★レシピ★ * 1 * 出張店〜営業中〜
張り切ってやって来ました。
今日も稼ぐぞ〜!
だけじゃ、なくて・・・・・・。
いいか。二人とも。うちは由緒正しい老舗のキャンディー屋なんだ。
よっく、覚えておくんだぞ!
――え。そうなんだ。今、初めて知ったよ。だってうちの売れ筋は、ほとんど焼き菓子が占めてるのに?
何だと〜!じゃあ何のために「キャンディー・ストア」と、名乗っていると思ってたんだよ!二人とも!
・・・・・・ただの『通称』とか『店名』?――ねえ、改名しようよ。まぎらわしいから。
★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★
ここはサンザス国のウルフィード地区。――ジャスリート公爵家の管轄地帯。
だがそれも、この神殿前広場は少し勝手が違うようだ。
流石に神殿の眼の前とあっては、管理するのは『神殿の祭司さま方』となっている・・・らしい。そう父からは聞いている。
サンザスの国は平和だ。平和だが色々と複雑なのだ。
なにせ国を治める国王様に、市民から絶大な信頼を寄せられている巫女王さま。
それに抜群の政治への影響力と財産を誇る、爵位ある家のご領主様方。
そういった面々が、凌ぎを削りあって成り立つ国がサンザス。
これではいつ権力争いになるものやらと、気を揉む声があるのもまた確かなのだ。
ここ神殿まえ広場は市民にも広く開放されており、いつも人で賑わっている。
神殿に祈りをささげる前に、お供えにする花や品物を求める人たち。それだけではなく日々の生活に欠かせない、食料やら日用品を扱う商人達もここに集っている。
タバサ達も、その商人のうちの一人という事になるのだろう。ここで子供の頃からずっと、売り子をしてきたのだから。
そうは言ってもここの担当はずっとララサに任せてきたから、こうして来るのは久しぶりだった。
買い物もついでにと、ララサが済ませてくれていた。だからといって、こうも自然と足が遠のいていたとは。自分でも驚く。
――神殿に近づいている。それにともなって、すれ違う人も増えてきた。雑踏に紛れて、タバサは自分の足元に落ちる影を見つめながら進む。
(・・・・・・何があったんだろう。あのコ。ちょっと前までは、別に変わった様子もなく楽しそうに仕事に出向いてたよねえ?)
いやいや。本当はずいぶん前から、何かあったのかもしれない。
ララサなりに対処しようとがんばって、それでもダメだと判断した――。
だからこうして、タバサを頼ったのだけは分る。そもそもララサは、以外に根性があるのだ。
すぐさまタバサに頼って、面倒ごとを押し付けたりするような姉ではない。
(言ってくれればいいのにさあ、もう!一人で抱え込んだりしないでよ)
タバサの怒りの原因のひとつはそこだった。何でも相談に乗って、乗られて。その繰り返しで今日まで来た。それなのに。
タバサは広場の入り口にたどり着いてから、一旦立ち止まった。見上げた先には、神殿の正門が眼に飛び込んでくる。
さらに高く見上げる、その先――。丸くせり出した天井に据え置かれた玉石が、今日も眩しく輝きを放っていた。
タバサは神殿の象徴ともいえるそれを見上げながら、心の中で誓った。
(――おのれ〜〜!絶対に!ララサにちょっかい出してるヤツめ、許さん!)
タバサは力強く、売り物の入った籠を握り締めた。そうだ。怒りの元となっているであろう、『誰か』に直接文句を言ってやらねば。
そう決心が固まったところで、いざ広場へと踏み込んだ――。
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そして迷わず、広場中央の噴水を目指した。そこから少しだけ離れた、神聖獣の像の真下が商い場所なのだ。
神殿と商工会の許可も、ちゃんと取ってある。許可証も発行してもらっている。
屋根こそないが、れっきとした『キャンディー・ストア出張店』である。
(い、よっし!)
自分に気合を入れると、タバサは行き交う人ごみに向かって声を張り上げた。
「――お菓子とキャンディーはいかがですか!神殿へのお供え用に、飾り細工のキャンディーもご用意致しておりますよ」
ここでにっこりと笑いながら、父ご自慢のあめ細工をバスケットから取り出した。そのまま、高く掲げる。
「春の花々をかたどった、色とりどりのキャンディーはいかがですか!」
タバサは自分の微笑が、何にも勝る商売道具と心得ている。
それは父親から叩き込まれたのはもちろんの事、経験からも学んできた事だ。
辛気臭い顔のままでは、売れるものも売れなくなる。父のせっかくこしらえてくれた菓子を、腐らせたくはない。
目標は『毎日売り切れ・ごめんなさい』だ。
一人の年配のご婦人と目が合った。タバサはより一層、笑顔を送る。
「いかがですか?」
タバサの笑顔に釣られてだろうか。あまり愛想の良いものとは言えない婦人の顔も、わずかばかりほころんでいるようだ。
「そうねえ。他には何があるのかしら?」
「はい。香草と薬草をほどよくブレンドした、焼き菓子もございますよ。良かったら、こちらご試食下さい――」
タバサは慣れた手順で、淀みなく他の客たちにも試食品を配り始めた。今日のは、ドライハーブを一緒に
焼きこんだクッキー。
シンプルな分、職人である父の腕が問われる一品だ。そしてそれは、父の得意な一品でもある。
さっくりとした歯ざわりが心地よく、いくらでもほお張りたくなる。しかも身体にも優しい、ドライ・ハーブ入りだ。
皆がおいしそうにほおばる様子を、タバサはニコニコと嬉しそうに見守る。
「うん、おいしいわね。これならお供え用にしても、恥ずかしくないわ。ひとつ、いえ、二袋いただくわ」
「ありがとうございます!こちらは、500ロートになります」
一番最初の老婦人が、買ってくれた。それと同時に、人だかりが出来始める。
おこぼれ目当ての小鳥たちも、舞い降り始めた。
タバサはせっせと客の要望に、次々と忙しく応えて行く――。
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そんな風に――にわかに活気付いた、神聖獣の像の周り。それを黒ずくめの男たちが数人、見守っていた。
「何か。今日の嬢ちゃん、いつもと違いますね。キレがいい、というか」
「うん。いつものララサさんとは、勢いが違いますね」
「・・・・・・。」
「――あんな風に、ちゃんと笑えるんだね。ララサちゃん」
「・・・・・・。」
「と、言うよりも。俺達だから、あんな風に笑えないのかもな。・・・って、さっきから黙り込んでどうしたのさ?副隊長〜しっかり!」
「・・・・・・。」
全員いっせいに、副隊長を見た。そして交互に、菓子売りの少女を見た。
そんなタバサはといえば――。商いに夢中で、男達の視線にはまだ気がついていない。
タバサ、商人です。れっきとした。
プロですから、扱う商品には自信と誇りを持ってますよ。
そんなタバサを見守る、黒ずくめの集団。
タバサ、すっかり商いモードで気がついてもいません