★レシピ★ * 20 * 紅孔雀の率いる誘拐団〜結成〜
遊ぶ気満々のジャスリート家のみなさん。
――約一名は除く。
――で?どこの誰なの?タバサちゃんをいじめるのは!
えと・・・ねぇ。あの、最近広場にいる背の高い・・・黒髪の・・・『護衛団見習い』の男の子
――えぇ?そんな奴が何だって、タバサちゃんにいじわるするの?
わかんない。でも、いつもからかってくるの。変な名前だって。無視してやり過ごそうとすると『何で俺の名前が呼べない』って、怒るの
――・・・・・・え〜・・・それって・・・もしかして
もしかして?
★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★
””たいへん!たいへん!!――侵入者の影あり””
””・・・たいへん!――影、あり””
火急を知らせるためにと、勢い良く扉が開け放たれた・・・訳ではない。
(え?えぇ?・・・今、どこから現われたの?このコ達!)
勝気なタバサが思わず怯むほどの、視線を散らしてくれたのは。そんな風に突然現われた二羽の孔雀だった。
タバサの視界いっぱいに飛び込んできた、それはそれは目にも鮮やかな藍色の羽毛である。
孔雀はそのまま、ディーナ嬢の左腕に止まった。もう一羽は、フィルガ殿の右腕に落ち着く。
「まあ、ほんとう?それは、たいへんね。それで、どうしたのヅゥォラン?ヨウラン?侵入者の様子は掴めたの」
孔雀たちの報告を、おっとりと受け答える。その様は全然大変そうじゃない。
流石はお嬢様だ。見習わねばとタバサは感心する。
””つかめた。黒い、獣だ。うろついているだけで、まだ館には入って来れていない。だから報告しに来た、ルゼ!フィルガ!ディーナ!””
と、ディーナ嬢の孔雀は威勢よく言い放つ。少し得意げに、興奮しながら。
””――獣だ、ルー・。フィー・。ディー・””
対するフィルガ殿の一羽は、控えめに繰り返した。落ち着き払って、遠慮がちに。
「そう。ありがとうね、お利口さんたち」
「ご苦労。えらいぞ、おまえたち」
孔雀たちを労い、二人は指で二羽の頭をくすぐってやる。クゥルルルルルル・・・と喉を鳴らして、二羽は目を細めてご満悦の様子だ。
(なんて、絵になるお二人何だろう。――何だか『お似合い』の二人っていうのは、このお二人のためにある言葉みたい)
対になって孔雀を愛でる凛々しい青年と、たおやかな美少女。フィルガ殿は何というか。顔立ちもそうなのだが、その身のこなし方が洗練されている。しゃんと真っ直ぐに伸ばされた背筋の立ち姿や、タバサなどにも丁寧な言葉使いで接してくれたり気使ってくれたり。感謝のあまり平伏してしまいそうに成る程。
その片割れのように彼の側に立つお嬢様は、何と言ってもその艶やかな赤い髪が、目に焼きつくほど印象的だ。かといって、きつ過ぎるものではない。それはゆるやかに波うつうねりが、光をうまい具合に反射してくれるおかげだろうか。目を奪うのはその、あでやかな光沢のなせるワザだろう。きっと。
そんな二人は、まるで絵画から抜け出てきたかのような。それは幻想的な眺めだった。
「・・・・・・なかなか様になる、ふたりでしょ?」
思わずタバサが見惚れていると、老婦人が扇で口元を隠しながら呟いた。どうやら見透かされていたらしい。
タバサは言葉飲み込んだまま、こっくりと強く頷いた。その横顔を眺めて、婦人も満足げにニンマリ笑った。
だがそれに、タバサは気づかなかった。
二人に夢中だったせいもあるし、婦人が扇の陰で顔半分を隠していたせいでもある。
そんなこちらに、ふと孔雀が視線を投げる。
””・・・・・・おぉ!!ここにも侵入者がいる!侵入者がいるぞ、ディーナ””
孔雀は真っ黒い左目を、キロリとタバサに向けた。
「違うわよ、ヅゥォラン。お客さまよ」
ディーナ嬢は優しくそれを諌めてくれた。それでも納得行かないもう一羽の方からも、右の目玉を向けられる。王冠の様に頂く、頭の飾り羽根をふくらませているから、威嚇しているのだろう。
””いや、侵入者だ!ディーナ?我等の許可無く館に入るものは、侵入者だ””
フィルガ青年も、いぶかしむ孔雀をきっぱりと諌めてくれる。
「違う、客人だ。ヨウラン。――ダグレスが連れてきた。・・・それで、黒い獣?」
””ああ。『犬・狼』型――見たところ、黒いオオカミだ。しかし、術の気配があるから『幻術』かもしれない。狼は見せかけの姿か。本体は別どころにあるか。それはフィルガ、おまえが見極めろ””
「・・・オオカミ!!黒い、って・・・『オオカミ』さん?オオカミさんが来ているのですか?どこですか!」
その報告に、タバサの体が跳ね上がった。慌てて扉の方に向かったタバサを、さりげなくルゼ婦人が立ちはだかる。
「――なぁに?タバサちゃんの知り合い?」
「え・・・と、多分。オオカミさんは『隊長殿』です。その、ロウニア家の。真っ黒の毛並がツヤピカで、蜂蜜キャンディーみたいな瞳をしているんです」
「あら、そう。なかなか素敵な彼なんじゃない?」
「はい。ずっと抱っこしていたいくらいに、なかなか」
「・・・・・・ロウニア家のオオカミが、隊長?神殿の護衛団の?」
タバサの説明に、フィルガ青年が疑問の声を上げる。その声に答えたのは、ダグレスだった。
””そうだ。ロウニア家の『獣筋』の若造どもだ。ったく、色気づきおってからに!そのくせやり方は幼稚なままだから、娘は途惑うのだ。なぁ、フィルガ?””
「――何だ。何が言いたい、ダグレス?」
””ふふん。なぁ、ルゼよ。コヤツめも図体ばかりでかくても、中身ときたらてんで幼いままで・・・困ったものだよなぁ?””
「そうね〜?そうかも、ねぇ〜?」
――― ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ 。
なにやら気の合う、ルゼ婦人とダグレス様のようである。恐らくお二人にかかっては、この立派な青年もどうやら幼い子供のままらしい。
それが何かを揶揄しての事らしいのは、タバサにだってわかった。そして、ちらりと盗み見たお嬢様は。
(その意味する所を・・・深追いしよう何て、考えてもいらっしゃいませんよね・・・?フィルガ殿の苦悩はどうやらその辺りに、あるような気がするんですけど。ディーナ様?ねぇねぇ、ディーナさ〜ま〜?)
他人事には目ざといタバサは、心の中で呼びかけてみる。それは『心の船頭』さんに対する、せめてもの恩返しのつもり。
――ふぅん。とその様子をこれまた小可愛らしく小首を傾げて聞いていた、ディーナ嬢様の空色の瞳が輝いたと思った。そうタバサが見止めた瞬間。
ぱしんっと小気味良い音を立てて、ディーナ嬢の手のひらが彼女の胸の前で合わされていた。
(もしかして、届きましたか!お嬢サマ!!・・・だとしたら私、やりましたよ!船頭さん!!)
タバサはちょっとだけ期待して、どぎまぎした。一人で盛り上がって、一人で緊張してしまう。
「――ねぇねぇ、ルゼ様。ダグレス。ちょっと、ちょっと!お耳を貸して下さいな。いい事思いついちゃった!」
そんな――宝物を見つけたとでも言い出しそうな。そんな風に無邪気に笑いながら、お嬢様は手招く。
「何なに?ディーナ?」
””はい、何でございましょうかな?嬢様?””
くすくす笑いながら、この目の前の少女は楽しそうだ。
そんな彼女に手招きされた二名も、どうやらお嬢様のいう『いいこと』に参加できるらしい。
こちらも浮き足立っているようだ。声が弾んでいる。
””ディーナ!!何だなんだ?いい事とはなんだ?””
””――いいこと何だ?ディー!!””
孔雀たちも仲間はずれが嫌らしく、我にも我にも!とはやし立てている――。
(届きませんか、やはり!)
タバサはそんな楽しそうな集まりを、ただ、ぽつねんと眺めるしかない。自分はまぁこの館で本当に部外者だから、わかる。わかるとして・・・問題は、この――。
(力不足で申し訳ないです・・・)
タバサはちらりと傍らに立つ、この背の高い青年を盗み見た。横に立っている気配だけで、彼が渋面なのが窺える。
それを確かめるべく、そして同じ『仲間ハズレ』同士慰めあうべく。視線を送ってみた次第である。
「あ・・・の〜・・・」
「・・・・・・また、この人たちは全く。すみません、タバサ嬢。少し付き合ってやってくださいませんか・・・」
――彼のこの館での立ち位置というか。タバサは同情に近い気持ちを抱きながら、役割を理解できた気がした。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
「は、はい?」
――あの、仰っている意味がよくわかりません・・・が。
そう言葉を続けるよりも早く、それぞれが『作戦』なるものを発表する。
「だからね。タバサちゃんの身柄は、このジャスリート家が預かりました」
そう――やたら厳かに、ルゼ婦人が告げた。
その調子がオオカミさんに『君を春の乙女候補にするから』と言われた時と、まるっきり同じ調子なのには・・・参った。
要はタバサの都合及び意見は、はなっから却下の構え。
「・・・は?ハイ?あの?」
「さて。それで攫われた『姫君』というのものは、『塔』に囚われるのが古今東西の定石!――ねぇ?」
「え?そうなのですか?私そもそも、お姫様じゃありませんよ?ただの街娘・・・」
「はいはい、姫〜行きますよ!ついていらっしゃい。フィルガ。そろそろ暗くなってきたから、灯かりを持って来て先導なさい」
「・・・・・・おばあ様」
””何だ。せっかく仲間に入れてやろうというのに。乗りの悪いヤツだな、フィルガ?””
「やかましい、ダグレス。これは何の悪ふざけだ!」
””お?我を咎めるのか。それは筋違いというもの。文句があるなら、嬢様に訊いて見ろ””
――訊ける物ならな!!そうダグレスはあざ笑うかのように、勝ち誇っている。
どうやらこの場で、ディーナお嬢様に敵う御仁はいないらしい・・・というのが、タバサにもわかった。
「オマエが!元はといえば・・・オマエがっ・・・・・・!!」
――こんな厄介ごとを連れてくるからだろう!
おそらくタバサの手前、その言葉は飲み込まれたのだろう。タバサはそう推測して、申し訳なく思った。
「さ、タバサちゃん。行こう」
取り囲まれて、ただ状況に右往左往しているタバサの手を、優しい感触がすくった。
ディーナ嬢だ。それに次いで、ルゼ婦人からも右手を取られた。
「・・・ど、どこ、どこへですかっ!?」
「「 ”” 塔 ””」」
いつの間にやら結成されていた『紅孔雀ひきいる誘拐団』。
その一味に包囲されるかのように、タバサは手を引かれながら進む。
左手の首謀は、赤い髪の美少女と来た。
右手の参謀は、品の良さそうな老婦人。
実行犯に、漆黒の獣と二羽の孔雀を引き連れて。
――共犯者には、参謀殿の孫。明らかに脅されて、巻き添え食って『やらされてます感』たっぷりであります。
攫われたのは『春の乙女』候補、タバサ。
要求は『神殿の護衛団』隊長、ロウニア家のオオカミに科される。・・・らしい。
「あの、ですね・・・?オオカミさんを、ど・ど・どうするおつもりなのでしょうか?」
「んんん――と、脅す?二度と姫に近付くな!ってね」
とは、参謀殿。
””それでは、我らが蹴散らしてやろうかな。力ずくで””
とは、実行犯たち。
「待って!待って下さい、オオカミさんは強引ですが、別に悪いオオカミさんではありません!多分私を心配してここまで・・・」
タバサはせめてもの抵抗として、立ち止まろうと歩みを止めた。
それでも両手を引かれているため、やむなく引きずられるように歩くしかなくなる。
「心配?そうなの?タバサちゃんを泣かせたくせに?そんな悪いオオカミは、ダグレスに任せてやっつけてもらえば、いいじゃない?」
――やわらかな口調でさらり告げると、首謀の美少女は笑った。
「な、何を言い出すんですか!!そんなの、ダメですよ」
「だって。タバサちゃん、泣いていたのでしょう?――嫌なのに無理やり『春の乙女』とされてしまいそうで。そんな風に困らせる、彼が嫌だったのでしょう?」
「は、はい。まぁ、そうですが」
「だったら、いいじゃない」
くすくす。ころころと小さな鈴を転がした時みたいに、お嬢様は歌うように続ける。
「――タバサちゃんが、彼がどうなるかだなんて。・・・気に掛ける必用なんてあるの?」
★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★
・・・・・・・・・・・・。
―― オ、オオカミさんっ!!
タバサよ。なぜ、他人の事には察しがいいんだ。
ディーナ嬢も。
お互い気づかないのは、なぜでしょう?
がんばれ、オトコノコ達!!