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暇つぶし

 そんなリア充ライフを送っていた僕に襲いかかったのは女子たちの猛攻撃かな。かなりすごかった。みんなキレるし、とにかくうるさい。あっちでもこっちでもぎゃあぎゃあうるさくて、うっとうしかった。めんどくさいのが嫌いな僕は、そういうのは無視したけど。

 ゲームはあんまり面白くなかったし、今から遊ぼうと言えるほどの友だちもいない。うん、たしかにそうだ。そこんとこだけはリア充ではなかった。

 リア充って彼女がいるいないだけじゃないと僕は思うけどなー。彼女がいたからと言って本当に充実してるかどうかはわからないと思うけど。むしろ、嫌なこともたくさんあると思う。いろいろあるじゃないか、交際にも。大変なこととかさ。

 裏切ったり裏切られたりとかだけじゃなくて、浮気とかなんたらかんたらいろいろ。

 別に自慢しているわけではないが、僕は今までに彼女が欲しいと思ったことはない。彼女がいたところで僕に利点はないと思っていたのだ。今はそうでもないけど、まあ別に好きな人とかはいない。だから、よっぽどのことがない限り彼女が欲しいとは口にしないだろう。

 部屋の中は蒸し暑い。時計の針が時間を刻む音だけが聞こえてくる。規則正しい、狂うことのないその音。ぼけーっとしながらそれを聞いていると、僕はあることに気づいた。


「ない」


 そう、なかったのである。なにが? それは目覚まし時計だ。僕は目覚まし時計を使っていなかったのだ。うん、そういえばそうだ。

 あっちの世界ではヒカリのうるさい声で目覚めるから目覚まし時計はいらないけど、こっちではヒカリがいないときもある。だけど目覚まし時計は使っていなかったな。そうか、母さんとかお姉様(笑)に起こされてたのか。そうだ、そういえばそうだった。

 とまあそんなことを考えてみたり。それにしても本当に暇すぎて死にそうだ。僕はもしかしたら暇すぎると死んじゃうのかもしれない。……なんだそれ、うさぎかよ。

 元の世界なら僕は一応スマホを持っていたから、暇つぶしにゲームをしたりとかしていた。育成ゲームやパズルゲームなど、いろいろ入れてから面白くなかったら消す。そんな感じで面白いものを絞り込み、遊んでいたのだ。結構容量もあったから、重くなってゲーム中に突然落ちることはなかった。そのおかげで、いろんなゲームを同時に入れることができたのだ。

 スマホゲームではなくても、普通のゲーム機を使ってアクションゲームをすることもあったし、それ以外ならテレビを見ることだってできる。七時くらいにやるバラエティ番組はとりあえずなんでも録画しておいて、よく暇な日に見ていたものだ。

 うーん……スマホは聡が持っていないから無理だけど、テレビくらいならいいかな。ゲーム機は賢者しかなさそうだから諦めた。賢者のやつはバグってるし。クソゲーじゃないか? 聡はよくあんなものを全クリできたな……。

 とりあえず僕は、テレビでいろんなバラエティ番組を録画することにした。知っている人がいるかどうかわからないけど。やだなー、今すっごいモテモテなイケメンとかがオジさんになってたら。元の世界に戻っても、そのイメージが離れなくて困る気がする。

 まあそれは仕方ない。出演者は僕が変えれるようなものではないのだ。さっそく録画をするために一階のリビングに向かった。え? 熱? うーん、なんか平気になってきたかも。

 リビングには誰もいなかった。これは好都合だと思い、急いで番組表を確認する。今日の七時からは『クイズでポン!』ってやつをやるらしい。なんだよポンって。それはとりあえず録画をしておく。クイズ番組は結構好きだからな。

 他のチャンネルを確認すると、七時半から『夜デストーク』っていうのがあった。面白いのかどうかわからなかったので番組情報を見てみると、芸能人が集まってその日のお題のことにたいしての意見などを言い合うようなものだった。こういうのも嫌いじゃないしなぁ……でも、誰が出るか書いてないしなー……。まあいいか、一応録画しておけばいい。

 そのあともチャンネルや日にちをいろいろ変えて面白そうなものを探した。ドラマもあさってから始まるものもあり、一応毎週録画にしておいた。

 ある程度録画が済むと、次は姉の部屋のゲームソフトを探すことにした。姉の部屋には多分ゲームソフトがあると思う。ゲームはここではあんまりやりたくないけど、テレビだけだとほとんどをリビングで過ごさなければならない。それはちょっとお断りだ。

 リビングは家族共用のスペースであり、テレビもまた家族共用のものである。だから、僕がずっと安全にテレビを見ていられるかどうかはわからないのだ。僕より姉が先に起きていてテレビを使われてしまっていることもあるだろうし、僕が使っていてもリモコンを奪われたりなどすることもある。いや、いくらなんでもそこまではしないか。でもまあ、なくはない。

 そんなことがありそうだから、自分の部屋で安全な暇つぶしをしたいのである。そしてそのためには、美智佳からゲームソフトを借りなければならない。結構難易度は高い気がする。僕の手に負えるのだろうか……と心配になってきた。だけど、僕は決心した。この暇すぎる世界を変えるために。この暇すぎる世界に、大きな発展をもたらすために。そして、僕が二度とこの世界で暇だと感じなくなるようにするために。

 僕は姉のドアの前に立って、おそるおそるノックした。コンコン、と異様に廊下に響いて少し動揺する。物音が聞こえたので、こっちにくる、と思った。そして、後ろに下がった。今度こそは、顔にぶつけられたくなんかない。

 ドアが音もなく静かに開いた。というのは嘘で、キイィーと軋む音がする。ドアが開いたあとそこにいたのは、


「なに? 聡」


 のっぺらぼう~!! ではなく、普通の顔をした姉の美智佳だった。まあ、のっぺらぼうなわけないけどさ。ちょっとノリで言って見ただけだよ、別にこだわりはない。そして、なにより美智佳は機嫌を直している。これは好都合だ。


「あのさ、ゲームソフト持ってない? 賢者のやつ以外で」


「……うーん」


 えっと、なんで悩んでいるんだ? あるかないかってことなのか、それが見つかるかどうかってことなのか、あるいは貸そうか貸さないでおこうかってことなのか。


「ちょっと待ってね~」


 彼女はそう言うとクローゼットを開けた。えっ、そこって服をいれるようなところじゃ……。

 それの中にぎっしりとつまっていたのは、ゲームソフトとゲーム機と漫画と小説だった。本来はきっと服をいれるためのその大きなスペースに、あまりなく詰め込まれている。なんだ、これは……。さっき悩んでいたのは、どれを貸そうかってことだったのか。


「うーん、ねえ聡、どれがいい?」


「その前にさ、どこまでがゲームソフトかもわからないんだけど」


 全然わからない。よくこんなに集めたなって思うくらいの量だから、もうなんかどこに何があるかさっぱりわからん。


「えっとね、ゲームソフトは一番下の列だよ。入らなかったのは二段目にちょっと入ってるけど、ちゃんとしゅるいごとにわけたりしてるからわかると思う」


 もう、姉の言葉が耳に入ってこない。なんなんだこれは。店かよってほど量のある漫画とゲーム。目に入ったものがすべて漫画だったりゲームだったりする。でっかいテレビゲームもあるし、もうなんかすごい。

 とりあえず一番下の段にあるソフトを見ていくことにした。といっても題名だけでは内容があまりわからないので、男女どちらでもできる簡単なゲームをいくつか出してもらった。


「この『ドリームジャンプ』はアクションゲームで、ジャンプしてゴールを目指すやつ」


「ふむふむ」


 僕は相づちを打ちながらその『ドリームジャンプ』とやらのパッケージを見つめる。目がチカチカしそうな色に、すぐ目をそらした。次、次っ。


「そんでこっちがストーリー系の『アンダブルソフィア』って言って、対象年齢十五歳以上。ちょっとグロいのあるから注意ね」


 それは僕は無理だな。グロいのとかダメだから。


「それからこの真っ黒なのが『ブラックモンスター』って言うんだけど、実はこのパッケージにもちゃんとブラックモンスターが描かれてるんだよね。よく見たらわかるんだよ! それでこれはそのモンスターを倒しながら街の平和を守るっていうやつ」


 彼女はそう言ったあと、まあ『賢者と魔法の森』と設定は似てるかな、と付け足した。そ、それはちょっと……。

 他にもゲームはいろいろあったけど、あまり気になるものはなかった。美智佳の説明を受けながら漫画を眺める。『ドリームトラベル』ってなんだろう、面白そうだな。七十巻まであるから、当分暇つぶしに使えそうだし。


「あのさ、やっぱ漫画借りていい?」


「えー?」


 美智佳はちょっと不機嫌そうだ。まあ当たり前か。せっかく説明してやってんのにゲームじゃなくて漫画かよって怒るよな。

 僕が『ドリームトラベル』をじーっと見ていると、美智佳は「え、あれ?」と疑うように言った。え、なに?


「あれかー。あれはまあまあ面白いんだけどさ、最初の設定が結構難しくて理解しにくいんだよね。でも全くわからずに進んじゃうともう話が全然わからなくなっちゃうの。だから買うだけ買って一回くらいしか読んでないんだよねー」


 設定が結構難しいのか。まあでも、そういうのだったらゆっくり読めるからいいかもしれない。僕は彼女の了承を得て七十巻全て借りた。

 部屋に戻ってさっそく一巻から読むことにした。内容はたしかに難しかった。普通の中学生男子が夢の中を旅する女の子に出会って一緒に夢の中の悪魔(そいつがよくある悪夢を見せているという設定)を倒す話なんだけど、まあラスボスだから強いんだよな。

 そしてそっからの展開が脱力。説明がまったくわからん。時空を越えたなんちゃらとか未来からの刺客とか意味不明。登場人物が極端に増えて顔と名前が一致させられないようになるし、最初の設定がごちゃごちゃになってきた。

 十巻まできたところでこの様子。全巻制覇はかなり厳しそうだ。美智佳の言っていたことは正解だった。話が難しいしめんどくさい。意味がわからない。そして疲れた。

 一応僕は熱があるので寝ておくことにした。せっかく学校を休んだんだから、しっかり休んで明日に備えないとな。……あれ? なんで、姉は家にいたんだ? どうして? なんで? まあいいか。どうせ創立記念日とかそんなんだろ。

 そんなことを考えていると、眠気を感じた。あー眠い。よし、これは寝れる――――。予想通り、僕は寝た。



 どれくらい時間が経ったのだろう。一度寝るとかなりの時間眠ったままであることが多い僕は、時間感覚がおかしくなることがよくある。そのせいで、カーテンの外を見ても一瞬時間がわからないのだ。寝過ごした? とか、朝ごはん食べたっけ?とかそういうことを考える。そして時計を見て驚愕するといういつものパターン。

 時計を見てみると、十一時を過ぎていた。寝たのは何時頃だったかなー。

 それからしばらくして。昼ごはんに呼ばれた僕はリビングにいた。だいぶ熱も下がってきたみたいで、明日には学校に行けそうだ。体の調子も悪くないし、健康同然でもある。


「あたしの学校、今日創立記念日で休みなんだよねー」


 美智佳は笑い声をあげながら言った。やっぱりそうか。

 それにしても創立記念日で休みになるとは、この時代の学生はゆとり世代なのか? 元の世界では創立記念日でも休みにはならないぞ。うらやましい限りだ。


「聡は明日から学校行けるんじゃない?」


 美智佳が卵焼きを頬張りながらそうつぶやく。口の中に食べ物いれたまま話すな。つば、つば飛んでるからっ!


「ちょっ、汚い!」


 僕が叫ぶと姉は明らかに嫌そうな顔をして「レディーに汚いとか言うなんて失礼ですー」と頬を膨らませた。本当にレディーなら口に食べ物が入っているときは何も話さないと思うけど。


「ほら、二人とも黙って食べなさい」


 母さんにそう言われて、僕らは口げんかをやめてもくもくと白米を口に運ぶ。

 おかずはさっき美智佳も食べていた卵焼きとパリパリに焼かれたウインナー。それから得体のしれない刺身。なんの魚なのかわからないからちょっと怖いけど、母さんがそんな怪しげな魚を出すことはまずあり得ない。だから、普通に醤油につけていただく。これでご飯が酢飯なら最高なんだけどなあ……。



 昼ごはんを食べ終わって部屋に戻ると、まず最初に青い表紙の『ドリームトラベル』が目に入った。瞬時に現実に引き戻されたような気がして、気が重くなる。これはもう、読めそうにない……。

 なんで美智佳は七十巻まで購入したんだろう。僕なんて十巻まででお手上げだぞ。あいつ、見かけによらずすごいんだな……。よく買う気になったな。そしてよく読む気になったな!

 彼女はちゃんと七十巻まで読んでいたらしい。最後まで説明してやろうかとも言われたが、そこまでしなくても読めると思っていた僕はそれを断った。まあ、実際は七分の一で諦めたんだけど。

 げっそりしながら積み重ねられた七十冊の漫画を眺めていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「聡、読み進めてるー?」


 僕がドアを開ける前に入ってきた。ふ、不法侵入っ! いや、別にいいんだけどさ。


「いや、全然。返してもいい?」


「借りるって言ったんだったら読みなさいよ」


 じろっと睨まれる。そんなこと言われても……。まさかこんなに面倒な内容だとは思わなかったんだし。まあたしかに美智佳は僕に忠告をしてくれていたけど。

 でも、こんなにくどくて長くて複雑で面倒だとはさすがに考えなかった。美智佳が読めるくらいだというのに、一応読書家の僕が読めない漫画だとは……。


「ごめん、無理」


 ごめん、ほんとに無理。なに言われてもこれだけは譲れない。読めない。


「なんでよー。ったくもう、そんなのだからろくな大人になれなかったのよ」


 呆れて言う彼女に、僕は平然と返した。


「はいはい、なれなくってごめんなさいねー……なれなくって?」


 途中で、美智佳の言葉を思い出して眉を寄せる。なれなかった? そんなんだったらろくな大人になれないよ、じゃなくて? そんなのだからろくな(・・・・・・・・・・)大人になれなかった(・・・・・・・・・)……? なんで過去系? ホワッツ?


「いっ、今のは言い間違いよ! そんな変な目で見んなっての! 言い間違いなんて誰にだってあるでしょ! バカにしないでよねっ!?」


 必死の弁解をする美智佳を見て、やっと脳が正常に働きだした。ただ単に言い間違いをしただけだったのだ。そうだよな。だいたい、なんで過去系の言葉を使うんだよ。おかしいだろ、どう考えても。

 つまり、さっきの過去系の文章は間違いだったのだ。正しくは、おそらくそんなのだったらろくな大人になれないよ、的なものであろう。ってこれさっきも考えたな。


「わかったわかった。落ち着いてよ、別に僕は変な目なんてしてないし」


 そうやって美智佳をなだめていると、不意に彼女が顔をあげた。僕もつられて天井を見上げる。


「えぇ?」


 そこにいたのは――――というか、ぶら下がってこちらを見下ろしていたのは、真っ黒なモノ(・・)だった。な、なんだこれは。


「ぎゃー! なにっ、なになにっ!? ちょっと聡っ、あんたなんでこんなの連れ込んでんの!?」


「いや、僕が連れ込んだんじゃないし! 僕も知らなかったし! つーか、普通こんな明らかに変質者なのを家に入れるわけないだろっ!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いを始める僕らを見て、その真っ黒なモノは少し動揺しているようだった。まあ、話の話題にはなっているものの無視してるし。存在とかはどうでもいい感じの。

 この人がいること、なんで今まで気がつかなかったのかが不思議。それとも、さっき入ってきたばっかりとか? いやいや、さっきっていつ?


「お前らっ、黙れ!」


 さっきの動揺した様子とは一転して、低く掠れた声が四畳半の部屋に響く。ところで、誰ですか?


「ぎゃー! ぎゃー!!」


 美智佳、聞く気なし。上にいる真っ黒さんは完全に怒っているようだ。まあまあそんなイライラしないで。血圧上がって早死にするよ?


「黙れって言ってんだろクソガキ!」


「ぎゃー! ぎゃー!!」


 美智佳、まったくビビらず。いや、ビビりすぎてるのか? あと、彼女は決してクソガキではないと思う。少なくとも、ガキではないと思う。高校生ですから。……いや、精神年齢だけは小学生以下かもしれないな。

 そんな精神年齢小学生の姉はおいといて、僕は天井に貼りついている不法侵入者(まっくろさん)をじーっと見つめた。真っ黒な全身タイツで顔まで隠している。前、見えてるのか?

 のんきに考えていると、不法侵入者・真っ黒さんがポケットからギラっと輝くナイフを取り出した。なににも包まれずに入ってたみたいだけど、足は大丈夫? あっ、血が滴り落ちてますけどっ! 汚い!

 それはそうと、どうやって天井に貼りついてるんだろう? 元忍者とか? すごいなあ、さすが忍者。いつ入ってきたのかな。でも、こんな家に来ても金目のものはなにもないと思うけど。あったとしても母さんの一万円のネックレス……ってこれは元の世界の方だった。ここにはなにか金目のものがあるのだろうか。


「お前らっ、これが見えてるのかっ!」


 不法侵入者はナイフを見せびらかそうとそれを振り回すが、その反動であっけなく床に落ちた。どすーん。下手したら近所にまで届きそうな音が響く。巨体が天井から落ちたらこんな音がするんだなー。貴重な経験をさせてもらったなー。

 のんきな僕とは違って美智佳の方は壁の端に身を寄せていた。ぶるぶる震えている。まあ落ち着け。ヤツは落ちた。


「大丈夫?」


「さ、聡、なんであんたそんなに平気そうなの……」


 どうやら美智佳は腰を抜かしてしまったようだ。おーい、大丈夫かー?


「お、お前らっ! 生意気な野郎め!」


 こういうのを逆ギレって言うのかな。生意気もなにも、勝手に落ちただけですよね? それ、ただの自爆じゃないか?

 もしかして、ナイフにビビると思ってんのかな。ああでも、一応美智佳はビビってたかもな。まあでも彼女は女子なので。そして精神年齢小学生なので。


「ぎゃー! ぎゃーぎゃーぎゃー!」


「ちょっと黙って」


 相変わらず美智佳はうるさい。ずっと悲鳴をあげている。あれれ、悲鳴あげさせちゃっていいのかなー? このことに気づかれて困るのは真っ黒さんの方じゃないかなー? 大丈夫なのかなー? ……ちょっと嫌味っぽく言ってみたけど性格悪いやつみたいだからやめた。


「いやーっ! 来ないでー!」


「黙れー!」


 いやいや、黙ってほしいならまずナイフしまおう? なんでもいいからナイフしまおう?


「いやだー! 死にたくないよー!」


 ……ナイフって言ってもこのナイフは刃渡り十センチにも届かないほどの小さな小さなナイフだ。刺されても多分死なない。いや、死ねない。

 まあ、場所によっては出血多量で死んじゃったりするかもしれないけど、切れ味悪そうなあの刃じゃ皮膚すら切れない気がする。


「あのさ、ちょっと落ち着いてくれない?うるさい。死なないから」


 喚く姉にそう告げると、僕は真っ黒さんに向き直った。彼はどうやらナイフがあればなんでもできると思っていたようだ。十センチでビビると思っていたのか? すごいな。


「ビスケットを食べたのも、あなたですか?」


 僕はじっと全身黒タイツの男を見上げた。賞味期限切れのビスケット。僕の、というか聡の机にあった、駄菓子屋に売っているようなちっさいやつ。あれだけしか食べなかったのか? つーか、何故逃げなかった。

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