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ヒカリ

やっと二話です

旅行中の予約投稿をするのを忘れていました

他のも頑張ります

「創! たーくーみーっ!」


 久しぶりに、自分の名前を聞いた。たくみ。そうだけど、でも、誰が。カーテンを開けるとそこには見覚えのある顔があった。窓を開けて、その名を呼ぶ。


「ヒカリ……?」


「そうっ、そうだよ! みんなあたしのこと真紀まきって呼ぶの! お母さんは死んじゃったのにいるしっ、あたし一人っ子なのに、なのにっ、妹いるしっ」


 テンパっているのか『なのに』と二回も言っていた。ヒカリはどこでもテンションが高いのだ。今は逆の方で上がっているのだろうけど。

 彼女は僕のいた世界・・・・・・にいたヒカリだった。彼女が言うことも、僕が先ほど体験したことと同じようなことばかりだ。ヒカリのところは父子家庭だったはずなのに、彼女が言うには母がちゃんといて、父もいつも仕事でいないはずなのに小説家になっていてずっと家にいて、妹までいるということらしい。まあ僕の場合は弟という存在そのものが抹消されたからそれはそれで怖いのだが。


 ヒカリは隣の家というポジションを利用して自分の家の窓を越えて僕の家の窓を叩いていたらしい。火星人とかじゃなくてよかった、と本気で安心した。するとヒカリは図々しく僕の部屋に侵入してきて、そこからべらべら話していかに今の生活が寒気のするほど気持ちの悪いものかを語り合っていた。彼女もやはり大きな違和感があるらしく、母親という存在が異様でしかないそうだ。そういう感じの話をしているといつの間にか日が暮れていた。


「ほんと、どうなってるんだろうね。ね、創」


「あー、うん。ほんと、どうなってんだろーな」


 先ほどから僕は棒読みで返事をしている。なぜなら、ずっとヒカリが同じようなパターンの台詞しか言っていないからだ。そのせいで僕は同じ返事をしている。それに、気がかりなこともある。ヒカリもおかしくなっているのであればいいのだが、ヒカリはこちら側の人間・・・・・・・であることが判明しているため、夢だという確信ができなくなってきた。二人で同じ夢を見ているのも非現実的だし、これが現実なのかもしれないと思い始めてきたのだ。まあでも、仲間がいるのだからいいではないかと感じる自分もいて、もういいや考えるのはめんどくさい、とそういう考えに行きついてしまうのである。僕らは果たしてどうなるんだ。


「あ、見て。流れ星だ」


「ん? ああ、ほんとだな。願っとけばいいんじゃないか、元の世界に帰りたいって」


「あ、それいいね! ってもう流れちゃったよおおぉ~」


「宇宙のゴミを見てきゃあきゃあ言うバカな高校二年生がここにいる」


 暗くなるのが早い。まだ夕方の五時だというのにもう真っ暗だ。しかし、寒いというわけではない。むしろ暑いくらいだ。夢であったらいいのに覚めないし、もうなんでこんなハメに。夏なのか冬なのか分からん。


「でもさあ、少し不思議じゃない?」


 ヒカリが空を見上げながらつぶやいた。彼女はこの窓を跨いで入ってきたのだ。こいつはパワフル肉食系女子高生だ、と大きな声で叫びたい。みんなに言いふらしたい。そしてヒカリは僕に飛び蹴りまたは回し蹴りをしてくるので、それを避けながら僕はもう一つ言いたいことを怒鳴るようにして言うんだ。


『女は怖い』と。


「ちょっと、聞いてる?」


 肩を揺さぶられた。そういえば完全に無視してたな。これではヒカリ(またの名を鬼女子と言う)がキレてまた僕をサッカーボールに見立てて蹴ってくるのだ。早速蹴られそうになったのでかわしてさっき考えていた作戦を実行しようかどうかを悩んでいた。しかし、ここで大声を出すと母さんにまた精神科に引きずられるかもしれないし、ヒカリがいるとばれてしまうかもしれないし、なによりこれ・・がここにある本などを投げかねない。いくら僕の本ではないと言えども、一応僕と顔が似ている聡の本なのだから投げられると困る。というわけで僕は何も言わずに黙ってただただ避けることにした。


「なんか言いなさいよ」


 黙っているとこの始末である。何か言ったところでキレて来ると言うのに、僕は彼女に何を言えばいいのだろうか。挑発しなければいいのか? 今日の朝ご飯何だった? とか、そういうのを言われたいのか? 女子の心は分からない。女の子は複雑なんだよっていうけど、男だって複雑なんだからな。女子だからって優位に立とうとしてたら成敗されるぞ。いつか。

 ってか、お腹すいてきたな。いくら朝ご飯が山盛りでも、昼ご飯なしではやっぱり空腹を感じるものなんだなー。早く夜ご飯を食べたい。そしてそのためにはヒカリに帰ってもらわないと困るのである。もう何時間も不思議だという話をしていて、かなり飽きてきた。


「聞いてんの!?」


「おー、聞いてる聞いてる。で、なんて?」


「聞いてないじゃん!」


 尤もな突っ込み方をされた。まあこういう会話であればまだ楽しい方なので僕は気にせずもう一度本棚を見てみることにした。知っている本の続きの巻や持っている本、まったく知らない、見たこともない本も数多くあった。


「おーい、聞いてんの? 耳大丈夫? 創~聡~」


「あ、ハイハイ、っていうか、なんで聡」


「だって聞かないから、聡という名前に改名したのかと」


「どこからそんな考えが湧いてきたんだ」


 呆れてそんな言葉を漏らしたあと、僕はまた聞いた。


「で、なんだっけ?」


「ほらやっぱ聞いてない」


 ふてくされるヒカリをなだめてから「あ、そうだ」とわざとらしく大声をあげた。


「下にケーキあったんだけ」


「いるっ!!」


 即答。しかも、持ってこようかとかいう感じのことを言う前に「いる」。つまり、彼女は女子によくいる典型的な超甘党なのである。なんであんな甘ったるいものを食べてにこにこするのだろうか。僕だったらすぐにおええええだと思う。甘いのは苦手だ。辛いのも苦手なんだけど。


「うー、あちー……。なんでこんな暗いのに暑いかなあ。ほんとここ、不思議だよね」


 ヒカリはそう言いながら僕の方を見た。何か言ってほしそうな顔だった気がしたから、僕は「なに?」と彼女の方を見た。


「ケーキ、まだ?」


 僕はケーキに負けた。


「はい」


 下からケーキをそっと持ってくると彼女に渡した。ケーキを取ろうとしていた時、母さんは玄関で近所の見知らぬおばさんと世間話をしていた。それを見兼ねて僕はそっとケーキが入っている冷蔵庫を開け、ショートケーキを取り出した。イチゴが落ちて潰れているが、まあいいだろう。ラップがぎっちりとしてあり、スポンジ部も狭そうに潰されている。誰だ、こんなにラップをきつくしたのは。


「わーやったー! ってか、フォークとかないの?気が利かないわね」


 ヒカリはどこまでもわがままである。フォークまでねだってきたのだ。別に手で食べろとは言わないが、もう少し違う言い方があるのでは、と小さく舌打ちした。

 すると聞こえていたのかヒカリも睨んできたので肩をすくめる。彼女はもう一度作った笑顔で「フォーク持ってきて♪」と言ってきた。人使いが荒い。


「仕方ないな」


 僕は立ち上がるとわがまま姫ヒカリをおいて再び一階に戻り、食器棚をあさった。母さんはさっきと同じように世間話に夢中になっていて、こちらには気づいていない様子だった。気づかれて部屋にヒカリがいるのがバレると、僕の世界の母さんであればしつこく「彼女? なになに、どんな関係? どこまでいったの?」とか聞いてくるという特徴がある。あれはどこの男子でも好みはしないだろう。むしろプライベートなところをそういう風に詳しく聞かれたりすると、むかむかすると思う。僕もその一員だったから、わかる。

 これは女子でも多分同じだと思う。でも、僕らの場合は異性だからってだけであって、娘&母だったら同性だから、いいのかもしれない。いや、でもでも、父さんに聞かれるのも嫌かな。うーん、他の人たちはどうなんだろう……じゃなくて!

 フォークだフォーク。遅かったらまたわがまま姫がキレだすし、急ごう。できれば可愛いデザインのがいいかな。あいつ、そういうの好きそうだし。

 案の定、ハートのてかてかしたものがついたフォークを探し当てた。そうだ、この家には姉という存在があるんだ。だからこんな可愛いデザインのものがあったっておかしくないのである。

 その時、玄関のドアが閉まる音がした。母さんが話を終えて家に入ったのだ。やばい、かも、しれない。


「はーもうあっついわねー。地球温暖化ってここまで進行するものなのかしら」


 地球温暖化でここまで暑くて暗いなんてことあり得ない気がする。やっぱりこの土地の人たちと僕らの価値観は合わないようだ。


「あら? 聡、いるの?」


 げ。そんな声が出そうになる。こっちにくるな。なんで、近所に住んでるっぽいあのおばさん、引き留めててくれなかったんだよー。

 よし、逃げよう。今なら全速力で走れば鈍足な僕でも気づかれずに二階へ上がることができる。でもそのためには静かに上がって急がなくてはならない。姿を見られたら終わりだからだ。だからと言ってどたどたと足音を響かせていてはここにいるよと宣言しているようなものである。よっぽどのバカじゃない限り、そんなことはしないだろうが。

 僕は少し汗ばんだ手でハートのフォークを握り締め、走った。母さんが振り向いて「聡ぃ?」と呼ぶ。が、無視。だいたい僕は聡ではなく創だから振り向いて返事をしたりする義務などないのだ。


「聡」


「ぎゃああああ!」


 肩を掴まれた。まるで怪物に襲われた怪物のような悲鳴をあげ、僕は母さんの手を振り払い二階へ駆け込んだ。


「ど、どうしたの。さっきの声、もしかしてあんた? なにやってんの、フォークとりに行くだけで」


 部屋に飛びこむと、ヒカリの呆れたような声がする。


「まあ、いろいろあったんだよ。で、フォーク……あれ?」


 僕の手からフォークがなくなったことを知ったヒカリはさっきの僕のように大きな悲鳴をあげたのだった。


「ひっどいっ、サイテー! フォークとりにいって母親にビビって走って帰ってきたらフォーク落としたァ? ふざけてんじゃないわよ!」


「ひいぃ、ご、ごめんってさっきから言ってんだけど……」


「うるっさい!」


 バシーン。ああ、聡の本が投げられていく。傷つけられていく……ごめん、聡。僕、守れなかったわ。本。


「いって! だからごめんって!」


「気持ちがこもってないしっ、棒読みだしっ!」


 そんなこと言われても、というやつである。何故僕が彼女を満足させなければならないのだ。僕には何も関係ないし、もう一度フォークを探しに行けばいい話だ。なのに、何故ここまで怒る。

 やっぱり、女子は難しい。本音を言ってもキレる、嘘をついてもキレる。つまらないことを聞いてもキレるし、すぐに泣く。うっとうしい。なんでこんな生き物が優位に立てるのか、わからない。


「聡」


「ぎゃああああ!」


 悲鳴は、二人分あったせいかうるさかった。ついに母さんというマザーモンスターが現れたのである。どうやら母さんにヒカリは見えていないらしい。もちろん幽霊的なものではなく、本棚の死角になっているだけだ。僕は彼女をもっと部屋の奥へ行くように指示し、マザーモンスターに向き直った。


「ど、どうしたの? あんまり、部屋にくることってないよね」


 言ってから、しまったと思った。ここではもしかしたら、母さんは部屋にしょっちゅう来るのかもしれないからだ。そうだったら、また精神科を受診するべきかどうかという話になってしまう。僕は焦った。なにか話題を変えることが出来ないのか、と。


「まあねー。いや、でもさっきあんた、なんかぎゃあぎゃあ言ってたから、やっぱ頭おかしいんじゃないかと思って」


 そうだったのか。あんまりこない人だったんだ。なら心配無用だったのだ。よかった。

 しかし、最後の部分は聞き捨てならないな。頭おかしいって、どこまで僕を異常な人としたいんだ。ここの世界の人って、地味に傷つくことばっかり言う気がする。


「だ、大丈夫だから」


 こめかみから流れる冷や汗を手でゴシゴシこすりながらそう言って精神科受診を避けようとする。しかし、どうやらその作戦は効かなかったようだ。


「じゃあ、まあ試しに行ってみよっか」


「え、と」


 精神科に試しとかあんの!? なにそれ! 聞いてねえ! それともここがもともと金持ちの家なのか!? 試しにとか言えるほど金持ちなのか!?


「いやいやいやいや、いいいいいいいい。大丈夫だから。ほんと大丈夫だから。気にしないで、ほんとに。マジで、もう」


「行きたくないの?大丈夫よ、怖くなんてないんだから」


 そうじゃなく! 僕は嫌なんだよ、精神科を受診しただなんて、頭がおかしい人だと思われるじゃないか! それに、それが友だちにばれたらどうする?いや、ここが夢の中であるならどうなったってどうでもいい。僕とは無関係だ。でも、もしこれが現実、または現実に関係のあるものならばやめていただきたい。

 本当に、精神科受診とかやめてほしい。僕は大丈夫なんだって。ただ、母さんにヒカリのことを聞かれたりするのが嫌なだけなのだ。あと、まあいろいろあるけど。


「ほんとやめて。大丈夫だから」


「まあそこまで言うならやめておくけど……」


 母さんが折れた。折れたというか、おそらく僕に気を遣ってくれたのだろう。でもまあ、これで一件落着というやつなのである。よし、ではヒカリのフォークを取りに行かなければ。


「ところで聡。本、散らかってるけど」


「あああああ、こ、これは、ちょっと、ね。うん、片付ける、片付けるからもういいよ。ほら、泥棒が入るかも出し、玄関の鍵でも閉めてきた方がいいんじゃないかな」


「なに焦ってるの」


 母さんはくすくす笑って、部屋から出る気配がしない。お願いだから、もう出てってくれないかな。


「鍵はオートロックでしょ。なに寝ぼけたこと言ってるの? やっぱり頭大丈夫じゃないんじゃないの?」


「あああああ」


 墓穴だ。墓穴を掘ったんだ。でもこれも全部母さんがいつまでもこの部屋にいるからだ。だいたいこの世界にきてまだ数時間の僕がこの家のことをそんなに知っているはずがない。まあ、そんなことこの世界の住人は知らないのだろうけど。ってか、オートロックって! やっぱりここの家、金持ちなのかな。


「じゃあ、もうすぐ夜ご飯作るからね」


「う、うん、わかった」


 ぱたん、とドアがついに閉まった。先ほどまで息を殺していたらしいヒカリは肩で息をしていた。


「大丈夫か?」


「うん、なんとか……。あの人、変わらないわね」


「うーん、まあな」


 おしゃべり好きなのは確かに変わらない。それが今回はとても面倒で迷惑だったのだが。


「じゃあ、そろそろ帰るね」


 ヒカリはそう言いながら立ち上がって、窓を跨いだ。ってか、ケーキ食べないのかな。


「じゃあね~」


 ぴょん、と飛んで向こう側にある彼女の家の窓に飛び移った。相変わらず、パワフルである。手にはちゃっかりケーキが乗せられていた。


「じゃあな」


 そう言って窓を閉めると、やっと解放されたと感じた。ついでにカーテンも閉めようとすると、向こうの窓の奥で、泣いているヒカリの姿を見つけた。

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