★レシピ★ * 32 * 気が付けば秘密の小部屋
よしきた!二人きり。
でもぜんねんれいたいしょうだから、ワタシ!
そんなにはりきれません(?)
はい、これ。
――何だ?
許可証に決まってるでしょ。確認できた?
――ああ。
今度またツマンナイことでタバサちゃんを泣かせたら引っぱたくからね。
――もう、引っぱたかれた後だが・・・・・・。
当たり前じゃない!その度にぶったたくからね!
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
「うん・・・と、ここはどこかな~?」
いい加減、この疑問を口にするのは飽きてきた。
飽きるとかどうとかいう問題ではないのは、解っている。
ひんやりとした感触が横たわる半身から伝わってきた。
残念ながら寝台の上では無さそうだ。
だからといって冷たいが、地べたでは無さそうだった。
身体にじんわりと忍び寄る冷たさに侵食されては敵わない。
タバサは両手を付いて、上半身を起こした。
辺りは真っ暗だった。
真の暗闇に怯んで、タバサは己をかき抱いた。
寒い。怖い。
それに一人きりだった。
先程まで大人数に囲まれていた分、心細さが嫌でも増す。
ひんやりとした床に直接、へたり込むようにタバサは腰を落ち着けていた。
より所だった白ふわちゃんたちの気配もない。
そうなのだ。
タバサはゆっくりと記憶を辿った。
駆けて駆けて、駆け抜けて――たどり着いたのは見覚えのある街並み。
そこですら駆け抜けて落ち着く頃には、タバサの意識は途切れがちだった。
重たくなる目蓋の向こうに垣間見えたのは、眩い金の髪のリゼライとおじさま。
それに、連れ立って行ってしまった二頭だった。
他にも真っ黒い獣様ことダグレスの蹄も見えたような?
(行っちゃうの?)
ぬくもりを奪われた寂しさが、眼差しに現れていたであろうと思われる。
視界の端で薄情にも手を振って見せた、リゼライの手が白く浮かび上がって見えたのが最後だった。
それにしてもここはどこだろう?
暗闇に視界が慣れてきたとはいえ、頼れる程の月明かりでもない。
静かに照らしてくれている月明かりに、今ようやっと気がつけたほどでしかない。
それでも無いよりはマシである。
それにこの空間の気配にいくらかなじみがあった。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
ここは祭壇の裏手の秘密の小部屋だ。たぶん。
見渡してみて確信した。
季節ごとに出したりしまったりされるタペストリーと思しき影や、銀器が窺える。
静かに出番を待って寝静まっている。
起きているのはタバサだけ。そんな感じだ。
見覚えのある収納にタバサは一息ついた。
「秘密」と言っても何も隠された地下室でも何でもないのだが。
単に子供の頃、秘密基地としてルカ兄とタリム、ララサとタバサとで隠れてお菓子を食べたりした名残が今でも「秘密の」と呼んでしまう。
人気の無いここは子供たちの好奇心を大いに刺激してくれた。
普段は錠が掛けられていたが、そこはいたずらっこ達の抜け目無さというか。
いくらでも忍び込む手段はあった。
鍵の造りの甘い小窓や、風路として取られた隙間が子供たちには充分なスキだった。
ちょろい!ちょろい!
そんな風に苦労して、こっそり入り込む秘密基地。
ある時どういうわけか、祭壇の裏側に回り込めばこちらに通じていたのを、当時のタバサたちは発見した。
すごい すごい すごい 秘密の通路だ!
むちゃくちゃドキドキした。
わくわくして楽しかった。
俺たち四人だけの秘密な!
リーダーのルカ兄の取り決めに無論、異論などあるはずも無かった。
わざわざ隠れてお菓子を食べながら、苦労して運んだお茶を飲んだ。
ルカ兄とタリムには虫を持ち込むのは禁止だと告げたり、猫の子だったら良い等というのを大真面目に話し合った。
じゃあトカゲやクモは良いか。
猫の子ではなく、オトナの猫だったらどうするのか。
犬は?怪我をした小鳥なんかを保護したらどうするのか?
お互い家が食べ物を扱うからペットは諦めていただけあって、事細かく想像が膨らんだものだった。
お気に入りのお皿やクッションも持ち込んで、秘密基地らしく設えていったのを昨日の事のように覚えている。
他愛もない事を話し合って、くたびれたら寝転がった。
――よくこうやって天窓を見上げたものだ。
いつかは夜に集まってみたいね。
大人の目を盗んでベッドを抜け出すのはさぞや楽しかろう。
見つかったら間違いなくこっぴどく叱られるのが目に見えているが、そこがまたちょっとした冒険心を煽った。
どうしよう どうしよう どうする!?
いつにする?
何をする?
皆口々に言いあって、その場で跳ねた。
けれども実行には移さなかった。
リーダーのルカ兄の一言が決め手となったのだ。
『オトナの目からは隠れるが心配は掛けない事』
さすがみんなのリーダーだ。
感心したがつまらない、ともタバサは思った。
そんな風に、商売の手伝いが終わる夕刻に集まるのが決まり。
晩飯前には帰ること。
そう。あの日までそれは続いたのだった。
タバサは懐かしく思い出しながらも、少しだけ肩をすくめた。
『ここで何をしている!』
あの少年だった。
黒髪で蜂蜜色の瞳の、タバサにいつも文句をつけてくる護衛団の彼。
タバサは思わずルカ兄の背に隠れた。
怖かった。
その少し前に『広場で商いするのなら許可証を持っているハズだ』と、言われたばかりだったからだ。
そんな物が必用だとはタバサは知らなかった。
そう素直に答えたら、持っていないならここで商いをするのは違法だと告げられたのだ。
違法。
まるで自分が罪びとになってしまったかのようで悲しくて、泣きながら帰って父に尋ねた。
父さんは大丈夫だ、と言うと許可証を引っ張り出してきてくれた。
だからといって取って返して、再び少年の前に立つのは躊躇われた。
その日からタバサは商店街を回るようにしてもらい、広場での商いはララサを頼った。
怖かった。
護衛団の制服をきちんと着込み、腰には剣を下げている彼に何か言われる度、怖くて仕方なかった。
だから広場には近付かないようにしたのだ。
少年には会いたくなかったが、でも他の皆には会いたい。
だからこうやって、夕刻に忍んできては皆に会うのが楽しみだったのに。
『別に。皆で集まって菓子を食ってるだけだけど?』
何故かタバサを睨みつけている彼に、ルカ兄がしれっと答えてくれた。
『誰の許可を取って勝手な事をしてるんだ?ここは関係者以外は立ち入り禁止だ、タバサ』
怖い!
みんなで一緒にお菓子を食べていただけ。
それすらも見咎められてしまった。
タバサは泣きながら皆に謝った。
どうやらこの少年はタバサを目の仇にしているらしい、というのが解ったからだ。
過ぎ去ってしまえばそんなに大泣きする事でもなかった気もするが、当時はものすごく哀しかった。
この世の終わりだ、くらいの勢いだった。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
(あの後、どうしたんだっけ?)
ぼんやりとタバサは思考をめぐらせていた。
皆が口々に少年を責めて、タバサを慰めてくれたのは覚えている。
それから。それから?
それから少年とは会っていない。見かけてもいない。
すごくほっとしたのと同時に、何だかすっきりしないなと思ったのは覚えている。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
ガタンと大きく音がして、そこで思考は断ち切られる。
驚いて振り返る間もなくタバサは身動きが取れなくなっていた。
まっ暗闇の中、急に抱き締められたのだ。
しかも背後から。
それまで人の気配はしなかったから、余計に驚いた。
「きゃ・・・っ!」
「タバサ!」
「父さん・・・?ううん、ルカ兄?」
言いながらも、どちらとも違う事は解っていた。
それでもそう呼んでしまったのは、そうあって欲しいという願いからだ。
そうでなければ怖すぎる。
タバサはその腕にすがった。
自分の露出した腕に触れる布地は固くごわごわしていて、タバサが今着ているドレスとは対極にあるような頑丈さだった。
それに包まれている彼の体の造り自体も、タバサとは対極にあるだろう。
暗闇の中タバサの輪郭を確かめるように探る、厚みのある手のひらの動きは荒々しい。
どうやら、苛立っているらしいのが伝わってくる。
「違う」
返る言葉もどこか不機嫌に告げてきた。
それだけではなく、遠慮なく腕をタバサに絡ませてくるのだ。
タバサは息を飲むしかない。
怖い。怖い。怖い。
じゃあ誰なの。
どうして怒った声を出すの。
嫌だ。怖い。
「タバサ・・・すまなかった」
耳元で詫びられた事で、タバサの心臓が先程とは違った調子で早鐘を打ち始めた。
タバサは腕から逃れようと、震えながら身を捩ったが敵わない。
もどかしそうにその抵抗を封じながら、彼はタバサを柔らかく抱き込んだままだ。
「オオカミ、さん?」
そうであって欲しいような。
そうであって欲しくないような。
そうだと言われたら、どうしたらいいかわからない。
そうではないと言われても、どうしたらいいのかわからないが。
そんなタバサの戸惑いを読み取ってくれたのか、答えは返らなかった。
ただ、ますます強くぎゅっとされた。
『いいかげん神殿』
保存用につける解りやすい仮タイトルです。
何もいいかげんな神殿まえとかいう、おざなりな意味ではなく、
いいかげんに終わりに持っていこうやの意味合いと、
良い加減を見誤らずに続き書こうな!ワタシよ!という意味合いです。
お付き合いありがとうございます!!
暗がりで二人きりというサーヴィス満点ぶりに、次回も張り切って行こうと思います。
程ほどに。