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ヒカリは実は天才だった説

 ヒカリ、すげえ。これ、ヒカリが小五のときに書いたやつってことだろ……?えー、察しがいいなー。勉強はできないくせに、すごい頭いい人みたいなんだけど。


「そ、そんなことが……あったんだ」


「はい。あと、ヒカリさんの性格などについても詳しいものが書かれていて、私が困らないようにしてくれました。まあ、五年も過ごしているうちに大体のことはわかったんですけどね」


「は、はあ……」


 それよりも、真紀の敬語が怖い。普通にしてくれないかな、こっちまで敬語を使いそうになる。なんか真紀がめちゃくちゃ大人っぽく見えるぞ。

 真紀は大きな瞳をこちらに向けてきて、首を傾げる。


「他に聞きたいことはありますか?」


 どこのインフォメーションだよ。この人、絶対接客業向いてるわ。


「いえ特にありません」


「え、なんで敬語なんですか」


 よく見ると、真紀とヒカリは意外と外見が違う。一見双子のようにも見えるほど似ているが、パーツが違ったりする。ヒカリの方が目が大きくて、アヒル口。真紀は黒目だけ大きくておちょぼ口。他にもいろいろ。

 って、違うところがあるのはおかしくないか。別に二人は親子とかじゃないしなー。逆に、そこまで似てた方がすごい気がする。六年気づかなかったんだもんな。


「それならよかったです。これから、元の世界に戻れるように頑張りましょうね」


 真紀はにこにこしながらそう言った。え、死にかけにならないといけないんじゃなかったっけ? なんか怖い。


「お、おう……。頑張るよ」


 死にかけにはなりたくないがな。まあ、できる限り頑張るっていう意味で。

 真紀は満足そうに頷くと「じゃあ、今日から修行です♪」と笑った。……んん? しゅ、修行とは?


「修行、って?」


「え? 修行は修行ですよ?」


 いや、その内容を訊いているんだけど。あの、まさか修行って、死にかけになるってことですか。いや、あの、まさかですけど。


「さあ、一緒に死にましょう♪」


「え、っと?」


 死にましょう? 死にかけになりましょうじゃなく? 真紀さん、怖いですけど。


「えーと、真紀さん?」


「はい? どうしました? 大丈夫ですよ、本当に死ぬわけじゃありませんし♪ 比喩ですよ、比喩。ただの隠喩です」


 隠喩……。怖いなあもう。ってか、修行ってなにするんだろう。死にはしないけど死にかけにはならなくもないらしいし、うん、僕だったら死ななくもないかもしれない。むしろ死ぬんじゃないかな。いや、真紀さんもしかしてそれが目的ですか? うーん、それはさすがに被害妄想しすぎかー。

 いや、でも本当に心配になってきた。こんな怪しげな事ばっかり言う人を、簡単に信じてもいいのだろうか。さっきの手紙だって自作自演かもしれないし……あ、なんかネガティブな発想が。やばいやばい。


「あ、ところで創さん。ヒカリさんに会いたいですか?」


「ん?」


 真紀がにこにこと笑顔で尋ねてきた。ヒカリに会いたいかって? いや、そりゃ、会えるものなら会いたいかなー。いろいろ話したいし。さっきの手紙のこととか詳しくさ。一人で勝手に納得して、頷いた。


「うん、まあ」


 会いたくないことはない。会わせてくれるんなら会いたい。みたいな感じだったんだけど……。


「そうですか、それなら」


 すると突然真紀が窓を跨って、ばっと飛び降りた。は?

 どしゃあっというグロい効果音の後、窓の下を覗いた。し、死んだんじゃ……。ど、どういうことだこれは。ヒカリは嫌がってたんじゃなかったのか? これは、死んだな。無理すんなよ。


「あ、やっほぅ創~」


 生きてた。しかもどうやらヒカリらしい。創と呼び捨てなところと顔にあるほくろが確信できるポイントだ。僕は目と耳はいい方なのだ。本当に死にかけると入れ替われるんだ。それにしても不思議だな、ヒカリがなんの戸惑いもなく「やっほぅ」とか吐かしているぞ。頭でもおかしくなったのだろうか。


「待ってね~今上がる」


 え、まさか僕の部屋に直行? いや、いいんだけどさ。別にいいんだけどさあ……。

 うーん、なんだろうこの違和感。なんか、すごくファンタジーを身近に感じてしまった気がする。ファンタジーってもっと遠いものだと思ってたんだけど、なにこの軽さ。突然異世界から迷い込んできた女の子が何故か自分の家の屋根に落ちてきてその音に気づいた僕が屋根を見てみると女の子が倒れていたー。そして僕はそれを救助しお礼にと異世界に連れられる。みたいなことがどこでも起こる軽さだよな!

 とか考えていると部屋のドアが開いてヒカリが現れた。


「はーいあなただけのアイドルヒカリでーす」


「黙れ」


 初っ端からウザいヒカリ。あれ、これって通常運転だっけ。


「あはは、冗談だよ~」


 てへぺろ、ってしながら笑うヒカリ。……う、うんわかった。なんかわからんけどわかった。


「で、なんでそんな戸惑いもなく自然な感じなわけ?」


「んー? まあ、なんとなく予想してたしぃー」


 でも、彼女が残した手紙には死にかけにならないでと書いてあった。それを真紀が裏切るとわかっていたのか?


「それにしても真紀ちゃんやるねぇー。まさか飛び降りとは」


 間抜けな顔をしながら彼女は言う。


「そこまで把握してるんだ」


「気づけば庭に倒れてたんだからそれくらい察するよ」


「なんかヒカリが頭良く見える」


 これは本当にヒカリなのだろうか。すごく頭良く見えるぞ。そう、本当にすごーく。何かの間違いとかじゃないだろうな?

 僕はシャキッとしているヒカリを見て目を細める。怪しい……。何かが怪しい……。


「ちょ、ちょっとなによその顔。あたしはあたしだからね? も、もしかして怪しんでるの!?」


 じーっと訝しむようにヒカリを見ていると、彼女は慌てながらなんとか信じてもらえないかと奮闘していた。はいはい。いや、でも本当に不思議だ。なんであれだけバカなヒカリがこのファンタジー的なことについてはいろいろわかったんだろう? 彼女はたしか本もあまり読まないタイプだったはずだ。


「それにしても、こんなところで漫画の知識が役に立つとはねー」


 予想だにしなかった展開だーとか棒読みで言っている。漫画?漫画の知識?


「……ヒカリ、漫画って?」


「んー? 漫画は漫画だよー。前に読んでたのがタイムスリップ系のファンタジーだったの。そのときにねー、主人公が崖から落ちて、ああ死ぬんだ……ってときに戻れたっていうシーンがあったんだ! だから、これかなーと思って、真紀ちゃんへの手紙に書いてみたの。実際あたしもそうだったし!」


 漫画……漫画かよ。漫画で得た知識をそのままそっくり真似したらまさかの大成功! っていう……。なんだよそれ。意味わかんねえよ。


「あ、でもヒカリ、死にかけると本当に死ぬかもしれないからしないでって書いてたよな?」


 僕は抱えていた一つの疑問を解消すべくそう訊いた。するとヒカリは「ああ」と頷いて笑った。


「あれはねー勝手にそう考えてただけ。真紀ちゃんが勝手にやってあたしが帰れなくなったら嫌だからさぁー」


 なんだそれ。勝手にってことは、つまり適当か? おいおいおい。僕は信じてたんだぞ。だから真紀が飛び降りたときすごく動揺してたんだぞ。なんだよー嘘かよー。ふざけるなよー結構真に受けてたんだぞ。


「なーんだ」


 僕がそうつぶやくと、彼女は「ごめんごめん」と謝りながらも図々しく「お菓子ないの?」と訊いていた。はいはい。


「持ってくるから、あさるなよ」


「了解っ!」


 ヒカリは敬礼ポーズで僕を見送った。ったく……調子いいなあ。

 一階に降りて適当に冷蔵庫から水羊羹と板チョコの残りを出し、棚からビスケットとポテトチップスを取り出した。ヒカリは量より種類の多さなのだ。めんどくせー。

 再び二階に行くと、ヒカリは本棚にあった本を貪るようにして読んでいた。……やっぱりヒカリじゃないんじゃ。本を読んでいるヒカリなんてヒカリじゃない。怖い。


「あ、ねえねえ創、見てこれ。『火星のふしぎ』っていう本らしいんだけどさ、めっちゃ面白いよ! 火星には火星人がいるかもしれない! とか書かれててなんか心霊写真みたいでウケる~」


 ヒカリが水羊羹を口に含んだまま爆笑している。どこに笑う要素があったのかさっぱりわからない。理解できない。やっぱ暑さで頭おかしくなったのかな。


「あ、しかも見てよこれ。『ちゃんちゃらかんちょら』っていうギャグマンガがあったんだけどさー全然面白くないんだよ! ウケるわ~」


 なんで面白くないのにウケてんだよ。意味わかんねえよ。なんだくょちゃんちゃらかんちょらって。全然わからん。そして爆笑しているヒカリ。キモい。

 しばらく突き放したような目でポテトチップスをつまむ彼女を観察していると、急に「あっ!」と声をあげた。な、なんだよ驚かすなよ。


「やっばーいあたしぜーんっぜん宿題やってなぁーい。宿題しなくちゃあー。んじゃあ帰るねーお菓子ごちそうさまー」


 皿の中に大量に残ったお菓子を少し名残惜しそうに眺めながら、彼女は棒読みでそう言った。なんで棒読み? 全然気持ちこもってないぞ。どうしたんだよー。


 棒読みでヒカリが帰ったから、僕はベッドに寝ころがった。暇だなーどうしよう。ゲームも飽きたしつまらないし、やることないな。

 そうだ、元の世界に帰ってみようかな。意外と簡単に戻れることが判明したし、真紀も余裕で入れ替われたんだから大丈夫だな。

 僕はさっそく窓をまたがってみた。おお、結構高い。真紀はこれをひょいっと飛んだわけだからすごいよな。よし、ここは頑張って……。

 飛んだあ! 淺木創飛びましたあああ!! 生温かい風とともに落ちていくうう! ふーー! ……なにテンション上がってんだろ。これで死んだら終わりだな。オワタだ、オワタ。

 背中に強い衝撃を受けて数秒。景色は変わらない。あれ? なんと元の世界に帰れなかったのである。なんということだー! あんなに飛んだのに! 痛いだけとか意味わかんねえよ、ふざけんなよバカやろー!

 ヒカリ、あいつ嘘ついたのか? いや、でも真紀とヒカリは入れ替わっていたしな。もしや演技!? いやいや、ほくろもあったし。

 あれー、じゃあ何で帰れなかったんだ? このくらいの衝撃じゃだめなのか? 真紀との衝撃の差があったのか? うーん、わからん。とりあえず帰れないということだけわかった。うん、わかったわかった。いや、どうしよう。帰れないとは思わなかった。これは大ピンチじゃないか? やばいやばい。帰れない。

 しばらく悩んだ。さて、どうするか。このままだと永遠にここにいないといけないんじゃ……。それはさすがにだめだろ! 無理! ノーサンキュー!!


「ヒカリいぃ!!」


 階段を上がって自室に飛び込み窓の外へ向かって叫ぶ。ヒカリは真面目そうな雰囲気を醸し出して『火星のふしぎ』に読みふけっている。

『火星のふしぎ』をパクられているがまあそれはいい。僕は火星についてなんの不思議さも抱いていないからな。興味ない。でもちゃんと返しておかないと聡にも真紀にも迷惑がかかるんだからな。わかってるんだろうなぁ。

 ってか、宿題はどうしたんだ。宿題なんて今まで一度もやったことなさそうだけど、自分でやるって言ってたじゃないか。怖い怖い。嘘つきは泥棒のはっじまり! ですよ、ヒカリさん。


「んー?」


 お気楽そうな顔で振り向かれる。それにたいして僕はむすっとしながらつぶやいた。


「窓から落ちても帰れなかったんだけど」


 するとヒカリは『火星のふしぎ』から目を離すことなくつぶやいた。もちろん棒読み。


「えー? マジでー? なら、種類が違うんじゃないの?」


「は?」


 種類が違う? どういうことだ?


「んーだから、なんて言えばいいのかな? 人によって帰れる手段が違うんじゃないの? あたしと真紀は、たまたま死にかけになれば帰れることができただけでさ。創と……誰だっけ、聡? は、また違うんじゃないの? ま、それは自分で見つけ出せばいいんじゃなーい? ファイトー」


 他人事だと思って……。だいたい、聡とどうやってコンタクトをとれって言うんだよ。帰れない以上手紙の交換も何もできないじゃないか。……うん? 名案だ。名案を僕は見つけたのだ。


「ヒカリ、一回落ちてくれないか?」


「殺すよ?」


 あっさり却下された。ちえっ。しかも殴られた。痛い。

 僕の考えでは、まずヒカリと真紀に入れ替わってもらい、真紀に聡に伝えてほしいことを教える。そしてまた入れ替わってもらい、伝えてもらう。以上。

 でも、いくらなんでも何回も窓から落ちるのは危ないし、万が一打ちどころが悪くて死んだりでもしたらそれこそジ・エンドだ。それは困る。よってボツ。そっかぁ……ダメか……。

話がややこしくってすみません

まだ10万文字に到達していないので、まだまだ続きます

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