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★レシピ★ * 9 * かつての春の乙女


 オオカミさん。オオカミですけど。オオカミじゃありません〜。


 

 ――オマエたちもいつか、あの御輿に乗る時がくるかもな・・・・・。

 

 ええぇ〜〜?それは、ないよ!父さんったら、『親ばか』ねぇ〜

 

 ――いやいや、わからんぞ。何せ母さんの娘達だからな。

 

 ないよ。うん、ないね。

 

 ――オマエたち。どうしてそんなに、きっぱりと頑なワケ?イヤなのかい?

 

 イヤって言うか、ねぇ。だって祭典の日は、さぁ――・・・。

 

 ★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★

 

 オオカミさん。彼女は自分をそう呼ぶことに決めたようだ。自分にも一応名前があるのだが。

 そこは何の疑いも持たないらしく、訊かれもしなかった。この見てくれであっては、それも仕方の無い事だろう。

「兄上」「隊長」「獣」――たいていの者は、誰も自分の名を呼ぶことはない。

 そして今日また新たに「オオカミさん」という、名称が増えた。それはそれで、まぁ、結構な事だ。

 

 神殿の回廊を悠々と渡る黒いオオカミに、周りの者達が遠巻きにこちらを眺めている。

 視線を感じるが、誰も構っては来ない。当然だろう。

 誰も――。ごくごく一部の者しか、オオカミの正体を知らないのだから。

 

 自分は『獣』。『聖句』に魅せられ囚われている、『聖句の徒』――。

 それが神殿内部の者達の、オオカミに対する認識だった。それでいい。例え真実は違っていても、それがいい。

 

 辺りはすっかり陽が暮れている。――蝋燭が点され始める薄闇の中を、オオカミはたどり着いた。

 その部屋を訪れる頃、決まって灯かりはまだ点されていない。それでもおぼろげに、彼女のまとう巫女装束が浮かび上がって見える。

 純白が月光を浴び、照らし返しているかのごとく。彼女自身が放つ、淡く優しいほのかな光で充分な気がする。

 

「今日もお勤め、ご苦労様でしたね。ウォレス、いいえ。・・・・・・『オオカミさん』?」

【は。――ジルサティナ様】

 くすくすと笑いながら、名を呼ばれる。そういえば、今日初めて自身の名で呼ばれた。すぐさま打ち消されてしまったが。

 彼女は数少ない、オオカミであるウォレスの正体を知る者の一人なのだ。だからこうして臆することなく、語り掛けてくれる。

(・・・・・・タバサ。あのコも私のことを、恐れなかった。それどころか――)

 満面の笑みに恐れや嫌悪といった、陰りは無かった。ただの一点もだ!

 それを思うと「オオカミ」の「ウォレス」の胸も、今更ながら高鳴る。それは多分。心を動かされたのだ。あの少女に。

 それをきちんと伝えられなかった事が、悔やまれる。ありがとう、タバサ。私に驚いて逃げ出さずにいてくれて。

 ただその一言が言えなかったのは、自分の胸を満たすものの正体が何なのか、今やっと自覚できたからだ――。

 

 ・。:★:・。:☆:・。:☆:・。:★:・。:☆:・。:☆:・。:★:・。

 

 ゆったりと手をかざし、覗き込んでいた水鏡から漏れていた微かな光も、彼女がこちらに注意を向けたと同時に収まりを見せ始めた。

 

 ジルサティナはその光が完全に絶たれてしまう前に、蝋燭に手をかざす。

『――・・・・・・集い、灯りなさい・焔の精霊たちよ』

 命令口調でありながら、たゆたうように謳うような調べだった。ウォレスは腰を落ち着けて、その様を眺めていた。

 彼女が燭台を包み込むように両手をかざし、間もなく炎が揺らめくまでを。

 あまり多くはない蝋燭だったが、炎が点されると室内がぐっと明るさを取り戻した。

 彼女のまろやかな笑み浮かべた表情が、ウォレスへと向けられる。

 

「――今日は大変だったかしら?あのコ(・・・)、元気がいいから」

【いいえ、そのような事は――。ジルサティナ様。それよりも、ウォレーンの奴めが・・・・・・。申し訳ありません】

「あら。なぜ謝るのかしら?ウォレーン――あの子もいい子ですもの。大丈夫。あのコ(・・・)もそのうち分るわよ」

【はは。そうだといいのですけれど。いつまでも子供な弟ですみません】

 ウォレスは苦笑する。見ているこちらがハラハラしてしまうくらい、不器用な弟の言動は自分自身も覚えがあるからだ。

「まあ。年頃の男の子は、誰でもああいった時期があるものでしょう。――ただ、ちょっと・・・ウォレーンは平均よりは、遅い方かもしれないけれど・ね?」

 笑いに揶揄を含みながら話すジルサティナに、ウォレスは多少居心地の悪さを味わう。

 彼女は知っているから。ウォレスも十一、二歳の頃だったろうか――に、小さな女の子の名前を『変だ』とからかって、泣かせたことがあるのを。

 

【問題はそこです、ジルサティナ様。アイツはもう、身体はいい大人なものだから。あのような言動は、ただの無礼にしか他者の目には映りません】

「まぁ。そぅお?そう、かしら?まだまだウォレーンは、十代じゃない?充分、子供じゃないの」

【・・・・・・十八です。じき、十九になります。世間はそうは見てはくれません】

「まぁ。もう、そんなに大きくなったの?確かに背は伸びたけどね。そぅお」

 驚いたように目を見開いてから、ジルサティナはまたゆっくりと微笑んだ。

 ウォレスは苦笑するしかない。この御方にかかっては、自分もまだまだ幼いままに違いない。

 

「では、ウォレス。貴方はもう、二十歳を超えていましたね?」

【はい。じき、二十二になります】

 

 初めてお会いしてから、もう十年という歳月が流れていた。まだ護衛団の訓練が終わらぬ内から、お仕えするようになってから十年。

 確かにそれだけの歳月が、お互い平等に訪れたはずだった。それでも、彼女はあの時と変わらない。

 少女のような線の細さとその容姿は、三十路を半ば超えたというのに全く衰えていない。

 自分たちよりも一回り以上も年上なのだと聞かされて、驚いた事を今でも鮮明に覚えている。

「まぁ。本当に子供の成長は早い事!びっくりするわねぇ。本当に・・・小さな女の子をからかって泣かせてしまった事を悔いて、私に相談しに来た子がねぇ」

 あまりにしみじみとジルサティナが言うので、ウォレスは顔が火照るのを感じた。

 だが、顔面が毛皮で覆われているおかげで、気づかれていないようだ。

【もう、時効でしょう。忘れて下さい・・・・・・】

「イヤよ。だって、大事な思い出ですもの。ウォレスも忘れちゃダメよ?そういうのは、忘れてしまってはいけないものよ」

 

 紫水晶(アメジスト)のような瞳が眇められて、自分を見下ろす。そこにはもう、からかいの色は見当たらなかった。

 その代わりに温かく見守るような、気遣いが感じられた。

 彼女が小首を傾げて、獣身である自分と目線を合わせようとする度に、額の紫水晶も一緒に揺れる。

 

 彼女の豊かに波打つセピア色の髪をまとめるのは、巫女の証でもある額飾り(サークレット)だ。

 片方は白蛇――英知の証。もう片方は黒蛇――魔術の証。二匹の蛇が舌で抱え持つのが、彼女の瞳と揃いの紫水晶なのだ。

 その石自体が持つ高貴さが、彼女の巫女としての階級の高さを充分に物語ってくれている。

 

 まるで彼女自身が『女神』そのもの。事実この国の神殿に祀られている『豊穣の女神』の像そっくりだと、噂する物も多い。

『豊穣の女神』――デルメティア。それは別名『春の乙女』とも呼ばれ、慕われている。

 

 女神は下界に下りる際は、可憐な少女に身をやつして街中を祝福して回るそうだ――。

 

 その言い伝えを元に、春の祭典には毎年それに相応しい乙女が選ばれる慣わしなのだ。

 

 ★ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ★

 

(それなのに。あのコは――。何のためらいも無く、断ってきた・・・・・・)

 かつてはジルサティナ様も、その役を引き受けたそうだ。残念ながら自分はまだその頃、幼くて記憶が無い。

 

【ジルサティナ様も――。水鏡であらかたご覧になっていらしたでしょうから、ご存知とは思いますが。今年の『春の乙女』候補は本日までで――二人が(・・・)上がっております。しかし、その両方が乗り気ではありません】

 乗り気じゃないどころか。一方からは、はっきりと断られた。ありえない・・・・・・。

 娘達を是非『春の乙女に』と望んで、多額の寄付金を寄こそうとする家まであるというのに。

 それほどまでに誉れな事なのだ。『春の乙女』に選ばれるという事は。・・・それがわかっていないのだろうか?

 

(まぁ・・・わかっちゃいないか。あの様子では)

 

 思い出して、ウォレスは少し唸ってしまった。

『私その日は稼ぎ時だから!お断りします』――そうタバサが、あまりに即答するものだから。

 

「ふふ。まぁ、まだ時間はあるから。ララサかタバサにうんと言わせるも良し。また別の乙女を頷かせるも良し。――ウォレスにウォレーン・・・二人のうちどちらが『春の乙女』に、微笑んでもらえるのかしらね〜ぇ?楽しみだこと」

 

 ――ジルサティナはそう、心底楽しそうにはしゃいだ声を上げた。

 


 タバサよ。思わずつっこみたくなる様な、迷いなのい断りっぷりに、オオカミさんもびっくりしているぞ。


 どれだけ、乙女度低いんだ君は。商人だからなぁ。


 彼女がうんと言うのはそこら辺を、納得してからでしょう。

それでもオオカミさんこと、ウォレスはタバサを候補に上げているようです。

 

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