★レシピ★ * 16 * 彼の名前は後に呪文
引き続き オオカミ VS 菓子売り子
――もう一度、言うぞ?
うん。
――俺の名前は ” ・・・・ ・・・・ ” だ。
・・・・・・う?ぅ??
――人に名前尋ねておいて何なんだ?タバサ!聞き取れないのか?発音できないのか?
どっちも。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★ 〜 ・。☆・
ウ ォ レ ス 。
その名前は後からじんわり、タバサを侵食する事となる――。
今はまだ種を植え付けられただけ。その事に気がついてもいないあり様。
浸透するのを拒む『何か』がある。
しいて言えばそれは・・・即効性は無いが、ゆるやかにこの身を支配する呪文ようなもの。確実なまでに。
――・・・『――』に至らしめるものと、タバサが知ることになるまで・・・後もう少し。
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「今更ですが。――ロウニア家の若様が、ただの街娘に何用でしょう?」
【タバサ。何で怒るの?】
「別に。怒ってなんていませんよ。ただ、からかうのもいい加減にして欲しいな〜って思ってますけど〜?」
【それは怒ってるよね】
「いいえ〜ぇ?」
ぜーーん・ぜんっ!とタバサは付け加えた。それがまた小憎らしくて・・・可愛らしい。そう感じてしまうあたりで、ウォレスはだいぶやられていると思う。
【・・・・・・君を春の乙女としたいのは、俺の――仕事だから】
一世一代の、とは付け加えないでおいた。通じない可能性大、だから。
そんな――どこか柄にも無く恥らうような口調を、汲み取ってはもらえなかったようだ。
「はい。それは充分もうわかりました!オオカミさ・・・隊長殿は神殿に仕えるお立場から、祭典に携わるのはのが当然!『乙女』役の選出もその一環でございましょう。ですから、私が言いたいのはですね、」
【からかっているなどと、どうして決め付けるんだ?・・・・・・タバサ】
これ以上彼女の口から、拒絶の含みなど聞かされたくなかった。ウォレス自身が思うよりも低い響きがあったのは、否めない。彼女を責めるような・・・気づけばそんな口調。自分でも押さえが利かなかったことを悟った。
タバサが息を飲んだのが解る。彼女は恐ろしいまでに敏感なのだ。『場の空気を読む』。
それは人の感情をも読み取ってしまう能力。良くも悪くも作用する、巫女としての資質は彼女を商売人として助けている。
接客になくてはならない、そして巫女としても欠かす事のできない資質だ。
そんなタバサのことだ。オオカミの本性を嗅ぎ取った事だろう。
ウォレスの本来ともいえる感情の起伏・・・気が短くて激しやすいという、必死で押さえ込んでる部分に曝してしまった。
だが止められそうも無い。せっかく無害で穏やかで優しい『オオカミさん』として振舞っていたのに、台無しだ。
何がここまで自分を激させるのか。それはタバサが、自分の名を呼ぼうとしないからだ。加えてこの形式ばった、かしこまった口調。
それが余計にあの時と同じ悔しさと苛立たしさを蘇らせる。
そんなものはとっくに克服したと思っていただけに、自分自身にも苛立ちが募る。それは焦りにも似ている――。
「そうとしか思えません、隊長殿。私はただの菓子・・・キャンディー屋の娘です。それと相応しい『乙女候補』がいると考えます。隊長殿がロウニア家とあらせられるのならば、それはなおの事」
思いの他、タバサは強く言い返してきた。挑むような眼差しを崩さず逸らさず、しっかと見据えられてウォレスは唸った。
受けて立つかのように、彼女の眼差しを見つめ返す。彼女もまたその構えだろう。
いい加減、のらくらとかわす作戦もなかなか効果が上がらなくて。それどころかいいように流されかねないと勘付いた、といった所か。
【相応しい?君こそが相応しいと判断した俺の目に狂いがあると侮辱しているのか?なぜだ。それは君自身をも蔑んでると思わないのか】
「なぜそう判断なさるのですか?私は自分を卑下したりするような性分じゃございません。生憎と。それこそ勝手に先走って決め付けてらっしゃいますよね?私はただ人には、分というものがあると思っているだけですっ!」
【さっきから何だ?分とか何とか!そんなもので『春の乙女』を辞退したいというのか?】
「辞退も何も!受け付けてもおりません!!しっかりなさって下さい、隊長殿。ロウニアの出のお家柄ならば、他に相応しい候補者を上げるべきです。かつての『春の乙女』達がどう選ばれてきたのか。私は知っていますよ?」
間違えるな、自分は頷いてもいない!そうも汲み取れる痛烈さを込められた叫びは、徐々に勢いを失って締めくくられる。
睨みつけるような眼差しが、幾分弱まったように眇められた。苦しそうに。
理解に苦しむとでも告げるような、深みのある紫紺の瞳に胸が詰まる。
【俺がロウニアの出だから何だと?俺はただの・・・ウォレスでしかない。俺はウォレスとして君を候補と上げたんだ】
「・・・・・・仰っている意味がわかりません・・・隊長殿」
思いのほか精一杯で、遠慮も無い。互いの主張をしあう声が響き渡る。
そんな様子を女神様に笑われている気のする・・・本人達は泣き出しそうな一歩手前。
儀式を待ちわびるかのように、ひっそりと配された神器たちが見守る――祭壇前。
自分が何故候補に選ばれたのかと、怒り出す娘もまた珍しいだろう。
ウォレスには理解できない。
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それを身に余る光栄とばかりに、私が喜ぶとでもお思いデスか?――ロウニア家の若君よ?
だとしたらそれは、とんでもない思い違いでございましょうよ。
そう――諭してやるべく、はっきり伝え申し上げられたら。・・・どんなに、この胸がすく事だろう。
このもやもやした想いは、遠慮なくモノを言っているようでありながらも、どこかしらまだ『遠慮』が先立つせいだ。
タバサの立場など!この御方を前にしては、霞のようなものだ。脆く儚く霧散してしまう類のもの。
ちぃっ!と鋭く舌打ちそうだった。
(ララサが途方に暮れる訳だよ。・・・まぁあの子が、そう深入りする前に済んだ事。良かったと思おう)
全く持ってぞっとする。このような煩わしさと不安定な身上に、ララサを曝すようなマネをしでかしそうだったのだ。
なぜか無性に腹が立つ。だからタバサは強く出ていた。『金持ちケンカせず』?・・・今はそれも遥か〜に彼方だ。
(一般市民を、商人を何と心得ているんだか!人の都合もかえりみず勝手ばかりを。おのれ〜これだから!ふわふわのツヤピカは)
タバサはそんな『オオカミ』さんに、うっかり懐柔されそうだった自分を恨んだ。それと同じくらいに、彼の素敵な毛並も。
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「私。忙しいのでこれで失礼します」
【タバサ。話はまだ終わっていないよ。逃げる気?】
(聞き捨てなりませんわねぇ?)
今にもそんな声を降らせそうな勢いで、タバサは振り返った。
「・・・・・・私ね”商人”なのです。私を『春の乙女』にするのが隊長殿の『お仕事』だと、先ほど仰いましたよね?」
【そうだけど。少し違う】
「――どのように?」
【君を春の乙女としたい。ただのウォレスとして純粋に】
「重ねて申し上げますが、私ね”商売人”なんです。『仕事』と名のつく話をされれば、ある程度の事は仕方無しと譲歩してしまうタチなんですの」
でもね、とタバサはにっこりと笑った。お得意の、営業用の。その中でも特に、盛大なヤツ・・・を見舞う。
ウォレスが怯むほどの威力がある、極上の笑みはなぜか凄みがあった。
その面影が自分のお仕えしている方のものと、うまい具合に重なるせいもあろうか。
「私ね自分の商いを邪魔されるのが一等、嫌い。ガマンなりませんの。それとね、きちんと『仕事』を遂行されない方もね・・・・・・」
紫の瞳が眇める先にあるのは、狼の光が遊ぶ毛並の先だ。狼を見ているようで、見ちゃいない。
【聞き捨てなら無いね、タバサ?】
「仕事が成り立つのは――それをやり遂げようという者の意志が、必要不可欠なはずです。嫌々引き受けた仕事、分にそぐわない仕事は時にはあるでしょうが・・・『春の祭典』の『乙女』ですよ?そんな皆を祝する大切なお役目を全うするには、巫女の資質とやらの他にも欠けてはならないものがあるでしょうに!」
【それは、何?タバサ。教えてくれる?】
「やる気」
――要はアレだ。タバサにやる気は皆無と・・・言っているのだ。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
【・・・・・・・・・・・・】
言葉を失ったウォレスにさっさと背を向けて、タバサは祭壇通路を走り出していた。しかも全力でだ。
後もう数歩だ。飛び込めば扉の向こうは神殿前広場!恐らく彼のお得意の『結界』も、そこまでとタバサは踏んでいる。
しかも扉はまだ開放されていて、出入り自由の時間帯。
(いよっし!飛びこめば・・・・・・)
「――!?」
それなのに思わず、飛びずさってしまったのは――。見覚えも新しい黒装束の、護衛団の二人。
「よぉ!嬢ちゃん、久しぶり〜?ま〜だ、もうちょっと帰るのは待ってナ〜」
向かって右の扉の影から現れた青年は、人懐っこい笑みを浮べる。それだけではない。くつくつと笑いを堪えるかのように、押し殺してもいる。
またタバサをあやすような口調に、気遣わしげな眼差し。それに加えて、面白いものを見つけた!とでも言いたげな好奇心丸出しの眼差し。
それとは対照的な青年は、左側の扉に寄りかかるようにしてタバサを見下ろしている。
しかも、というか、勿論というか。無言で。
「・・・・・・・。」
――タバサの勢いはそこまでだった。
はいはい、あんた達・・・。ケンカは両成敗ですよ〜?
お互い様の二人。何で人の話し聞かないんだ?の二人。
平行線のまま、次回です。