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★レシピ★ * 34 * 儀式に臨む二人

 

 ――おおかみさん!


「……。」


 ――おおかみ、さん、ったら!!


「……。」


 ――おおかみさん……。ウォレスさま


「様はいらない」


 ★ ★ ★


 ぎゅぅっと抱き込まれたままだった。

 タバサが身動ぎすると、腕の持ち主はそれすらも封じ込めようとしてくる。

 あきらめて、静かな息使いと鼓動とに耳を澄ます。

 オオカミさんの姿に戻ってくれたなら、この腕の拘束から解放されるだろう。

 それまでの辛抱だ。そうタバサは期待したのだが。


「ねぇタバサ」

「何でしょうか?」

「もし、自分のこども……いや、例えば兄弟が獣の血を引いていたらどう思う?」

「素敵だと思います」

「本当に?」

「はい。素敵です。思うまま抱っこさせてもらいます」


 暗闇の中、こっくりと請け負って頷いた。

 ララサが獣だったら? ものすごく可愛らしいに違いない。もちろんだ。決まっている。

 私もそうだったら良かったのに、と羨ましがる事だろう。

 うっとりと告げる。


「そう」


 タバサのはしゃいだ声音に、その気持に偽りは無いと感じたのだろう。

 短く返した声は嬉しそうに高く響いた。

 それから用心深くひそめられた。


「でもね、人によっては俺のような者を忌み嫌う感性の持ち主だっているんだよ」

「ええ!?」

「そう。俺は今回の祭典に乙女の騎士役として付き従う役目がある。この姿に怯えない乙女なんてタバサ以外にいないよ」

「ララサは?」

「ララサはウォレーンが付くから。それに弟の恨みを買いたくは無いな」

「恨み?」

「うん、そう」

「あの、あのね? ねえ、おおかみさん。その、おおかみさんには戻らないの?」

「俺が怖いよね、タバサ」


 唐突な言葉は質問というより、断定だった。


「え……?」


 真っ暗だった室内に少しづつ、朝日が差し込む。

 もう夜明け近かったのかとタバサは驚いた。

 あんなにも真っ暗だったから、まだまだ真夜中だと思っていたのだ。

 どうりで眠たいはずだ。

 でも意識は奇妙に高揚しているから、目はしっかりと開いている。


 ゆっくりと室内に満ちていた闇をふり払うかのように、光が満ちて行く。

 それに伴なってお互いの輪郭が明らかになって行く。


 そっと自身を抱き込む腕に視線を落とした。男の人の、腕だ。

 黒い固くてゴワゴワした素材の服には、きっと蛇と蔦の紋章が刺繍されていることだろう。

 何か言わなきゃ、と思うのだが何も言葉が出てこない。何も。

 だから代わりに、そっと手を伸ばして、自分に絡みつく腕に添えた。


「タバサ、すまなかった。今までのこと全部。今日の事も……ずっと昔の事も」


 ごめんと、繰り返されるたびに、涙があふれる。あたたかなもので胸が満たされて行く分だけ、こぼれ落ちる涙。寂しさも恐怖もやりきれなさも、全て涙となって体の外に出ていく。そんな感覚だった。


「ごめん。君をいじめて泣かせた事。謝る。許してくれるまで謝る。何だってする。だから」


 そこで息を深く飲み込んでから、ウォレスは続けた。


「どうか春の乙女役を引き受けて下さい」


 ★ ★ ★


 タバサは薄れ行く闇の中、ただ静かに覚悟を決めていた。


 来る時が来たならば振り返ろう。

 勇気をかき集めて振り返らねばならない。


「おおかみさん。ううん、ウォレスさま」


 タバサも呼吸を整える。たったの一言、二言なのに息が切れていた。

 自分を抱き込む腕から、緊張が伝わってくるから余計に。


「私、もう怒っていません。だから貴方とちゃんと真向かって、お返事致します。それじゃダメですか……?」


 毅然と言い放ったつもりだったが、後ろの方はほとんど掠れてしまっていた。


 ★ ★ ★


 彼の腕が緩んだ。そっと振り返る。

 それでもまだ、彼の腕の中にいるのは変わりがない。

 お互いの息使いが感じられる程に近いのだ。

 振り返ったはいいが、恥ずかしくてなかなか面を上げられないでいた。

 そんなタバサの頬に、そっと大きな手が添えられた。俯いたままのタバサを促す。


「タバサ」


 ふいに呼ばれて、思わず見上げてしまった。その声があんまりにも切なく聞こえたからだ。


 ――ああ、やっぱりだ。


 タバサは惚けてしまう。目の前にあるのは、あの時の男の子の成長した姿だった。

 黒い髪にとろけるような蜂蜜色の瞳の、凛々しい少年。記憶よりも引き締まった頬の線。そこにはうっすらとヒゲが生えている。

 男らしさが加わった輪郭に、タバサは思わずたじろいだ。

 恥ずかしさと怖さが入り交じった感情に、どう反応したらいいのか解らなくなってしまう。


「タバサ」


 その声が訴えていた。どうか目をそらしてしまわないで、と。

 タバサは必死で堪えて、彼を見上げた。おおかみさんの、ウォレスの瞳が不安そうに見下ろしてくる。

 それと同時にとっても優しい光を宿している。タバサはこんな瞳で見つめられた覚えがなかった。

 優しくて、でも容赦なく見下ろしてくる眼差し。切ない、愛しい。そんな想いで満ち溢れている。

 タバサは精一杯、いっぱい、微笑んで応えた。


 差し込む朝日が眩しすぎて、お互い目をしばたたかせながら、微笑みあった。


「あ、えっと。ウォレス様。……よ、喜んでお役目、お引き受けします」


「タバサ! ありがとう!!」


 再び、大きな腕に抱き込まれてしまう。

 そのほんの一瞬前、タバサはウォレスに尻尾が見えた気がした。



 二人、そっと祭壇に回った。

 子供の頃でもぎりぎりだった通路は、やはり狭かった。


 二人、手を取り合って女神様に一礼した。


 ――儀式に臨む。


 あらかじめ彼が用意していた聖杯から、聖水を注がれた。

 恐る恐る唇を近づけると、なんとも言えないいい香りがした。

 一くち、口にふくむと爽やかな香味が広がった。こくんと小さく飲み干す。

 それを固唾を呑んで見守っていたらしい、ウォレスさまが満足そうに笑みを深めた。


「タバサ・フォリウムを春の祭典の乙女とする」


 今度はタバサが震える両手で、どうにか聖杯を彼に差し出した。

 彼は跪いてうやうやしく受け取ってくれた。

 だが大きな手は、タバサの指先ごと受け取ってしまったままだ。

 そのままウォレスは聖杯を傾けて、中身を飲み干してしまった。


「ウォレス・ロウニアを春の乙女の騎士とします」


 タバサは何とかそう呟いた。


 ――まるで了承したと告げているかのように、女神様が微笑んでいる。


『ほだされるタバサ。』


もう、言葉もありません。


すみません!! 


お待ちいただいてくれた方に、捧げます。


いや、はじめましての方にも、もちろん。


二年ぶりって。


すごい、甘いし。

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