★レシピ★ * 25 * 狼狽するしかないオオカミ。
泣きじゃくるララサに付き添うよう言い渡された、ウォレーンのぼやきでお送りします★
――タバサちゃん。
なぁに?ララサ、改まって?
――はい・・・・・・これ。あげるね。
え・・・・・・!?何、これ?キレイだねぇ!どうしたの?
――うん。キレイでしょう。あげるね!『タバサ。どうかこれを肌身離さずに居ておくれ』
う、うん。ありがとう。・・・・・・どうしたの?ララサ、どうして泣きそうなの?
〜・ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ・〜
「ウォレーンが悪いのよ!全部、全部悪いの!」
【――すまなかった。ララサ】
「すまなかったじゃないでしょ!タバサちゃんに何かあったら、ぜったい許さないんだから!そう思うのなら私たちも追うわよ」
ぐずぐずしないでよ、ほら立って――!少女が泣きじゃくりながら、それでも立ち上がる。
ウォレーンは困ったように少女を見上げたが、腰落ち着けたまま動こうとはしなかった。唸るように声を絞り出す。
【それは出来ない。・・・俺単独ならまだ可能だが、ララサは駄目だ。連れて行けない】
「どうしてよ!」
【何があるかわからないから】
――そこまで口にしてしまったと思ったが、遅かった。ぼたぼたと涙をこぼしながら、これまた盛大にララサの唇が歪む。
「な、何があるかわからないですって?何がっ!?」
【・・・・・・・・。】
ウォレーンはといえばただ己のうかつさを呪いながら、ただおろおろするばかり。
それも内心の狼狽であり、はたから見ればただ少女に寄りそう狼なのだが。ウォレーンはこういった時どうすればいいかなんて、まったく!ぜんっぜん・・・わからないのだ。そんな様子を老婦人が微笑ましそうに――。
それでいてからかうように、見守っているのすら気が付かないほどだった。
常は控えめな少女である。しっかり者の看板娘も、こと自分の双子の片割れが絡むと平静を失う。
その彼女の胸を占める重要な位置付けを、事あるごとに見せつけられてきた。だから――。
彼女と同じ瞳をした少女が、自分をいぶかしむ様な眼差しを向けた時。ウォレーンは無性に腹が立って仕方がなかった。
しかも何ら差の無い声音で自分は、つい先日までいくらか親しみ込めて呼ばわれていたはず。
その己の名を『知らない』と首を傾げる少女の口調に、一片のためらいも無かったものだから余計に。
ララサはウォレーンの事を何ひとつ、タバサに伝えていないのはそれでハッキリした。
彼女は何も知らされていない。それはウォレーンにとって、大層痛手だった。
『私たち、何でも話すの。今日あった事はもちろん、全部。思ったり感じたことはぜぇんぶ!全てよ、ウォレーン』
確かにララサはそう言い切った。黒いオオカミの首筋に腕を絡ませて、その身を押し付けながら確かに――。
人である時よりも遥かに優れた聴力が、聞き逃すワケも無く。そんな距離。
――その距離をもっと縮めたいと考えたオオカミは、その願いを叶えるべく申し出たのだが。
『ララサ・フォリウム嬢。どうかこの春の乙女役を、引き受けてくれないだろうか?そして・・・・・・』
驚きに見開かれたスミレの瞳を、オオカミの姿で占めようと覗き込みながら続けた。
『どうかこのウォレーン・ロウニアを、乙女の騎士と認めてくれないだろうか』
それが何を意味するのかはこの街の者なら、伝えようとしている事があえて説明しなくともわかるはず。
ウォレーンは勇気を振り絞ったのだが――。
その翌日からぱったりと。
ララサは姿を見せなくなった。
その代わりに広場に現れたのが、彼女の双子の妹。
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兄も同じように、同じような言葉をタバサに贈った。実に素早い兄の決断に、正直驚いた。
『お断りします!私、その日は稼ぎ時なので!』
彼女の判断もまた、負けないくらい早かった。
――答えを導き出すのに、何のためらいも見出せ無かった。ほんの数瞬、まばたきの間ほどは考えたようだが。
男が畏まって『春の乙女』になって欲しいと乞う。それが何を意味するのかを、知らない?
まぁ・・・知らなかったとしても、この目の前のオオカミが何を言わんとしているのかを察せぬものなのか?
そんな事、誰が見たって明らかでは無いのか?
大体からにして目の前の『兄』がオオカミで、『弟』が人の姿なのだから疑問を持て!持ったのなら、何かしら訊いてこい!
ソレなのに何故!?なぜ、ああも無邪気でいられるのか?ウォレーンには理解し難いタバサの反応。
(【・・・・・・・・・・・・・。】)
そうなのだ。当の本人は全く『その事』に気が付いていない有様。何と言う鈍さかと腹も立った。
あまりに何の憂いも無く笑うから。
誰にでも同じように笑みを向ける彼女を、よく言えば平等でわるく言えば八方美人だと思える。
みんな大事。みんな大好き。でも誰も『特別』にはなれない――。家族を除いては。
タバサの誰からも好かれるであろうその気質が羨ましく、また疎ましかった。
彼女の媚もせず真摯に向き合おうとする姿勢は、態度の悪いウォレーンにすら変らなかった。そこがまた、己の狭さが量られた気がしたのだから情けない。
ララサが来なくなり、タバサが来たと言う事とは・・・・・・。ララサもまた同じ答えと言う事なのだろうか。
『その日は稼ぎ時なので』――なんだって!?そっちの方が大切な優先すべき事なのか?
そんな事をぐるぐる考えてしまう日々。
兄は兄であの手この手で『春の乙女』を確定しようと奮闘する日々。
ハッキリ言って、普段の余裕ぶった兄ではない姿はザマぁ無いの一言だ。
タバサの鈍さにいちいちへこたれていては、確かに欲するものなど一生手に入るまい。
逃すものかという気迫を、ひしひしと感じさせてどうする兄よ?たが、対する彼女もなんの。タバサは必死で抵抗してくる。
(――あんたら・・・・・・勝手にやっててくれ。)
せっかく久しぶりに見晴らしのいいあの姿に戻っても、会いたい彼女が広場にやってくる気配は無いまま。
今日も『タバサ』かと落胆の現われが、彼女に対する態度に滲み出てしまうのを止められない。
兄はそれはそれは機嫌が良かった。どうやら積もり積もった長年の想いは、ようやくぶつける相手が現われて暴走しているらしい。
(誰か止めろ。って、俺か――?)
チェイズはチェイズでおもしろがっているだけだし、他に見当たらない。やれやれ。――そんな思いがますます表情を渋面にして行く。
そんな内心の表れに敏感な少女の表情もまた、ウォレーンには気鬱の元だった。
(タバサにはどうやらひん曲がって伝わっているようですが、兄上?)
いい加減、兄に進言するか――だが、コレは蹴られるかもな。人の恋路を邪魔する奴に認定されたら・・・等とぼんやりしていた矢先。兄はさっさと『儀式に臨む準備』を整えてしまっていた。
(誰だ、手伝った奴は!?チェイズ、貴様かっ!)
睨んでも”え〜?俺は隊長の命令に従っただけだし★”と言わんばかりに、片目をつぶって見せられた。
・・・・・・気色悪いので、思わず殴ってしまったではないか。
(駄目だ・・・これは)
そう結論するまでに至った。兄に進言しようと何をしようと。例え行動を口で諌められても、兄はタバサを目の前にして平静を保つ等とは不可能に違いない。・・・・・・という事だけはわかった。
(しかも怒らせた上、泣かせて・・・・・・兄上?)
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兄がこのザマなのは少しいい気味だとも思えたが、実際いきなり攫われたタバサは不憫だった。
しかも相手はダグレスときた。賢く強くプライドの高い、間違いなく神獣レベルに匹敵する――裏切りモノの。
・・・・・・獣が人間に自ら進んで構うとき、それは。一つは害なす者として排除しようと仕掛ける時。
もう一つは気に入った者として、側におきたいと願う時がある。獣は大抵ほぼ間違いなく乙女が好きだ。難儀な事に。
古来から、その性質として乙女を好む。それ以前に、ダグレスは恐らくタバサが気に入ったのだ。ここに来てそれは確信に変った。
実際追いかけてきてみたら、やはりタバサは『優待』されていたようだった。ダグレスは気に入った者には時間を割くのだ。
多少なりとも付き合いはあった獣なので、それは知っていた。おおかた野郎三名・・・しかも顔見知りの我々に、囲まれて泣いているタバサを不憫に思ったのだと判断する。言及したところで、彼は絶対に認めはしないだろうが。
そして久しぶりに会えたララサにこっぴどく叱責され、泣かれている自分も大層不憫で間違いない――。
等と自己憐憫に陥っている場合ではない。
ああもう頼むから本当に泣き止んではくれないか。そんな想いを込めて精一杯の行動が、コレとはいかに。
『コレ』。すなわち自分の毛並を押し付けて寄り添い、舌先で涙を拭う事をさす。
(【兄上も思い知ればいい】)
この身で出来る限られた行動の数々を。
抱きしめてやりたくとも、四つ足の身はこのように不自由極まりないのだ。・・・その他にも色々と。
(【だが】)
この身の誇る『人の子の限界を飛び越した能力』は使い道があるのも、また確かだ。
広場からここまで。そしてジャスーリート家の門構えなど、実に取るに足りない砦だった。
獣であるという在り方のもどかしさを差し引いても、この血筋を今日ほど有り難く思ったことは無い。
きっとそれは兄も同じだろうと思う。ウォレーンは、兄が飛び出していった窓を見やった。
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「ねぇ、タバサちゃんのお姉さん?」
柔らかな声に振り向けば、これまた見事な赤毛の少女がこちらを見つめていた。
視線を合わせるようにしゃがみ込むと、茶器の乗ったトレーも床に置く。そしてふんわりと柔らかい微笑を浮べた。
「・・・・・・ララサです」
「そう、ララサちゃんも素敵なお名前ね。――私はディーナ。こちらはルゼ様にフィルガ殿。それとダグレス。・・・・・・貴方は?」
ディーナと名乗った少女は紹介しながら、カップにお茶を注いで行く。
【ウォレーンと申します、ディーナ嬢】
「ウォレーンもロウニア?」
【――はい】
「そう。お茶をいかがですか?ちょっと難しいかしら?」
【はい、折角ですが。お気持ちだけで充分です】
そう残念ね、と軽く受け答えながらも、令嬢は優雅にカップを差し出した。
「どうぞ、ララサちゃん。――あんまり泣いたら乾いちゃうわ。喉、渇いてるでしょう?これを飲んで落ち着いて?」
「――はい」
湯気の立つカップを受け取り、ララサは静かに頷いた。その拍子にまた涙が一滴、零れ落ちる。
「私も頂くわ」
「俺も」
「ええ、どうぞ。はい、ルゼ様。フィルガ殿」
この館の女主人とその跡取りらしき二人も、腰を下ろしてカップを受け取った。円くなって、皆で静かにお茶をすすり合う。
ララサも遠慮がちに口を付け、いくらかその温かさに慰められたようだ。呼吸が落ち着きを取り戻す。
それと同時に白かった頬に、うっすらとだが赤みが差す。ララサがお茶を飲み干した頃を見計らって、ディーナ嬢が声を掛けた。
「――あのね、ララサちゃん。心配掛けてごめんなさいね。タバサちゃんはだいじょうぶだから、安心してね?」
「ほんとう?」
「ええ。あのね・・・きっとタバサちゃんが居なくなったのは、私のせいなの。さっき私のドレスに着替えてもらったから」
「・・・・・・?」
「だから、ね。――だいじょうぶ。必ず連れ帰るから。待っていてね」
「・・・・・・・・・・・・・。」
にっこりと微笑むディーナ嬢を前に、ララサはこくんと頷いて見せる。
そのまま――ララサの身体が再び、隣にいたオオカミの身体に重心を預けていた。
【ララサ?】
側に居たルゼ婦人も、ララサが落としかけたカップを受け止めていた。まるで何もかも承知していたように、自然だった。
すぅすぅと微かに己の毛並を撫でるのは、安らかな寝息でいいと思う。
「さて。オオカミさんや?――貴方ララサを寝台に運べるわね?」
ニッコリと婦人が、ララサの頬にかかる髪を戻してやりながら微笑む。優雅なのだがなかなかに有無を言わせぬ迫力があった。
【はい。ですが・・・・・・ララサは一体っ!?】
疑問を口にしながらも、ウォレーンは自身で答えを導き出していた。
弾かれたように彼女を振り返れば、もうさっさと立ち上がって窓から身を半分乗り出している。
「大丈夫。ほんの一滴にも満たないから!――それでは行きましょう、ダグレス」
【ええ、嬢様】
先ほどのたおやかな笑みとは、また異なる笑みを浮べて言い切られる。・・・・・・ それは、どこかのお調子者の笑顔に似通っていた。どうやらこちらが彼女の本性の気がする。
いたずらっぽく片目を閉じて見せる笑みは、一瞬のうちで闇に紛れて行ったからもう確かめようも無いが。
「――ディーナさん・・・・・・!アナタって人は・・・・・・!」
押し殺したように呟きながら続く若者に、ウォレーンは何となく同情した。
お久しぶりでございます。
明けましておめでとうございますですよ、もう。
「更新はマメにするね!」等と前回(およそ一ヶ月前)身内にほざいたのは私です。
「ああ、もう話し忘れた〜」
と、言われたりしてます。返す言葉もございません!
そんな調子ですが・・・書くのはやめてません〜
お付き合いありがとうございます。




