様はふんわりと嬉しそうに笑った。


 ★ ★ ★


 それからほとんど毎日のように商いを終えてから、ウォレスに付き添われて通ったのだ。

 乙女の役目の意味から習わし、祭典時の具体的な立ち位置と、タバサは念入りに仕度を整えてこの日を迎えた。

 今日も朝早くから迎えに来てくれたのは、ウォレスだった。

 毎日の送り迎えも今日で最後だ。

 そう思ったら、何となくさみしいような、ホッとするような気がした。


 乙女は神輿に乗せられて、町中を回る。たくさんの花と笑顔を振りまきながら、祝福を授けて回るのだ。

 それに付き添うのが、乙女に任命された騎士である。その役はウォレスだ。今更ながらそれを認識した。

 彼は今日、いつもの黒い制服ではない。

 乙女の衣装に身を包んだタバサを迎えに来てくれたのも、ウォレスだった。


 ウォレスもタバサも儀式に則って、これから先は必要なこと以外は言葉を発せない。


 ウォレスが目を見張ってから微笑み、手を差し出してくれた。タバサも微笑んでみたが頬が引き攣る。

 やっと差し出した手は震えている始末だった。

 ウォレスは気遣うようにタバサの手を取ると、扉を開けて進み出した。

 扉を閉める前に、父とララサに向かって一礼するのも忘れない。


 こっそりと祭典の衣装で現れたウォレスをうかがった。

 下履きとブーツは黒なのだが、上着は真っ白な物だった。それだけでも、彼の凛々しさがいやでもまして見えてしまう。

 タバサは胸が高鳴るのを押え付けるように、胸元を握りしめるしかない。


(ああ、どうしよう。緊張する)


 神輿に乗る前に、儀式がある。今日の祭典の始まりを告げる鐘が鳴るその前に、無事に遂行できるようにと祈るのだそうだ。それもあるが「役目を全うする事を誓う」という意味合いもあるという。

 何にでも特別に仕立てて意味を持たせるのが、今日という日なのだと分かってはいても、どうにも窮屈で……くすぐったい。


 ふわふわした気持ちそのままの足取りで、自分がどこを歩いているのかすら怪しかった。

 タバサはどこか夢見心地で儀式に臨んだ。

 それも仕方が無いと思う。いつもと同じようでいて、何もかもが違いすぎる。全てが眩しくて切ない。

 手を取って傍らに立つウォレスが、今日は手袋をはめていてくれるのに感謝した。何せ、タバサの手は緊張のあまりかじっとりと湿り気を帯びている。

 あたたかな温もりにすがりつつも、気恥しさは拭えない。

 布越しのぬくもりだけでは物足りない、と思う自分すらも含めて。


 祭壇の前ではおヒゲの神官様が、にこやかとはどうも違う笑みをたたえて二人を出迎えた。

 伯父上、と傍らのウォレスが呟いたのを聞き逃さない。

 確か今日は休みをもぎ取った、と高らかに宣言していたお人ではなかろうか。

 タバサはまん丸に目を見開いて、長いローブをまとった神官様を見上げた。

 それにいたずらっぽく笑いながら、目配せをくれる。

 間違いない。あの時のおじさんだとタバサは思った。


「どうぞ、乙女よ。祝福の小枝をお受取りください」


 綺麗に響く声がタバサを呼んだ。

 そっと左手に差し出された小枝を受け取ろうと視線を向ける。


「はい。……あっ!」


 まとめ上げられ、綺麗にベールを被っているが、ちらほらと金の後れ毛が見えた。

 小柄で、でも女性らしい体つきの彼女。金に輝く瞳が光をたたえてタバサを見ている。

 こちらもまた見覚えのある姿だった。

 額に揺れるは紅色の宝玉。それに負けない艷やかな唇。

 純白をまといながらも溢れ出る妖艶さは感嘆ものだ。

 彼女もまた乙女の化身に違いない。

 タバサは称賛を眼差しに込めて、リゼライへと贈った。それから、ニヤニヤ笑う神官様にも。

 おおかみさんの伯父さんが、休みを取るのを辞めた理由が解る気がしたからだ。


 そう。お祭りは見物するのも楽しいかもしれない。

 でも、こうやって参加させてもらえるからこそ、見えない部分が見えてくる――。

 それは大事な人たちの、いつもとはちょっぴり違った面だったり、仕事ぶりだったりするのではないだろうか。

 惚れ直すってこういう事を言うんだろうなぁ、とタバサは何となく思ってから慌てた。


(ほ、惚れ直すって!? 惚れ直すって何!?)


 もはやパニックだ。心臓がバクバクと騒がしい。


 ★ ★ ★


「さて」


 ニヤニヤ笑いをどうにか引っ込めたらしい。おじさ……神官様が咳払いをした。

 タバサは我に返った。そうだ。今は儀式に専念しなくては、と気持ちを引き締めた。


「これより女神デルメティア様の御前に祈りを捧げる。乙女、タバサ・フォリウムよ。この大事を勤め上げる事ができるように女神に祈りを捧げよ」


「はい。私、タバサ・フォリウムは心よりお仕えすると誓います。女神デルメティア様、どうか御力をおかしくださいませ」


 しゅ、しゅ、と子気味のよい衣ずれの音がした。

 頭を下げたタバサの上に、魔除けの枝が振りかざされたのだと知る。


「これよりタバサ・フォリウムは女神の化身となる。その乙女に付き従う騎士よ。覚悟はよいか」


「はい。このウォレス・ロウニアが乙女を護ります。この命にかけても」


「よろしい。では、乙女よ。騎士に祝福を授けられよ」


 ――祝福?


 小首を傾げたタバサの耳元に、リゼライの唇がすいと寄せられた。


「口付けてあげて。頬でいいから」


 聞いてません。いや、いま聞いたが。

 タバサは固まってしまう。思考はモチロンの事、身動き一切全てが止まる。

 タバサはうろたえた。


 しかしこれはだまし討ち、というものではなかろうかとタバサは唸った。

 この期に及んでではあるが、そう思ったとしても責められないはずだ。


(儀式だから、ただの形だけのものだから、別に深い意味なんてないよね)


「すみませんが、屈んでいただけますか? 騎士殿」


 立ち膝の彼にタバサも少し身を屈めて唇を寄せた。

 なるべく、その耳元に近いところを狙った。

 そ、と触れるか触れないかと言うほどの柔らかさで下唇を掠めさせると、身を離す。

 離れ間際手を取られていた。 


「え?」


 声が掠れて震えた


 まさかのお返しが待っているとは聞いていない!


 タバサの長い髪が人目から、目隠しになってくれていればいいのだが。


 何だか父さんが暴れている気がする。

 それを後ろから羽交い締めにしてくれているのは、チェイズのようだった。

 それとウォレーンとララサもなだめてくれているのを、視界の端っこに捉えた。


 ★ ★ ★


 ここからが本番。


 鐘の音が鳴り響いた。


 さあ! 


 春の祭典が始まる。


『父さん泣かないで。』


これじゃ、まるで嫁に出すみてぇじゃねえか――!


お、おとうさんとか呼ぶな、ロウニア!


そんな調子で祭典突入です。


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