泥棒だって? よーしぶっ飛ばそう
今回はちょっぴり長めです
ラストスパート、毎日投稿になります
「そうだ。あれ、ぱさぱさでマズかったぞ!」
逆ギレ!? 僕は驚いて声が出なかった。勝手に人の家に入ってビスケット食べといてケチつけるとか、どんだけ大物なんだよ。そしてそれが当たり前のように振舞っているのがまた腹立たしい。ぱさぱさがなんだ、文句言うんじゃない。
「ねえ、ちょっと聡、こいつ頭おかしいんじゃない? あんまり相手にしない方がいいと思うけど……」
美智佳が顔を引きつらせてそう言った。うん、たしかにそれはうなずける。この人は頭がおかしそうだ。というか、イカれてる。もう、同じ〝人〟だと思いたくないくらい頭おかしいと思う。
だって、勝手に人の部屋に上がりこんでビスケットに食らいついて、本人を目の前にしたらクレームだぞ。モンスターペアレントなんてものじゃないぞ。頭イカれてるクレーマー以上だと思う。うわー、ウケるわー。
いやいや、ウケてどうする。相手は仮にも犯罪者。しかも凶器を装備中。変に事を荒立てたら逆ギレしてナイフ振り回してきたりしそうだな。厄介だ。
ちなみになぜ僕がここまで冷静でいられるのかというと。実は僕は元の世界でも何度か泥僕に入られたことがあったのだ。それで泥棒を追い払えたことがあったから、ちょっと余裕なのである。単に入られてただけじゃないんだぞ。
そのときの追い払い方法は二つあった。
一つ目は凶器を奪う。自分を守るための武器が相手の手元にいけば、泥棒は大抵逃げる。奪い返そうとしてくるかもしれないが、そのときは刺すふりでもしてビビらせておけばだいたい逃げる。逃げなかったら相手の指でも少し切ったらいい。
二つ目は凶器にビビらずガンガン攻める。言葉の暴力でメンタル面をボロボロにしておいて、あとから殴る! 殴る、殴る! 引きずって玄関から捨てる! 以上!
できれば二つ目の方はあんまりしたくない。後味も悪いし、罪悪感が残るからだ。というわけで、今回は一つ目でいこうと思う。
「なんだー? これにビビってんのか?」
なにがしたいのだろうか……えーと、挑発しているような。よし、ちょっと本気出そう。キレたから。
「ビビってません」
そうつぶやいて、少しかがんでから走り出す。この部屋は四畳半。広くはない。ベッドを置いているから、むしろ狭い。
侵入者さんの左手を掴んで右手のナイフを手にとる。結構一瞬のことだったから、彼は目を見開いて驚いている。おかげで楽々奪い取れた。わーい。
「え……?」
侵入者と姉はぽかんとしてナイフを持っている僕の顔をまじまじと見つめた。えーなにー?
「ぎゃあああああ!」
泥棒さん、逃げた。窓から逃げた。あの、ここ、二階ですけど。どしゃーっという転落音が聞こえてきたけど、下は植え木とかがいっぱいあるからクッションになったんじゃないかな。無視、無視。
一方美智佳の方は、まるで汚いものでも見るかのような目をしていた。失礼な。
「あんた……ほんとに聡?」
「え、う、うん」
咄嗟に答えたものの、かなり驚いた。ば、バレた……? でも、逆に今まで疑われなかった方が不思議なのかもしれない。僕は結構勝手なことしてたもんな。今も変わらないけど。
「……嘘つき」
「は?」
嘘つき? 彼女のつぶやきに思わず声を漏らした。なににたいして? もしかして、僕は聡だってことにたいして? それは、マズイ……。
「う、嘘つきってどういうこと?」
落ち着きを失った僕がおそるおそる訊くと、美智佳はなにかに気づいたような顔をしてからこっちを向いた。
「なに言ってんの」
彼女の言葉が、すぐに理解できなかった。なに言ってんの。それはこっちの台詞である。
なにがどうなっているのか、よくわからない。ぽかんとして美智佳の顔をじっと見る。すると、彼女は再び口を開いた。
「……わかってないようだから、言っておくけど」
「う、うん?」
なにがわかっていなかったのだろうか。僕はわかってたぞ。たしかに、なに言ってんのっていう言葉の意味はわからなかったけど。
「――――あたしはなにも言ってないよ?」
平然とした姉の声が、遠くに聞こえる。絶句。こういう時にこの言葉を使うんだろう。僕は驚きで声が出なかったのである。
なんとか声を絞り出して「え……?」とだけ言ったが、声が小さく掠れてしまったため、おそらく美智佳には聞こえなかっただろう。
彼女の言い分をまとめてみよう。もともと彼女はなにも言っていなくて、だから僕が嘘つきとはどういうことなのかを聞いた時も「なに言ってんの」となったわけである。
じゃあ、あの嘘つきという声はなんだったのだろう。空耳? それとも幻聴? もしくは違う誰かがここにはいた? つまり、怪奇現象?
どれだけ考えても、しっくりくるものはなかった。結局、なんだったんだろう?
「てゆうか聡、寝ておかないと明日学校行けないんじゃないの?」
姉の冷静な判断に、ああそうだったと思い出した。僕は一応病人。明日帰るためのルートを見つけ出すためにも、しっかり休んで全回復しておかなければ。
「ありがとう。じゃあ寝るから」
美智佳がうなずいて部屋を出たのを確認すると、僕は布団に入って目を閉じた。
目を覚まして時計を見ると、もう四時前だった。三時間弱くらい眠れたかな。
部屋には青い表紙の漫画『ドリームトラベル』が置かれていた。あれはもういいや。
しかし、心なしか数が減っている気がする。まさか、さっきの泥棒が盗んだ? それは困る! これは僕のじゃなくて美智佳のものなんだぞ!
そこに、美智佳がやってきた。彼女なら、減った漫画の数に気づくのだろうか。もし気づかれたら、僕は終わりだ。ジ・エンドだ。
「あ、うるさくて目、覚めた? ごめんごめん」
姉は笑いながら『ドリームトラベル』を手にとった。ん?
「さっきこれ運んでたんだけどさー、一回で持ってくのはあれだから十冊ずつにしてんの。だから、うるさかったかなって」
彼女はにこにこしながらそう言った。なるほど、撤収してくれていたのか。手伝おうか、と名乗り出たものの「あんたは病人でしょ」と断られてしまった。ちえー。
まあでも、彼女なりの気遣いだと思って受け止めておこう。
何度か美智佳が僕の部屋を行き来する中で、僕は再び寝ることにした。なんか、寝てばっかりな気がするな……。
そんなこんなで次の日。学校にやっと行ける!と喜んでいると姉に「キモい」と言われた。何故だ。
「熱、すぐに下がって良かったね」
美智佳はにこにこしてそう言うけど、悪意がにじみ出ている気がするのは僕だけか……? 不気味すぎるほどの満面の笑みがすごく怖いです。
そんな僕の気持ちも知らずに、彼女はフレンチトーストを頬張っていた。あれっ、僕のだけ普通の食パン!? ひどい!
「なんで僕のだけフレンチトーストじゃないの!?」
母さんに訴えたが、笑顔で「だって聡は甘いの嫌いじゃないの」と言われた。な、なんということだ……僕は甘いの大好きだというのに……。好みの違いがすごすぎるだろ、おい。
ってそうじゃなくて! 余計に美智佳に僕が聡じゃないと教えたみたいじゃないか? 実際、今すごく彼女からの視線を感じる……女子怖い。
「聡、やっぱりあんたって……」
ぎゃああああ! バレター!!
「あの、えっと」
取り繕うとするが、いい言葉が見つからない。ああもう! 自分の語彙力の低さを恨みたくなる!!
しかし、彼女はその続きを言わなかった。両親の前だからだろうか。まあ、この二人の前で言ったら美智佳が頭おかしいと思われるもんな。言うわけないか。
僕は食パンにマーガリンを塗ってかじった。
「じゃ、いってきまーす!」
美智佳は大慌てでぼさぼさの髪を手でとかしながら家を出て行った。いつも通り、遅刻寸前だ。僕もかばんを斜め掛けにして家を出た。灰色の雲が空を覆っている。雨が降りそうだな。
聡の傘はどれだろう、と傘立ての傘を見ていると、隣の家から少女が出てきた。誰かというとまあそれはヒカリなわけで。
「あれっ、創? 今日は学校行くんだ」
僕が今日も休むと思ったのだろうか、意外そうにこっちを見てくる。
「行くよ。調べたいことがあるから」
調べたいことというのは元の世界へ帰る方法なのだが、ヒカリに教えるといろいろ面倒なことになりそうだ。やめておこう。
「ふーん……ま、いいけど。さー行こう!」
ヒカリが追求してくるタイプじゃなくてよかった。
……ところで、僕はこの世界でもヒカリと一緒に学校に行かないといけないのか? まあ今さら彼女に「お前とは行きたくない」と言われても困るんだけど。それに、僕が「なんでわざわざこの世界でもお前の子守りをしないといけないんだ」的なことを言ったら後々面倒なことになりそうだし。今はまだ、いいか。
まあそんなわけで、学校はもう見えていた。ヒカリはさっきの会話を終えるとまた先々行ってしまった。
いつもより少し短くされたプリーツスカートが、彼女の動きに合わせて揺れる。それから伸びる細い足をじろじろと見た。ヒカリはどちらかというとぽっちゃりめで、太っているとまでは言わないが少なくとも痩せてはいない。こんなことを言ったらまた蹴られるのかもしれないけど、あれだけ暴れまわっても痩せないものなのだろうか。
僕はどちらかというと背が低くて細身な方だ。男としてはどうなのかとも思うが、特に体型に関して気に入らないことはない。ヒカリとそこまで背が変わらないのが屈辱である。……そういうのはおいといて。
同じブレザーに身を包んだ生徒がそれぞれおしゃべりしながら早足で僕を抜かしていく。あれもうちの学校の人たちか。背、高いなあ。何年生だろう? 年上かな。
「あっ聡。大丈夫だったか?」
僕の肩を軽く叩きながら声をかけてきたのは山崎。この間はお世話になりましたってやつだな。
「あー大丈夫大丈夫」
多分、大丈夫かっていうのは昨日休んだからだろう。うんうん、こないだいろいろ教えてもらったし感謝してます。そんでそのあとヒカリと真紀が入れ替わって……あれ?
僕は、矛盾に気づいて首を傾げた。真紀とヒカリは何であの時入れ替わったんだ? 二人ともが死にかけにならないといけなかったんじゃなかったっけ? それに、真紀はあっちの記憶を引き継いでいないような話し方をしていたし……ああ、あれは演技なのか。咄嗟の演技だったのか。真紀って結構すごいんだな、見かけによらず。敬語が急に馴れ馴れしいタメ口になったりしてたけど、あんまり違和感を覚えなかったのは僕だけか?
「聡、大丈夫?」
肩を叩かれた。あっ、また自分の世界に入り込んでいたような……。ちょっとなんかほんと、怖いからやめよう。
「う、うん大丈夫大丈夫。ごめん、なんか話してた?」
「いや、別になにも話してないけどさ……」
山崎は目を泳がせながらそう言った。え? なになに? なにかまずいことでもあるのか?
彼の方が背が高いから、少し上目づかいになりながらじーっと見つめると、前を向いてないとぶつかるぞと言われてしまった。うん、正論なんだけどさぁ……。
って、こんなことしてる暇なかったんだった! 早くヒカリに追いつかないと、ミッションが成功しないじゃないか!
僕は山崎に急いでいるからと言ってダッシュで学校に向かった。ヒカリは異常に歩くのが速いからなあ……。
結果だけを言うと? まあそれはそれは無念な結果でしたよ。校門を通るまでにヒカリの姿さえ見つけることはできなかったんだから。あいつ、いくらなんでも歩くの速すぎじゃないか……? まさか、走った?
学校に向かう途中、僕はヒカリに追いつこうとしながらもずっと帰る方法を考えていた。
たしかこっちの世界に来た時は、ヒカリと言い合いをしながら校門を通り過ぎてヒカリに蹴られたかなんかして、そのあと気づいたら自分の部屋にいた。それを僕は学校に行ってたというのは夢だと思い込む。そしたらそれはどこか別の世界にワープしてしまっていたというファンタジー的な出来事が起こってしまった、と。あら不思議。
まあそんな感じだったかな。ということはここでも同じような展開になれば帰れるのではないか、というのが僕の考え。
でも、あの時僕と一緒に学校に行っていたのはヒカリではなく真紀だということになっているはずだから、相手がヒカリではいけないのかもしれない。ヒカリと真紀は死にかけることによって入れ替わることができるわけだが、僕と聡の場合はそうはいかないらしい。実際、僕の方は学校に着いただけでなんの危険も犯してはいない。ヒカリの手紙によると二人ともが死にかけてたらしいから、聡だけが死にかけたからといって僕も巻き込まれるのは少し矛盾する気がする。
僕はなにかを考えていると歩くのが遅くなる。そのせいかヒカリはかなり前を歩いており、僕には見向きもしない。もしかしたら、声をかけられていたのかもしれない。けれど、考え事を始めると外部からの情報が全く入ってこなくなる僕は、それを無視してしまっていたのだろう。それで怒って先に行ってしまったのかもしれない。
それにしても怒りすぎじゃあないのかと僕は思う。誰だって考え事はするし、それを否定したら人権損害とかそういうのになるんじゃないかと。聞こえてなかったものは仕方ないじゃないか。それをぶちぶち文句言われても困る。まあ、言われてないけど。なんか言い訳みたいになってきた。やめよう。
ここの季節は相変わらずよくわからない。地球温暖化のせいで暖かい割には雪が残っている部分もあって、でもやっぱりコートを着るには暑すぎる。耳当てなんてノンノン。
結局光と一緒に校門をくぐることはできないまま学校に到着。廊下を歩いていると、ヒカリの姿が見えてきた。お、いたいた。そんなことを考えながらまたすたすた歩く。
「ねえ」
「うわっ」
ヒカリが突然声をかけてきて立ち止まった。うわ、危な。ぶつかるぶつかる。いつの間にこんなに距離が縮まってたんだろう。
「創はさ、元の世界に帰りたいと思う?」
今さらだ、と言いたくなるような質問だった。もちろんだと答えると、彼女は振り返ることもなく「そっか」と言った。少しさみしそうにも思えたけど、気のせいだと思うことにした。
聡と真紀のクラスはたしか違った。ということは、また面倒くさいことになるのか……。またあの変人が教室に乗り込んでこなかったらいいんだけど。ほんと、あの人の存在自体意味わからない。性格も言動もなにもかも意味がわからない。
そういえば、聡の周りには何故か厄介な人たちが集まっているような気がする。捕まったいろいろと危険なおばさんだったり、例の変人だったり。男で厄介な人は今のところは特にいないけど……。
というか、今日は帰れるか帰れないかの実験ができなかったんだよな……半分、ヒカリのせいで。
ヒカリと一緒にいないで校門をくぐってもなにも起こらなかった。ということは、やっぱりヒカリがいないといけないのかもしれない。初めてこの学校に来た時も、ヒカリも真紀も横にはいなかったからか帰れなかったし。
それにしても、本当にヒカリが寝ている時に入れ替わったというのがとても不思議である。あの言動は演技だったとしても、何であの場で入れ替わったんだろう? あとでヒカリに聞いてみるか。




