★レシピ★ * 18 * 小雀と紅い孔雀
すずめもくじゃくも『雀』の字が入るのが、お気に入りです。
どちらもそれぞれ、かわいいものです。
――・・・ちびの分際で生意気な
なまいき?タバサ、なまいき?
――そうだ。オマエは私を愛玩動物のように、扱ったからな
こうやって、かわいい、かわいいするのは、なまいき?
――そうだ。ちびっ娘め。今すぐ改めぬのならば、荒野にでも置き去りにしてやろうかな。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
これは――。まずい。お怒りだ。この『古神獣』様はお目にかかるのも、位の高い方でもないときっと許せないのだ。
タバサは慌てた。この事態は何事かとも思う。
オオカミさんと『ダグレス』なる、この黒い獣が顔知りそうなのもそうだが、向けられた感情の方に戸惑う。
タバサの体は固まってしまい、呼吸する事すら上手くいかない。意識が遠のく気がして、浅く早い息継ぎを繰り返す。
「嬢ちゃん、大丈夫だから。しっかりな・・・?」
チェイズの腕は緩むことは無かったが、下ろしてもらえたので足は着いた。そのまま、庇うように彼は一歩下がる。
代わりにすかさず一歩を踏み出したのは、ウォレーンだった。何となく、以外だったので思わず彼を見上げてしまった。
そんなタバサの心中を察したのだろう。ウォレーンは少し呆れたような顔で、ぼそりと呟いた。
「・・・当たり前だろ」
何が――。そう切り返す間もなく、その背に庇われてしまった。
低く唸り声を上げ牙を覗かせているであろう、艶めく闇色の毛並。
それと並んで、剣の柄に手を掛けている黒装束の後ろ姿。
そして彼らという砦など眼中に無いといった様子の、紅黒い眼がタバサを一直線に捕らえている。
彼もまた黒をまとっているのは、間違いが無い。それなのに、なんて。・・・・・・なんて暗くて深い。底が見えない。
それでいて何と、強烈に焼け付けてくれるのか。目を逸らしたいのに、逸らす事が出来ない。
飲み込まれてしまうかのようなのは、きっと魅了されてしまっているせいだろう。
(だって。飲まれてもいいと思ってしまうもの。きれい、すぎて。危険だね、この思考、振り切らなきゃ・・・・・・!)
タバサはぎゅっと目を瞑って、頭を振った。瞳を閉じていてさえも、目の裏に浮かぶのはダグレスの紅黒い瞳だったが。
「私。本当にただの『小娘』でしかないのは、確かです。――それでも。何かの間違いでアナタ様を不愉快にさせてしまったのならば、謝ります。本当に・・・ごめんなさい。私になど呼びつけられてさぞかし心外だった事ですよね。お忙しいところ、本当に・・・ごめ・・・なさ、い・・・」
ここにいる誰もが彼――ダグレスには敵わない。これは確信。――オオカミさんですら、例外なく。
それなのに、ここにいる三名は獣に立ち向かう気でいる。到底、敵う相手でないという事は――百も承知だと思う。
タバサがひししと感じるのは、桁外れの存在感の強さだ。
獣の体躯の見事さもさることながら、まとう空気から何からが違う。
圧される、のだ。彼の眼差し一つ喰らっただけでこのザマだ。術者でもないタバサが分ることが、この三名が分らない訳が無かろうに。
ソレなのに、タバサを庇っている。冗談じゃない。敵意向けられるのは、自分一人で充分だ。
何せ、小娘の分際で獣サマを『呼びつけて』、ゴキゲンを損ねるようなマネをしたのはタバサなのだから。
だからタバサは素直に詫びたのだ。
そんなタバサの態度に気を良くしたのか、わずかにダグレスの首が持ち上がった。タバサを捕らえて離さなかった、角の切っ先も外される。
””ほほう小娘。己を弁えているな。なかなかいい。それならこの無作法も大目に見てやろうという気にもなるな””
【ダグレス!!貴様、何様のつもりだ!】
””ふん、若造が。黙っておればかわいげもあるだろうに。オマエもこの娘を見習うがいいさ””
(そうです!!オオカミさん・・・隊長殿は黙っていて下さいぃ!鎮まるものも鎮まりませんから!!)
そんな気持ちを前面に押し出して、眼差しですがる。必死も必死。一瞬人差し指を立てて、唇に当てて見せた。
(本当に空気読んでくださいねぇー!!こういう相手はですね、謝って謝って謝り倒すのが一番なんですよ!戦っちゃダメ!)
「ごめんなさい!重ね重ねのご無礼お許し下さい、ダグレス様!」
タバサは叫ぶように謝罪した。出来ればオオカミさんにもそうしていただきたい所だが、まず・・・無理そうだからタバサが代わりに。
気づけばその様子を、紅い眼が窺っていた。いくらか興味を覚えたらしい、獣は尋ねた。
””どうした娘よ。何を泣いていた?この無礼者どもに何かされたか?””
「私。嫌で。逃げたくて。でも、放してくれないから。誰でもいいから、助けてって。思っちゃったの。そうしたら、あなたが来てくれたの。でも、ご迷惑でしたね。ごめんなさい。私のことは構わず行って下さい」
””・・・・・・ふん。小娘に言われるまでもない。――しかし、小娘。名は何と言う?””
タバサはダグレスの瞳から幾らか、敵意が薄れたのを感じ取って、胸を撫で下ろしていた。どうやらお怒りからは免れたようだ。
獣は悠然と背を向けてくれたから、行ってしまうのだろうと。一息ついて、その背に答える。
「タバサです。タバサ・フォリウム――」
””ふん””
ダグレスは向けたと思った背を、くるりと反転させるとそのまま一息に・・・跳びかかって来ていた。男二人の『砦』を軽く跳び越して。
【タバサ!】
「チェイズ、よけろ!」
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””そうか。タバサ・・・我を呼びつけるだけでは飽き足らず、このダグレスの名を呼んだな””
(・・・・・・え?)
『 呼 ん だ な 』
よくも。
身の程知らずめ。
そう言われた気がした。タバサが先ほど獣の呼んだのは間違いない。だからタバサは認めるしかない。
タバサが首を縦に振ったのを、ダグレスは見届けたのだろうか。
気がつけば、タバサの視界は闇で占められていた――。
・。・★・。・☆・。・★・。・
””身の程知らずな行いの代償。その身で支払って貰うぞ””
そう闇に包まれながら、囁かれたのだけは覚えている。それだけだ。
後はどのような状況でこうやって、こうして、こんな・・・こんな豪華な造りの部屋にへたり込こんでいるのかが・・・分らない。
こうして座り込む床の敷物は、ゆったりと体が沈むほどのふかふか加減が心地よい。細かく孔雀の羽根を模して、デザインされた敷物だ。
尾を広げた孔雀に迎えられているかのような、そんな気分にしてくれるようだ。
・・・こういうのは、寝台の上にこそ相応しいのではないでしょうか。と、思わず言いたくはなるが。
あまりに繊細でキレイだから、踏みつけるのがもったいない気がする。
タバサは無意識のまま、その敷物を撫でて感触を楽しむ。
暗くなりかけた室内は薄明るく、まだ蝋燭に火を灯さずともぼんやりと浮かび上がって見える。
それは多分――柔らかい純白の布地を、ふんだんに用いているせいだろうか。
寝台の天井から吊るし垂れ下げられたものも、窓を覆うカーテンも、こうして背を預けるようにと手渡されたクッションも。
タバサにはおおよそ、これから先も縁の無さそうな豪奢な室内に圧迫感を覚えてしまう。
(えーえー・・・と?えぇ〜〜っと、ですね?ここは一体、どこでしょう?そしてこの・・・)
タバサは室内を一通り見渡してから、クッションを手渡してくれた――少女の方を見た。恐るおそる、遠慮がちに。
少女・・・といってもタバサよりは、少しばかり大人びて見えた。体の造りは恐ろしいくらい華奢で、自分の方が発育がいい。
それでも澄み切った空色の瞳で、まっすぐにタバサを見つめてくる落ち着いた様や、形の良い唇を持ち上げている様やらが・・・タバサの胸をドギマギさせるのだ。
何と言うか・・・色っぽい。女の魅力とでも言うのか。それが体中から発せられている。そんな雰囲気が、同性から見ても魅力的に思えた。
彼女はタバサを見つめながら、小首を傾げた。さらりと長い赤毛が、一緒に流れる。
全体がゆうるりと波打った髪は、少女の鮮烈な赤という印象を和らげて見せているようだ。
「・・・・・・」
無言でぱちぱちとせわしなく瞬きを繰り返しては、タバサを見つめる少女の瞳の睫毛は豊かで、目尻が下がって見える。
ますます彼女の温和さが、にじみ出ているかのようだ。まるで。そう、まるで。砂糖でこしらえあげた、菓子人形のようではないか。
(・・・うわぁ。かわいい。この人、かわいいなぁ・・・キレイだし)
タバサが思わず見惚れて、言葉を発せずにいると少女が口を開いた。
「ねぇ、アナタ?名前は何て?どこから来たの?」
――声までがかわいい。透明で。それでいて、少し鼻にかかる調子が甘ったるくて、くすぐったい。
「え、と。タバサです。タバサ・フォリウムです。えとですね、神殿前広場にいたのですが・・・・・・」
「そう。私はね――」
少女が自分を指差しながら、何か言いかけた。その時。
慌てたように扉がノックされたかと思うと、返事も待たずに扉が開けられた。
「ディーナさん、入りますよ!こちらに侵入者の気配があると報告が・・・・・・!!」
乱暴に開け放たれた扉の方に注目すると、青年がタバサを見るなり固まったのが分った。
「――!?」
そんな様子を気にも留めず、ディーナと呼ばれた少女は答えた。
「フィルガ殿。かわいらしい女の子が遊びに来てくれたんです!ねぇ?」
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
にこにこと無邪気に言い放つ、この浮世離れした美少女は一体・・・・・・。
そして。そんな少女二人を沈痛な面持ちで見下ろす、この青年は一体。
タバサは青ざめて見上げるしかなかった。
「ダグレス。――返してきなさい!」
フィルガと呼ばわれた青年が、獣の名を部屋の隅に向かって叫んだ。ダグレスは闇の中から、ゆったりと姿を現す。
””断る””
――ふ。そんな・・・蔑みが込められてますよね?ソレ。その、鼻息。少なくともタバサにはそう取れた。
タバサは気高い獣と、こちらも負けずにどこかしら(いや、もう、存在まるごと全部か)がレベルの高そうな御方とのやり取りを見守る。
「ダグレス!このジャスリート家に誘拐犯の汚名を着せる気か?」
””そうか。そうなるのか。それはいい。オマエが被ればいい気味だな。くっくっく・・・それは愉快。ではありませんか、嬢様?””
「ダグレス〜も〜ぅ、イジワルしないの」
””冗談ですよ、ディーナ嬢さま。この者は小娘の分際で我を呼び出しましたからね。嬢様のお目に掛けて差し上げたかったのです。どうです?この小娘を目くらましに使えば小うるさい獣らの目を、嬢様から逸らせるやもしれませぬよ””
「ダグレス!いい加減にしろ」
青年の言う言葉などには、聞く耳持たず。そんな意志が感じられる黒い獣は、淡々と続ける。
””――このような小すずめ。『紅孔雀』の嬢様の身代わりが務まるとも思えませぬがね。少しは退屈も凌げましょうよ””
・。・★・。・☆・。・★・。・
(獣から目を逸らすための、おとり?退屈しのぎ?それこそ、冗談だって仰ってくださいませですよ!ダグレスさま!!)
得意げに胸を反らせている黒い獣に、タバサはかける言葉を失ってしまった。
なんて。なんって!!タバサの意志及び存在価値など、まるっきり無視しまくったお心。その発言、発想は何なのですか。
いや。もう、獣さまにそんな事を求める自体がどうかしているのか。まぁ、そんなところだろう。
タバサは泣けるのを通り越して、笑えてきた。
(ごめん。ララサ。父さん。今日中には・・・帰れそうに無いかも・・・・・・)
そう思い当たったら、やっぱり泣けてきた。
ダグレスは、男には一際冷たいです。
『嬢様』以外は、どうでもいい。
ディーナ・赤い髪の少女。天然。
フィルガ・ジャスリートの苦労は・・・次回以降も続く。
(エンドレス。)