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学校に着いたので早速

 そんなこんなで、教室に着いた。席に座っていると、予鈴が鳴って担任の先生が入ってくる。それまでのざわざわした感じとは取って代わって、しんとした冷たい空気が流れ始めた。

 先生は教室を意味ありげに見まわしてから号令を促す。それに学級委員らしき生徒が号令をかけた。


「起立、気をつけ。礼」


「おはよーございまーす」


 だらだらとした号令を終えると、椅子をガタガタ鳴らしながらそれぞれ座る。それからホームルーム的なものが始まった。

 僕は先生の話を軽く聞き流しながら、窓の外に目を向けた。快晴だ。晴れていると、不思議と気分も良くなる気がするな。

 気づいたら、ホームルームは終わっていた。そしてすぐに一時間目の授業が始まった。

 一時間目は数学。意味のわからない単語を先生が連発する中、僕の右斜め前に座る女子生徒が、先生が黒板に向かっている時を見計らって携帯をいじっているのに気づいた。彼女は別に目立つような生徒でもなさそうで、地味で真面目そうな雰囲気を醸し出している。そんな彼女がわざわざ授業中に携帯を触っているのは、何か事情があるような気がした。

 ぱっと先生が振り向いた。完全に、彼は女子生徒の手元の携帯を目にしている。ため息をついて「奥村」と先生が言った。奥村さんとかいう人は、体をびくっと揺らして「す、すみません」と謝りながら携帯をポケットにしまう。でも、先生が再び黒板に板書をし始めると、彼女はまた携帯を取り出していじり出した。なんでそんなに必死になっているんだろう……?

 そのあと、奥村さんはもう一度先生に注意された。


「奥村、携帯は授業中には触るなという規則があるだろう」


 まあ、どこの学校もさすがに授業中に携帯いじるのはダメだと思う。僕からしたら、常識だ。しかし彼女は違った。

 注意されてしばらくすると、今度は机の中に手を入れて携帯を触り始めたのだ。どうしてそこまでして携帯を使うのだろうか。そんなに急ぎの用があるのか?

 まあ、今日初めて名前を知ったくらいだから、奥村さんの事情は知らないけど。



 そんな感じで授業は終わった。奥村さんは授業の最後の礼だけすると、携帯をポケットに入れ、走って教室を出て行く。教室のすぐ近くのトイレに入って行くのが見えたから、もしかしたらトイレの中で携帯を触るつもりなのかもしれない。どうして、教室でしないんだろう。

 休み時間である今、ほとんどの人が携帯やスマホを手にしている。本を読んでいる人もいるが、大抵は携帯だ。だから、別にここでしたって大した影響はないはず。そんなに教室でしたくないとは……いじめでもあるのか? そう考えた瞬間、寒気がした。いじめ?

 たしかに、いじめならわかるかもしれない。先生がいるから、授業中だから、携帯を触っていられる。もしかしたら、休み時間の間に奪われたりしたことがあるのかもしれない。もしくは、中身を覗き見されたとか。……いじめ、な。女子のいじめって陰湿だってよく聞くし。

 僕がそういう感じのことを考えていると、奥村さんが帰ってきた。手には携帯。大事そうに抱えて、ちらちらと周りを見ている。そう、何かに怯えているみたいに。僕は確信した。これはきっといじめられている、と。

 とりあえず彼女の様子を見ることにした。変に僕が出しゃばっても聡に迷惑がかかるだけだし、なにより僕にそんな勇気はない。おとなしくしているのが一番なのである。

 もしここで奥村さんに声をかけても、逃げられるか怯えられるか嫌われるかどれかだと思う。少なくとも、前向きな展開にならないことはたしかだ。だから、ここではなにもしないのが一番良い方法と言っても過言ではない。

 僕が奥村さんを観察しているうちに、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。生徒は皆、携帯を慌ててかばんにしまいそれぞれの席につく。だけど、奥村さんだけはみんなとは逆に携帯をポケットから出してまたいじり出す。その行動が、僕には理解できなかった。

 彼女は何故、そんなにも熱心に携帯を使おうとするのだろうか。しかも、授業中に。先生の視線にびくびくしながら、こそこそとなにやら打ちこんでいる。その姿が、不気味なのである。

 授業の間、奥村さんは常に先生の視線を気にしながら机の中に手を入れて携帯で何かを打っていた。書きたいことがあるなら、ノートとかに書けばいいのに。

 なんでわざわざ真面目そうな彼女が、先生に怯えながら授業中に携帯で何かを打っているのかがわからない。携帯でなくてはならない理由があるのかもしれないけど、その理由ももちろん僕にわかるわけがなかった。


「奥村さん」


 先生に急に呼ばれて、奥村さんはぱっと顔を上げた。先生は携帯に気づいたのではなく彼女を当てて解答させようとしただけなのだが、それがわからなかったのか奥村さんはかなり慌てた。


「あっ、あの、これは、そのっ」


「……奥村さん、早く。ここには何が省略されてる? 古文中から抜き出して」


 そこでやっと、彼女はバレていなかったことに気づいた。目を見開いて、先生を見つめる。奥村さんは顔を赤く染めながら絞り出すようなか細い声で言った。


「あ、えっと……をかし、です……」


「そう。をかし。じゃあ、をかしの意味は? ……奥村さん、わかる?」


 奥村さんは小さな声で「趣がある……」とつぶやく。


「はい、ありがとう」


 先生がそう言うと、彼女はすとんと椅子に座って息を吐いた。さっきまで緊張していたせいか、息を止めていたらしい。何度か深呼吸してから、再び黒板を見た。

 そこで、僕は奥村さんの観察を終了した。僕もちゃんと授業を聞いていないと、もし帰れなくてテストを受けたりしなくてはならなくなった時に不便だからだ。それに、聡に迷惑がかかる。

 だから、奥村さんのことは今はいいや。考えてもなにも進まないし、僕が知る必要もない。知ったところでなんの利点もないし。


「原野くん。作者は何という職業に就いていたか知ってる?」


 当てられて、僕はとても驚いた。でも、原野くんで気づけた僕を褒めてやりたい。身についてんなーって思う。


「えーっと、女房?」


「そう! よく覚えてたわね」


 それくらい知っている。

 今は国語の授業。つーか、古典。枕草子。そして清少納言。一言で言うと面倒くさい。

 暗唱テストとかがあったら本当にどうしよう。僕は、記憶力がめちゃくちゃ悪い。昨日の晩ご飯のメニューを忘れてしまうほどだ。頑張って覚えても、寝たら忘れてしまう。暗唱テストだけはありませんように……。



 古典の授業が終わって休み時間になった。山崎が僕の席に来たから、いろいろ話す。山崎と僕は気が合うようで、小説の話などを中心に話をした。

 彼は少し前の、というか、僕の世界の時代の小説をよく読むそうだから、余計に話が合った。いわゆる、ベストフレンドってやつだ。聡はいい友だちを持っているな。初めて尊敬した。


「……原野くん」


 聞き覚えのない声がすぐ近くで聞こえてくる。慌てて顔を上げると、問題児の奥村さんがいた。えっ、聡、奥村さんと交流あったの!? なんだそれ聞いてない!


「ちょっと、来てくれない?」


「う、うん?」


 質問に疑問系で返すという失敗をしてしまったが、奥村さんは気にも止めていないようだ。よし、気にしないでおこう。

 彼女はすたすたと教室を出て行く。ついてこいという意味なのだろうか。僕がぼけっとしていると振り向かれてすごく睨まれたから、おとなしくついていくことにした。なんでこんなことになったんだっけ……。



 連れていかれた先は体育館裏。うん、まあ、怪しげな雰囲気が漂ってるけどな? でも、告白系じゃないと思うし。じゃあなんだろう?


「……原野くんさ」


 奥村さんはこっちを振り向いてにこっと笑う。怖い。


「授業中、私のこと見てた?」


「……え、と」


 バレて、た? 僕は後ろから見ていただけなんだけど……。ま、まさか奥村さんには第三の目が!?

 いやいやいや、なんとなく気配的なもので気づいただけなのかもしれない。というか、それしかあり得ない。第三の目なんてそんなファンタジーなことあり得ない。あ、こんな世界に来てる時点で充分ファンタジーか。


「その反応だと……やっぱ見てたんだね?」


 疑問系なのが嫌味っぽく聞こえる。普通に言ってくれればいいのに、わざわざ僕に確認を取るところがなんか嫌だ。この人、なんか苦手。

 ここまで言われるともうどうでもよくなってきたから、本当のことを言うことにした。


「だって、携帯ずっといじってるから、つい目に入っちゃうし……」


「そっかぁ~ありがとう。それだけならいいの」


 どれだけならダメなのかわからないけど。すると突然悲しそうな顔をし出した。だ、だからなに? この子ほんと怖い。


「私に関わらない方がいいよ」


 刺すような視線に、僕は体が動かなくなったような気がした。なんの話か、よくわからなかった。

 とりあえずわかったのは、奥村さんに関わるとよくないことが起こるかもしれないってことだ。ということは、やっぱり彼女はいじめられている……? うーん、いじめとは縁のない人生を送ってきたから、そういう方面のものはわからない。


「じゃあ、そういうことだから。早く教室に帰った方がいいよ」


 奥村さんはそう言うとにっこり笑ってその場を立ち去った。あれは、二重人格と言っても間違いではない気がする。

 いつまでも一人で体育館裏にいるのも変だから、とりあえず奥村さんの助言に従って教室に戻ることにした。



 教室に入ると、すぐにチャイムが鳴ってしまった。危ない危ない、遅刻扱いになるところだった。

 三時間目は英語。ここでまめ知識。僕は五教科の中で英語が一番嫌いである。だから、英語の時間はとても憂鬱だ。やっぱり遅刻してくればよかった。いっそのこと、サボればよかったかもしれない。

 あいにく、英語はかなり難しくて死ぬかと思った。

 最後の方、ほとんど寝ていたせいで配られたプリントが全く解けない。休み時間にそれとにらめっこしていると、高岡が僕の席にやってきて声をかけてくれた。


「聡、なにそれ?」


「英語のプリント。教えてー」


 高岡はどうやら英語が得意だそうだ。それなら任せられる。僕は彼の指導によって休み時間中にプリントを終わらせることができた。


「ありがとう」


「その代わり、数学の宿題教えろよな」


 数学の宿題なんてあったっけ? 僕は首を傾げた。でも、そういえば最後の方にプリントが配られたかも……みたいなことを思い出したから、そのプリントを出して一緒に解き始めた。

 高岡は英語が得意で数学が苦手。僕は数学は得意な方で英語は全然わからない。お互い都合のいい友だちだ。聡はどうなのか知らないけど、少なくとも僕からしたらすごくいい友だちだと思う。僕らの世界に一緒に来てほしいくらいだ。

 僕は基本的に友だちが少ないから、来てくれると嬉しい。いや、もう本当に来て。ガチで来て。お願いします来てください。

 このクラスは、基本的に休み時間すごくうるさい。そのせいで、誰かと話していても聞こえないことがある。そして、相手も相手で自分の言葉を届けようと大きな声で伝えるものだから、会話は基本大声。

 そんなあちらこちらからの大声のせいで、声が小さい人はなかなか自分の言いたいことを人に伝えることができないのである。なんだこのカオスな部屋。みんなボリューム落とせよ。頭悪いのかな。


「そういえば聡、昨日の『夜デストーク』見た?」


 高岡がぱっと顔を上げてそう言った。


「見てない……あ、録画した」


『夜デストーク』はたしか録画したはずだ。一応録画しておけば、暇つぶしに見ることができる。容量も充分にあったし。今日帰ったら見ようかな。


「そっかそっか。最後らへん、絶対見ろよ。面白いから」


「うん、見る」


 返事はしたものの、ちょっと納得いかない部分があった。人によって面白いと思える場面は違うはずだ。それを自分の感性で考えて押しつけるのはどうかと思う。まあ、別に彼に悪気はなかったんだろうけどさ。


「あ、そろそろチャイム鳴るな。じゃ、またあとで」


 高岡はそう言って自分の席に戻っていった。授業の間の十分休憩は、意外と短い。プリントをなんとか仕上げたらもう終わりだ。

 十五分くらいあってもいい気がする。なんで休み時間がこんなに短いんだろう。まあ、小学生の時よりも長いからいいか。あ、でもその代わり小学校は昼休みとは別に、二時間目が終わったら二十分休憩があったな。うーん、やっぱり小学校はいいよな。休み時間はなんだかんだ言って多いんだからさ。

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