★レシピ★ * 17 * 呼び出されて不機嫌な獣
しつこいよ〜も〜!!そんな、タバサ。
――人の子か。何用だ・・・
え?
――オマエがオレを呼び出したのだろう。
呼び、出す?
――・・・オマエ。
ねぇ、アナタ。きれい、だね。かわいい、ねぇ。
―― ・・・・・・・ 。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
(・・・・・・わーぁ・・・どうしよう?)
タバサは乾いたような笑いを、忍ばせ切れずに漏らす。
「ははは・・・はぁぁぁぁぁ〜・・・。」
後半はホトンどため息で成り立っていますよ、な脱力したもの。
「そりゃないぜ?嬢ちゃ―ん?軽く傷つくぜぇ」
相変らず人の良さそうな笑顔でいらっしゃる。そんなチェイズの人懐こい調子も、今のタバサには癪に障る。
チェイズ。――チェイズ・ロットだ、確か。ロット・・・ロット。その家名にひっかかる所はなかった。
良しきたとばかりに、タバサは取るべき態度を決めた。
「――じゃま。」
「!?」
「ど!け!て!」
「うっわ!嬢ちゃん?どうしたよ!」
「うるさいっ」
どけないならどいてもらうまで。そんな意志を込めて、タバサはバスケットを振り回す。
「わわわ!嬢ちゃん、落ち着こうや〜?」
ロウニア家の兄弟は無視することに決めたタバサは、チェイズだけを狙って行く。たいした威力などないのは解っている。
それでもほんの少しでも怯んでいただければそれでよい。その隙を突いて逃げるから。
そのために『女・子供』に、甘そうなこちらを狙っているのだ。
「嬢ちゃ〜ん、いい子だから!落ち着けって!」
「悪い子で結構です!」
――ブンっと一際大きくかぶりを振った・・・よし!!行ける!!――タバサはそうと確信した。
見事チェイズの視界を塞いだ、と思えたその時。
「――・・・放しなさいよ」
「断る」
タバサの振り上げたバスケットは、ロウニアの若者の手のひらに捉えられていた――。
そのままウォレーンとタバサは睨み合った。お互い一言もなく無言のままだ。
タバサはバスケットをその手のひらに、ぐぐっと押し上げるべく力を込めている。対してウォレーンの方は難無く受け止め、びくともしない。しかも片手で、だ。
「〜〜〜〜〜〜!!」
「・・・・・・諦めろ」
「やだやだ帰る!!放して!〜〜〜そこどきなさいよ!」
【・・・チェイズ】
背後からオオカミさんこと隊長殿の一声に、名を呼ばれた青年が頷いたのを見た。タバサがそれに気がつき、バスケットから目を移したがもう遅かった。
ふわりと身体が浮く。足裏が何も感じておらず、後ろから抱え上げられているのを恨めしく思った。
腰に巻きつくがっしりとした力強い腕が、タバサを捉えているのだ。またしても『拘束』されたらしい。
隊長殿のご命令で。タバサは抱え上げられながら、オオカミさんを見下ろした。
「下ろしてよ!!」
「嬢ちゃん、あんまり暴れない、暴れない〜?な〜?」
そう背後からあやされて、むかつくから大いに手足をバタつかせた。
「わ、嬢ちゃん。あんまり暴れると、変なところ触っちまうから〜な〜?大人しく・・・」
「〜やだやだ!下ろしてっ、帰るの!!帰るの・・・っ・・・!!」
なおも引き下がらず、強情を張る。逃れようと両手を突っ張り、足をバタつかるのを止めない。
そう抗えば抗うほどチェイズの回された腕は、より深くタバサに食い込むかのようだった。
その事に焦りを覚えたタバサの抵抗は治まるどころか、ますます勢いを増した。
体の奥深くから湧き上がってくる焦燥感は、なだめ様がないのだ。イヤだ。どうしたって逃れたい。
そんな思いに支配されて、タバサは頭を打ち振る。
「嬢ちゃん、暴れるだけ無駄だから、ここはひとつ〜大人しぃ―く・してなって・・・・・・」
「――やだ」
気がつけば、タバサの視界はぼやけていた。力強かった拒絶の声も低く、くぐもって鼻にかかり始める。
「え?」
「・・・・・・やだ!もう、やだ!帰る。帰るの!助けて、ルカにぃ、タリムぅ、・・・ララサぁ・・・っ・く・・ぅえっ」
タバサがいやいやと頭を左右に打ち振ると、雫が飛び散った。
それでやっとタバサは自覚した。自分が不覚にも泣き出してしまった事を。
(悔しい悔しい悔しい・・・イヤだって言ってるのに。イヤだって!でも誰も聞く耳なんて、持っちゃくれない。私がただの・・・『街娘』なのはわかるけど。取るに足らない存在なのはわかるけど!だからって、この扱いは悔しすぎる!!〜〜〜自分の無力さが悔しい!だからって泣いたりして、恥ずかしいっ・・・)
タバサは泣き顔晒すまいと、必死で涙を拭う。だが、雫は止めようもなかった。
次々と溢れては零れ落ち、受け止めきれない分が床石にシミを造る。
「「【!!】」」 ――・・・泣かせた。
その事態に男三名はその場に固まる。
(――チェイズ。貴様が・・・変な事言いながら、抱き上げるから・・・・・・)
(ちょ、ちょっと、待てぃ!!――俺か?俺のせいというのか?おめーだって、同罪だろう!!ぁああぁ〜隊長〜・・・もとはといえば隊長が!強引なやり方するから!嬢ちゃん泣いちまったっすよ?)
(・・・兄上)
もとはと言えば、アナタが。若者二人はそんな視線をオオカミに投げかけた。だが、何の反応も示されない。
その場で一番動揺しているのは、彼かもしれない。
(【・・・・・・】)
――そんな目線だけの会話が交わされる。お互いが気まずさと後味の悪さに、顔を見合わせるばかりで。
そんな黒い集団が壁のように立ち尽くしている、祭壇の出入り口。
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「うえっ、・・・っく・・・ぇっ、ぅく・・・も、かえる・・・の」
下ろして。
タバサは腕から逃れようと、もう一度力を込めてみる。
「嬢ちゃん、ごめん。ごめんな?泣かない、泣かないでくれ・な〜?悪いようにはしないから、もうちょっとの辛抱な〜?ですよね、隊長!?ウォレーン!オマエも何とか言え!説明しろ。嬢ちゃんの誤解を解け!」
そんな弱弱しい抵抗に、チェイズの男としての罪悪感はいくらか痛むようだ。あやすような口調に、芯から焦るような調子も加わって――自分が本当に幼児に違いない気さえしてくる。
自分に泣き止んでほしいのなら、その腕をさっさと弛めてくれればハナシは早いのだが。
そんな事彼らだって、わかっているだろう。
だが逃がしてくれる気は無いらしく、こうして抱え上げられたままだ。
(――もう、やだ。助けて・・・誰か!この際、誰でもいいから。誰か誰か誰か!!)
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―― だ れ か 。
それは強い光にも似た輝き。思わず、その光り放つ者に見えんと興味を抱かせるほどの――光。
放たれた光を辿れば、その者へと導く道筋となる。
””・・・・・・何者ぞ。我を呼ぶのは?・・・小賢しい””
(””あの御方以外で、この我を呼ぶとは――よほど・・・身の程を知らぬようだ””)
闇の中で紅い眼が開かれた。闇の中でそれは確かに意思を持つ。僅かに感知した光の方角に、眼差しが合わされる。
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「な、何・・・なんか・・・!?」
【来る!!】
「――来るぞ!」
「あ〜やばいなぁ・・・」
――タバサに次いでウォレスが、ウォレーンが、チェイズが。
異変を感じ取った者順に、声を上げていた。そして四名が視線を送る先もまた、ひとつ。
全員が女神像の前に注目する。その確かに息使いの感じられる、霧状の闇の塊を。
闇が集い始める。その様を息を詰めて、見守る。
そしてそれはゆるりと距離を縮めながら、徐々に形を取り出す。霧状であった闇は色濃く、確かな重みを持ち始めた。
すべる様に移動するさまだった闇から蹄が現れて・・・こつ、こつ、と。確かな足音を響かせる。
蹄持つ四つ足の獣は、頭を左右に打ち振る。そうして交互に紅い眼にタバサたちを映しているようだ。
彼の頭に生えた一角はその度に揺れて、異常に闇の中に浮いて見える。
そんな頭にいただく、枝分かれした一角の先端が向けられた――先は。
【ダグレス!】
””ふん。――ロウニアの若造か””
【貴様は裏切ったと聞く。神殿を、総団長・・・ギルムード殿を】
””裏切った?違うな。『聖句を振り切った』のだ。言葉は過たず用いよ、ロウニアのウォレスよ?我は主を選ぶ権利がある””
【――して、何用だ!!ダグレス。神殿の枷を外したオマエが!?】
””何。我を呼び起こす声が聞こえたからな。どれほどの術者かと、興味を覚えたまで・・・””
闇色の獣は首を低く構えて、睨み上げるように全員を見渡す。明らかに穏やかとは形容し難い雰囲気をまとい、同時に辺りに撒き散らしながら。
ダグレス――。そう呼ばれた、獣の歩みは止まった。その距離は僅か、十歩・・・あまり。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
「――・・・・・・」
なんて。なんて、きれい。こんなにうつくしい獣、初めて見た。
タバサは心を奪われ、全ての抵抗を忘れて見惚れた。
先程まで賛美して止まなかった、傍らのオオカミの存在は――消し飛ぶほど。その威力に平伏しかねない勢いで、食い入るように見つめる。
「・・・・・・きれい・・・」
「――なんてこった!嬢ちゃん・・・獣を呼び出しちまったか!」
「チェイズ!」
思わずチェイズが漏らした呟きを咎めるかのように、ウォレーンが叫んだ。
しかし――。それも今一歩遅かったようだ。『獣』はそれを、聞き逃さなかったらしい。
酷く挑戦的な様子で顎をしゃくり上げると、斜めから見下ろす。まずはチェイズを。そして次いでウォレーンを。
それから最後にタバサを見据えた。
””呼び出した、だと?この我をか?――我がこんな小娘に・・・呼び出されただと?””
【ダグレス!!】
同じく闇色のオオカミは、獣の視線からタバサを庇うように立ち塞がる。
””おもしろい。こんなちっぽけな、取るに足らない娘が?我を呼び出した、だと。・・・だとしたら、どうしてくれようか””
「・・・・・・!!」
タバサは身の危険を感じた。今獣から向けられているのは、鋭利な刃と等しいもの。
初めてだ。こんな・・・明確な己を害してやろうという意志向けられたのは。
今まで・・・例えばどこかのオオカミの『弟』などから向けられたものは、取るに足らない可愛い物だったのだと思えるほど。
だがこれは違う。――『殺意』。そう呼ぶのが相応しかろう。
タバサの全ての動きを封じ、痺れ上げさせるコレは。
今、彼の獣の一角の先が捉えるのは。
(――わたし、だ・・・・・・)
その疑いようの無い事実に、タバサは息をのむ。
コミカルなのに、やや緊迫しちゃったのは『ダグレス』のせいです。
ええ。きっと。