表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/38

▼標的3・英雄6

 月光が青白く輝く氷の上で、ラトゥールはそれと向き合っていた。


「もう気は済んだかい? ラトゥール」

「なんのことかな」


 そらとぼけるラトゥールへ、老いた魔物の姿をした男が穏やかに諌める。


「わかってるんでしょう。復讐なんてなんの意味もないって――私が消えるッ――」


 男の声に雑音のような叫びが混ざった。

 それを何事もなかったように無視して、ラトゥールは薄く笑った。


「そうだね、別に何になるわけでもないしね。でも、僕は完璧主義だからさ」

「君は昔から――やめろ!――変わらないね」

「昔のことはいいでしょう。まったく、模倣物らしくさっさと上書きされればいいのに」

「彼を残したのは君だよ」男は剥き出た頬の筋肉を少しだけ動かした。「もう混ざっちゃって――塗りつぶされるっ――何がなんだかわからないけどね」

「最初はランスなんだっけ」

「そう、その次が彼。最後が君だ――私が消え――」

「嫌な組み合わせだなぁ」銀髪の生え際を掻きながら、ラトゥールが溜息を吐いた。薄緋の瞳が上目遣いに相手を見る。「……また僕に君を殺させるのかい?」


 男は目元の瞬膜をゆっくりと閉じ、首を振った。


「いいや。それだと君の復讐が終わってしまう――私が――悪いけど、君を満足はさせられないんだ。最初の計画通り、あの子にしてもらうよ。君はあの子だけは殺せないからね」

「それは僕の体で、でしょう」

「今はもう君でもあるんだ。君を喰らってあの子に殺されたなら……もっときれいな復讐劇になったんだろうけど。でも模倣物はあくまで模倣物で、本当の彼ではないんだよ。むしろ彼を殺した直接の原因なんだ」筋組織の巻いた赤い指で、男は自らを示した。「ねえラトゥール、君の分は『おれ』が背負うよ。だからもう、諦めるんだ」

「相変わらずお人好しだね。鬱陶しいったらないや」ラトゥールは皮肉げに、だが悲しげに笑った。「ほんと、ひどい男だ」


 魔物の赤い眼が淡々と歩み寄るルジェを捉えた。


「ルイ」頬の筋肉がゆっくりと動く。「君といられて嬉しかっ――」


 その瞬間、赤い眼に激しい意志が戻った。魔物の男は叫ぶ。


「――やめろ、まだ私にはやるべきことがある!!」


 ルジェは腕の中の少女を力が入りすぎないように抱きしめながら、すっと男を見た。


「ランスヴァルド」


 名を呼ばれ、魔物の男が一歩こちらへ踏み出した。だが次の一歩が出ない。見えない力に抗うように、全身が激しく震えていた。

 ルジェはラトゥールへ一瞬目配せし、彼が頷き返したのを見て言葉を続けた。


「あんたはあまりに多くを踏みにじった。未来の全てを守ろうとして、今の全部を潰そうとしたんだ。それが英雄の器だというのなら、その通りなんだろう。……俺は全ては救えないけれど……踏みにじられる者の一人として、あんたに抗う」


「やめろ」見開かれた瞼のない眼が、恐怖に瞳孔を細くする。


「俺はあんたが間違っているとは思わない。でも、あんたが潰そうとしたのは俺たち全員の可能性だ。今から続く本当の未来だ」


「私は世界を」喘ぐような声だった。「救いたいのだッ」


「俺が言うべきじゃないのかもしれないが」ルジェはそっと少女の首へ唇を寄せた。「自分なりに世界を救おうとしたあんたの志は……その妄執も含めて、確かに英雄だった」


 白い喉へ控えめな牙が触れ、ぷつりと赤い血が零れた。


「やめろッ!!」ランスヴァルドが駆け寄る。手を伸ばし――


 それが届くより早く、ルジェの前に大きな魔法図式が展開した。

 簡潔な記述式に漲る魔力が輝きを増し、ランスヴァルドの眼を灼く。


 光が一点へ収縮し、爆発的に流れだした。


 光の奔流にランスヴァルドが飲み込まれる。


 衝撃波の生み出す爆音の中、ひどく優しい声が届いた。


「――ありがとう、ルイ・ルジェ‐ラトゥール」


 光が消え去った後には、深くえぐれた氷の中に、少しだけ黄ばんだ骨が散乱していた。


 ルジェはその、人と同じ形をした頭蓋骨に触れて目を伏せる。


「……長らくのお勤め、お疲れ様でありました」


 そして傷だらけのラトゥールを振り返った。


「ラトゥール」自然と笑みがこぼれる。「お前が無事で――良かった」


 そうして、人間たちの戦争は火花のように終結した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ