★レシピ★ * 14 * オオカミさんに送られて
はたから見れば、和やかな光景です。少女とわんこ。
――はたから見れば、のハナシですけど。
――タバサちゃん!
あ、はい〜!毎度どうもです、おかみさん。
――タバサちゃんコレ、良かったら食べとくれ!たまには、おばちゃんのこしらえた菓子もいいだろう?
わぁぁあ、ありがとうございます。いただきます!
――うんうん。こんなこと言ったら・・・悪いけど。その。普段は、タバサちゃんは食が細いのかい?
?いえ、そんな事はないと思いますけど〜むしろ、いっぱい食べる子ですよ?
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
道々歩きながら話すなんていうのは、家が一緒のララサ以外のなかったかもしれない。そういえば。
タバサはふとそう不思議に思った。成り行きとは言え、こうしてオオカミさんに送られて帰ることになろうとは・・・・・・。
タバサは急ぐべく、なるべくたったか・たったかと小走り気味なのだが――。
同じ歩調で合わせてくれているはずのオオカミさんは、ゆったりとした調子に見える。タバサの足は二本だが、彼の足は四本なのだからか。
優美で――見事なまでに逞しい・・・そのしなやかな筋肉には、恐ろしいまでの瞬発力を秘めているに違いない。
(多分、きっと。カミサマのお使いの『神聖獣』に近いのだろうなあ。いいなぁ、オオカミさん。ステキで)
タバサはこっそりと眼差しで、賞賛を送る。そして、はたっと気が付く。――と言う事はアレだ。もしかして、彼の弟も?
(いやいやいやいや。似てない兄弟もいるもんだし。う〜〜〜ん?そういえば。何でオオカミさんはオオカミさん?)
タバサはこんがらがって、自分が何に疑問を感じているのか・・・言葉が追いつかない。
オオカミさんはカミサマのお使いなの?――と、言う事はあの感じの悪い弟も?
でも、弟の方は『人間』だけどオオカミさんの『弟』?
その上、オオカミさんは神殿の『偉い人』の『権限を与えられた者』?
まとまらないままに、素直にナゼ?なに?を口にしてしまっていた。
「あのですね、オオカミさん。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
【どうぞ】
「オオカミさんは、オオカミさんですよねぇ?でも、オオカミさんは『兄上』で『隊長殿』なのですよね。――オオカミ・・・さん、なのに・・・・・・?」
【そうだよ。おかしいかい?獣のくせに弟がいて、隊長やっているなんて】
「いいえ。私、言葉が少なくて、上手に伝えられなくて・・・そういうつもりで訊いたのではありません。不愉快だったらゴメンなさい。ただ、私オオカミさんはとってもキレイで不思議だから、カミサマのお使いの『神聖獣』なのかな?と、思ったのです。違うのですか?」
【違うよ。そんなご大層な獣じゃない、ただの狼だよ。がっかりした?】
タバサはオオカミさんを見つめ下ろしながら、ぶんぶんと首を横に振った。
「そんなことはありません!オオカミさんは、ツヤツヤのふわふわでステキですよ。ずぅ――っと、抱っこしていたいくらいに・・・っと!ゴメンなさい!!」
タバサは大慌てで、謝った。それこそ、全力で。立ち止まると頭も下げて。
(また、とんでもない失礼な事を口走ってしまった!ひぃぃ〜〜すみません!すみません!)
先ほど明かされた彼の立場を考えると、自分の立ち位置の『低さ』をどうしたって見積もってしまう。
別に己を卑下しているのではない。彼は権力者の一人と見た方がいい。それがタバサが先程はじき出した答えだ。
だったら一般人の自分は己の立場をわきまえる。それに限る。こと商人はそうするに限る。
『神殿前広場の護衛団』といえば、神殿直属の優秀な者ぞろいで有名だ。
当然の事ながら訓練を積んだ、実績ある者でなければ在籍は許されない。彼らが街の治安を守ってくれているお蔭で、タバサのような小娘でも一人で商いに出られるのだ。
聞く所によるとそんな当たり前の事がままならない程、治安の悪い場所があるらしい――。
ここサンザスの国と同じ事情ではないらしい、隣国の話を聞くたび胸が軋む。
国王陛下も巫女王様も、そうしてご領主さま方も民人を大事にして下さっているから。商人達も商売に精を出せるのだ。
その手足となるべく配属されているのが、護衛団なのだ。
あの広場で諍いも無く、絡まれることも無く商いをやっていけている。それは大きな事実だ。
(いやぁ?待てよ――そういえば。絡まれてますねぇ、最近。当の護衛団員たちに。ははは・・・まぁ、逆らわないでおこう。うん、それがいい。オトナだから、私。えらい!今日は本当に色々とえらい、私!)
そんなタバサの耳を掠めたのは、オオカミさんの息使いだった。
(アレ?ため息ですか。なんででしょう?)
勢い良く謝りだしたタバサに、オオカミさんはどこか落胆したような声を出した。
【――タバサ。どうしてそんなに謝るんだい?】
視線を戻すとオオカミさんも立ち止まって、タバサを見上げていた。
「?――だって。失礼な事言ってばっかりなんですもの、私。オオカミさんは『隊長殿』でいらっしゃるのに」
【そんな事は無いよ。気にしないで、タバサ。むしろ君なりに、褒めてくれているのだろう?それとも、ただの社交辞令?””ずっと・抱っこしていたい””というのは】
「社交辞令・・・なんかじゃありません。本当にステキだと思います〜・・・」
何ていうか。ちょっと信じられないくらいに、ステキな手触りなのだ。うっとりしてしまう。
(それこそ、何の術ですかぁ!オオカミさぁん!!)
そうなのだ。魅せ付けられたら最後、もう手放し難くなってしまう。そんな魅惑の毛並で、そんなに近付かないでいただきたい。
また、失礼を働いてしまいそうなのだ。タバサは夢うつつで聞いた、ララサの忠告を思い返していた。
(・・・・・・””あんまりオオカミさんにべたべた引っ付かない方がいいよ。””うん。確かに無礼者だよね。嫌われちゃうよね。知り合って間もない人間に、愛玩動物扱いされたくないよね!ララサ、賢いっ!!)
ララサは多分ふわふわしたカワイイ動物大好き!!な、自分の行動を見越してくれていたのだろう。
かわいい!かわいい!と撫で回されて、子猫も子犬もしまいには・・・迷惑がって逃げてしまった。
そんな苦い経験を思い出して、タバサはオオカミさんから一歩離れる。慎重に。
【――タバサ?】
「あ、あの、進みませんか。遅くなっちゃう。それと、お話しあるんですよね。何でしょうか、オオカミさん?」
【ああ・・・。そうだね。いいよ、また明日で。やっぱり、歩きながら話すような事じゃなかった。すまない】
「気になるんですけど。今、言って貰えませんか」
言い出しておきながら、タバサは前に進まないでいた。今、言わせねば。そう判断したからだ。
今、聞き出さねば気になって仕方がない。このままそぞろな気持ちで歩いて、あやふや〜にされては敵わない。
また勝手に話を進められるのも、癪に障る。タバサは今度ばかりは遠慮なく、オオカミさんの瞳を覗き込んだ。
仰ってくださいますよねぇ、い・ま!!――そんな念を込めて、眼差しを送る。
【いや、その。何だ――君が『春の乙女』として祭典を迎える日は、この俺がエスコート役の名乗りを上げても構わないだろうか。『乙女に仕える騎士』役として】
「オオカミさん。あのですねぇ、オオカミさん?私はまだ候補ですよね。乙女役やるって決まってませんよねぇ?――先走りすぎじゃありませんか?」
【イヤかい?】
「・・・・・・そういう風に勝手に先走って、決められるのはイヤです。でも、オオカミさんが騎士役なのはイヤではありません」
【――そう】
「はい」
【わかったよ。じゃあ、行こうか】
「・・・ハイ」
その後――二人は無言で歩いた。タバサは早いところ家に着いて欲しいと、ただ黙々と足を運んだ。
こんな気まずさ満点な帰り道は、初めてだ。だがタバサは伝えた言葉に悔いは無い。
オオカミさんは少々・・・上に立ち人を使う立場にありがちな、強引さがある。
言葉使いがいくら柔らかでも、仕草に洗練された優しさがあっても。タバサは感じ取ってしまう。
(本当に『お偉いさん』なんだなぁ。上から目線なんだね。ま、悪気は無さそうだから、突っぱねられなくもないし・・・いいけど。人の話は、聞きましょうねぇ?おおかみさん)
偉い方だとは認める。だが何でもハイハイと、譲ってやる気などないんですよ――な、タバサだ。
「・・・・・・・。」
【・・・・・・。】
(オオカミさんめ。少しは分って、諦めてくれたかな。)
――日がすっかり傾いて、辺りは闇が包み始めている。
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「・・・・・・ねぇ。オオカミさん。なかなか・・・家に着かないのは、オオカミさんの仕業じゃないですよねぇ?」
【――気のせいじゃないかな、タバサ】
間違いないと、タバサは確信した。はっはっは・・・と、どこか乾いた笑い声に合わせてオオカミさんが答えたので。
「オ〜オ〜カ〜ミ〜さん!!また何なんですかっ、これは!?何をどうしたらいつもと同じ道なんだけど、でも違う空間になるんです?」
【ヒミツ。教えられないな。タバサは神殿に属していないから】
「・・・・・・オオカミさん」
と、いうことはアレだ。コレは【気のせい】では無いという事になるのを認めて、自ら暴露してしまったのだ。
【ばれたか。――すまない、タバサ。さすが私の見込んだ『春の乙女』だ】
「断定しないで下さい!まだ『候補』に上がっただけでしょう、もう。褒めてごまかそうとしないで下さいよ・・・?まぁ、私はただの小娘でしかありませんがね。軽く、傷つきますよ・・・・・・」
【うん、ごめんね。でもちょっと、足腰鍛えておいてもらおうかと思って。君は華奢だから、もっと太った方がいいよ】
「何て軽い謝罪ですか。しかも何だって鍛える必要があるんでしょうか?しかも、太れと?・・・って、まさか〜・・・」
【うん。多分、当たり。祭典の日はかなり体力必要だからね。乙女役は特に体のラインが出る、祭礼用の巫女装束だから。ガンバって?】
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
今からがんばってどうにかなるんだったら、それこそ人間じゃな――――い!!
タバサは声にならない叫びを、ついに振り上げたバスケットに込めた。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
――が、オオカミさんには難なくかわされてしまう。ひらりと優雅に、身を翻すと【また明日ね】と帰って行った。負けた。
(〜〜〜〜〜〜〜〜くっ、くやしいぃぃ〜〜!!)
気がつくと家のまん前に着いていた。と、言う事は。同じ場所をぐるぐる回されていたのかもしれない。
目くらましの幻術だろうか。タバサは術に馴染みは無いが、なるほどあの独特の空間は見破る事が出来るようだ。
(今度から気をつけよう。・・・・・・鍛えよう!!悔しいから。今に見てろよ〜オオカミさんめぇ)
「――タバサちゃん?遅いから心配したよ。どうしたの?それに今そこにいたのって・・・もしかして」
バスケットを振りかぶった格好で、息を切らしているタバサに背後から声が掛かる。
ララサが遠慮がちに迎えてくれていたらしい。玄関の扉から半分だけ、身体を覗かせている。
「ごめんね、ララサ!ただいま。――そう。オオカミさん。隊長さん。送ってもらったの」
「そう・・・・・・」
「ララサ〜もう〜あの人!人?・・・まぁ、いいや!人の話を聞かないよ――!!」
助けて!そんな調子でタバサは、ララサに飛びついた。
「うん、知ってる。聞かないよね・・・・・・」
「やっぱり〜!?」
「とりあえず。お家に入りなよ。食事にしよう?今夜は・・・また『対策会議』だね」
泣きつくタバサの頭を撫でながら、ララサは促がした。
オオカミさんは、このまま祭典まで突き進む魂胆です。オイ。
婦女子は多少ふくよかな方が・・・。いいかな。
好みは色々あるかと思いますが、この国の基準がそうなのです。
(作者の好みが反映された国ですからね〜。すみません。健康的であればいいのです!!)