★レシピ★ * 12 * オオカミさんの誘惑
――やわらかく陽光が射し込む聖堂で、オオカミさんと交渉開始です。
――ララサにタバサ。その事は誰にも言わない方がいいな
だって!本当なんだよ!私達、聞こえるのよ。おしゃべりできるんだから
――うん。わかっているよ。だからこそ、二人がまだ父さんの娘でいてくれると言うならば、どうか秘密にしておくれ
・・・・・・うん、わかった。
――あ〜ぁ。二人とも母さんに似ちゃったかぁ。ま。しょうがないよな。ところでどっちかでもいいから、父さんの菓子作りの才能受け継いでる片鱗はない?
見当たらないねぇ〜今のところ。でも〜。それは、才能というより努力が占めるものじゃないの?
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またまた昨日と同じ頃、同じく女神様の祭壇の前で――タバサは座り込んでいた。
昨日と違うといえば、そこにいるのはタバサとオオカミさんだけで・・・・・・。
彼の弟のウォレーンと部下のチェイズの姿は今日は見当たらないという事だ。
タバサは少し前と同じようにバスケットを膝に引き寄せ、ぎゅうっと胸に抱えた。それは大切な商売道具であり、唯一の武器でもある。
それにしがみつく様に抱える事で、タバサは自分を守る事ができる気がした。こうして何かを抱っこすると・・・落ち着く。
(タバサ。ガマンだ!いくらなんでも失礼だから。うぅ、でも何てツヤツヤでふわふわ。触りたい。なでなで、したい。ぎゅ〜ってしたい!)
そんな想いを抑え付けるべく、タバサはより一層バスケットを抱える腕に力を込めた。
彼――オオカミの姿をした『隊長』さんは、行儀良く前脚を揃えてタバサに向き合っていた。
その背後から柔らかく射し込む日の光が、彼の毛並みを明るく際立たせているのだ。濃い闇色の毛先がぼんやりと光を含み、とても優しげに膨らんでいる。闇色がより深く艶めきを放って、タバサを誘い掛けているようだった。
(――ううぅ〜触りたいけど、ララサにも言われたからガマン!!)
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祈りを捧げ終わった頃を見計らってか、足音も無く近付いていたらしいオオカミさんに声を掛けられた。
石畳に響く靴音がしなかったから予想は付いていたけれど、振り返ってみて確信できた。今日はあの護衛団の若者は来ていない。その事にタバサは少しだけ、ほっとしてしまった。
別に悪い人たちでは無さそうなのだが、護衛団独特の黒装束のせいだろうか。
制服に身を包んだ彼らに囲まれるのは、何やら威圧されているようで・・・・・・。さすがのタバサも気勢を殺がれるのだ。
「オオカミさん、今日は一人?」
【ああ。――今日はあの二人は来ないから。その・・・昨日は弟が不躾な態度を取って悪かったね。すまない】
二人は来ない。そう聞いた途端にタバサは少しだけ、身体から緊張が抜けた。小さくごくごく控えめに、ほぅと息を吐いた。
だがすぐにオオカミさんの言葉を反芻してみて、いや?待てよ?と思った。――安心するのはまだ早いと気がついたのだ。
(今日は、ね。短い平和だなぁ)
あの感じの悪さはそうそう簡単には改まるわけ無かろうよ――。それを思うと、また身体が強張ってしまう。
タバサとて自分を疎ましく思っているような人間に、あのような態度を取られるのは面白いワケが無い。
いくら表面上は平静を装ってはいても、傷つかないワケでもない。それでもタバサは表に出す気は無い。
「・・・・・・・・・いえいえ。そんな。オオカミさん、気にしないで下さいな。私は平気ですから!気にしていませんし!」
(――とかナントカ、言っちゃって。私ってば!オトナじゃん!!・・・なんちゃって)
タバサは努めて明るい声と表情でそう答えていた。それは、オオカミさんを気遣ってのものだった。
(返答にものすごく間を空けてしまわなければ、もっとオトナとして完璧だったろうになぁ。まだまだ、修行が足りないな)
オオカミさんが何やら心配そうな表情をしている(少なくともタバサにはそう感じる)ので、全然!!と力強く言い切った。
ひとしきり、右手を左右にぶんぶん振って見せながら。全然っデスヨ!を繰り返した。それでもオオカミさんは疑わしそうなので、無理やり話を変える。
「それよりですね、オオカミさん。昨日は聞きそびれちゃいましたが。この、空気――。感覚というかはですね、やはりオオカミさんの仕業でしょうかね?」
タバサは両手で大きく半円を描いた。その動作を何度か繰り返す。
【当たり。やるね、タバサ嬢。流石『春の乙女』候補だ】
「そう!あとその候補なんちゃらですが〜昨日、きっぱりお断りしましたよねぇ?ちゃぁあんと聞いていて下さいましたよねぇ?何で【君の意見は受け付けません】的な態度なんですか!オオカミさん」
【誰でもいい、という訳では無いんだよ?タバサ嬢。君を既に候補と挙げてしまったからには、どうか”うん”と言って欲しい】
「――それ、答えになってませんよね?」
【そうかな?】
「ええ!!私の意志はまるっきり無視ですよ、さっきから。何がもう【候補に挙げてしまったから】ですか!――私に何の断りも無く、勝手に挙げないで下さいよ。その時点でまず間違いが生じていますよ・・・と言うよりもさっさと取り消して下さい。それで、早いところ違う子を候補にして下さいよ!」
思わず膝立ちになって、タバサはオオカミさんに訴えた。立ち上がらなかったのは、見下ろして叫んでは失礼かと思ったからだ。
一応相手は『神殿直属の護衛団員』であり、しかも『隊長』殿なのだ。この広場で彼らを敵に回しては、何かと商いに響く。
(そうそうタバサ!金持ち、ケンカせずだったでしょう?ここはひとつ、穏便に――事を運ぼうじゃないのっガマン・ガマン・・・)
これでも精一杯、穏やかに告げたつもりなのだが。本当なら怒鳴りたいところだ。勝手に決めるな・ふざけるな、と。
【タバサ嬢。悪いがそれはもう出来ない】
「何でっ!?」
きっぱり言い切ったオオカミさんに、タバサは反射的に食い付いていた。
””出来ない””という単語に反応した、瞬発力の抜群さにタバサの強い不満が表れているとも言えるだろう。
【もう、候補にするよと断言してしまったからさ。昨日聞いていたろう?】
「――聞いてましたけどね。だから、それが何でっ!?」
【神殿に仕え、護り導く者の一員として。『権限を与えられた者』の一人として。君こそ相応しいと判断したからだ。だから――昨日君を候補にと宣言申し上げたのだ。それはもう取り消しはきかない。もとより私も取り消す気は無いね】
(うぉう!!さりげなく権力を誇示ですか。オオカミさん。そんなもの持ち出されたら、一般庶民が怯まないワケには行かなくなるのですが。うぅ、卑怯な・・・・・・)
「・・・・・・はい」
タバサは勝手な言い分を遮りたくて、右手を上げた。
””はい””は承諾の響きではなく、意見がありますから挙手!私をさして下さいの、””はい””だ。
【・・・・・・】
「はい!はい!はい!〜〜〜はいったら、はいっ!!」
これで充分説明したからもう納得しない?――そんな雰囲気を無視して、タバサはしつこくオオカミさんに詰め寄った。
【何かな、タバサ?】
「何で!!だから何で!?どこの誰に宣言しちゃってるんですか?神殿のお偉い様方にですか。無理です。私には、無理です。だからその日は稼ぎ時!!忙しいんですってば。そんな申請は却下して下さい!」
必死でタバサは食い下がった。当たり前だ。勝手に決めないでいただきたい。祭典の日の店は一年でも一・二を争う稼ぎ時なのだ。はっきり言って、タバサ一人でも欠けたら父もララサも倒れる。――かもしれない。
【それはもう出来ないんだ、タバサ。取り消しはきかない。さっきも言ったろう?何せ『豊穣の女神』・・・デルメティア様に申請してしまったのだからね】
「・・・・・・は、い?」
――今、タバサの口から思わず漏れた””はい””も。もちろん承諾の響きは皆無だった。
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実りの秋に備えて、春に種まきを済ませねばならない。だから乙女は春先に祝福の種を贈るのだ。祈りと共に。
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「はぁい!まだ私は候補であって、確定じゃないですよね!」
【まぁ、そうだが。ほぼ君で決まりじゃないかな?】
往生際が悪いなぁ、とオオカミさんは呟いたのをタバサは聞き逃さなかったが、聞かなかったふりをした。
「他に候補者がいるんですか?それともこれから、挙がってくるかも?」
【今の所はララサとタバサだね。まあ――これからは一応挙がるだけ、挙がっては来るが。皆、名前が挙がるだけだよ。資格者の素質の無い子がほとんどだから】
「?何でですか〜。やりたい子がやればいいじゃないですか〜。いい仕事してくれますよ、きっと」
【誰でもいいわけじゃないんだよ。一言で言い表せば『巫女の素質』を持っている子でなければいけないんだよ】
「巫女の、素質?」
【そう。タバサのようにね。】
「いや。ありません。持ってませんから。私はただの街娘です!」
【現にこうして私の声が聞こえているくせに、今更何を言い出すんだいタバサ?しかも術の発動者まで見極めておいて】
「・・・・・・いやぁ誰だって解りますよ。これから候補に上がってくるお嬢さん方にも、同じように試してみてくださいよ――それじゃ・・・って・・・ア・レ?」
タバサはすくっと立ち上がった――つもりだった。が、一瞬だけ視界が暗くなった。思いがけず足元がおぼつかなくなったせいで、よろめいてしまう。
思考ははっきりとしているのに、身体が思うように動いてはくれなかった。
(あれれ?急に立ち上がったからかな・・・・・・?)
転ぶ!!そう身構えたから、思わずきゅうと目をつぶってしまっていた。
冷たくて痛い石床にしたたかに打ち付けて、擦り剥くくらいは覚悟したから。しかし――。
(・・・・・・あったかい?しかも、さらさらでふわふわ?床に上等のビロードでも敷いてあったかな?いやいや、それは無い・・・)
タバサはそろそろと目を開けてみた。ハチミツ色のキャンディー・・・ではなく、オオカミさんの瞳が自分を見つめている。
【大丈夫かい、タバサ?】
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
タバサは前のめりになった所を、オオカミさんに受け止められていた。優しく。
(うわ〜うわ〜わぁぁ・・・・・・!何てステキな手触り何でしょうか!――オオカミさん)
無言でこくこくと頷いて見せたが、それからしばらくタバサは手を離す事が出来なかった。
その足元にはバスケットが転がっている――。
目の前に毛並みのよさそうな、かわいらしいモノがいたら触りたくってしょうがないですよね?
それは――誰でも多分一緒で。
オオカミさんも同じ・・・。は、次話です。