ゲーム
「うわあ~……」
淺木創、高校二年生。ただいま超後悔中。信じられないだろ。僕、腹パンされただけでプライド捨てて土下座せん勢いで謝り倒したんだぞ。しかも全部敬語だぞ。ただの姉なのに! 普通の姉弟なのに! なんで僕がこんなに損しないといけないんだよー。しかも、実の姉弟じゃないし。僕は違うし。
こんなのひどい、扱いが違いすぎる。なんで、弟って下僕扱いされやすいんだろう。あ、でも僕は実際は兄だけどパシリにされてるな。これは果たしてどういうことなのか。意味がわからないよ。僕の性格がパシリにされやすいだけか。最悪な性格だな。
だがしかし、僕にだってプライドというものがある。さっきはそれを捨てたんだけど。もちろん、なにを言われても平気、みたいな鋼のメンタルを持っているわけでもない。まず鋼のメンタルってなんだよ。意味わかんねえよ。もう嫌だなあ。結局僕はどこに行っても踏みつぶされる側なんだよな。わかってるっつの。
「あぁーもう」
ため息をついた。もう一回寝れないかな。無理か。
そういえば聡はスマホとか持っているのだろうか。見たところなさそうだけど。部屋の中を探していると、ベッドの敷き布団みたいなやつの下にガラケーが挟まっていた。なんだよ、スマホデビューしてないのかよ。まあ僕もガラケーだけど。それをよく見ると……あれ? これ、僕のじゃない?
中身を見てみると、やはり僕のガラケーだった。んん? なんで僕の携帯がこんなところに? 聡、お下がりでお父さんからいただいたのか。
じゃあ、聡はこれを使っているっていうことでいいのか? いや、でもメールも写真も僕が使ってそのまま時が止まったようになっているから使ってないのか? 懐かしい写真もたくさん残っている。あ、これ中学の体育祭のときにこっそり携帯持っていって撮ったやつだ。
写真やメールなどを見て楽しみながらも、目当ての聡の携帯が見つかっていないことがまだ頭の中にあった。聡は携帯を持っていないのか? 結構機械音痴だったりする? えー、僕は結構機械いじり好きなんだけどなぁ。分解とか楽しいし、説明書を見ずに手当たり次第に操作するのも面白い。一通り楽しんでから説明書を見て「こんな操作方法もあったのか」とか思いながらもう一度やり直すのが特に楽しい。こんななのに息子が機械音痴だったら驚きだなあ。まあでも親に似ない子だっているものだし、別にそこまで驚く内容じゃないか。
「うーん」
それにしてもほんとに暇だなー。学校には結局行けずじまいだし、すり傷が地味にヒリヒリするし。寝ようとも寝れないし。ゲームとかなさそうだなーこの部屋。
そう思いながら棚をあさっていると、本棚の奥に一つだけゲーム機が置いてあった。なんで本の後ろに隠してるんだ。
それをじろじろ見ると、どうやらソフトも入っているようだ。これをやってみよう。暇つぶしくらいにはなるだろうし。
ベッドに寝ころんでさっそく起動してみると、真っ黒だった画面が白く光り出した。青い太文字でゲーム会社の名前が書かれて、スタート画面になった。Aボタンを押すとスタートらしい。なにこれ、RPG? よくわからん。ソフト名は『賢者と魔法の森』……うん、RPGだ。
『賢者と魔法の森』はセーブデータが三つあって、そのうちの一つはキャラ名サトシ、全クリ。もう一つはキャラ名ミチカ、全クリしてないけど手はつけてある。最後のはまったく手をつけていなかった。サトシ・データを使おうとしたが、別に最初からでいっか、ということで新しいデータのところからはじめた。
ゲームの内容は平凡な主人公が賢者に選ばれて入った者は帰ってこれないと言われている魔法の森を散策するという感じだ。途中でであったキャラを仲間にしたりモンスターをバッサバッサ切っていったりなど結構自由にいろいろできる。……というのが僕の考えである。イメージ的な。
始めてすぐにオープニングが始まって魔法の森に行ってほしいと主人公が頼まれるシーンが流れる。最後は主人公が森に入ってオープニングが終わって本格的にゲームが始まった。スタート地点は家。出ていくとまず下画面のマップを見ながら魔法の森に向かう。結構早くついたので、さっそく入ってみることにした。その瞬間、画面が真っ黒になってチャラリラリーと無駄に音のでかい効果音が聞こえてくる。なんだよ、びっくりしただろ。
【モンスター が 現れた!】
早いな。えっと武器は……な、ない! なにこれ、最初に調達しないといけなかった!? あーれー。あっさりゲームオーバー。主人公が倒れている画面が映し出されて、それもまた黒くなってスタート画面に戻った。えー。僕の知ってるRPGと違う。
僕はゲーム機を手に持ったまま立ち上がって隣の部屋のドアをノックした。美智佳の部屋だ。ここで美智佳のプレイを一度見よう。してみてーとか頼んだらしてくれるかな。
「はいー?」
ここで一つ注意するべきことがあった。この家のドアはすべて外開きである。
「いった!」
美智佳が開けたドアが思いっきり額にぶつかった。しかも角の方だったから余計痛い。めっちゃ痛い。血、出てないかな。
「うわっ、もうやめてよ。もうちょっと離れて待ってたら良かったのに」
うわって言われた……うわって。なんだよ、うわって。そんなに驚くこと? ちょっとショック。
「で、なに?」
「あー、えっと」
僕はゲーム機を差し出しながら事情を告げた。
「それで、やってくれないかなー……と」
「ふーん」
ふーんってなんだよ、ふーんって! 真面目にお願いしたのに! 真面目にお願いしてるのに! 真面目にお願いしますなのに!
「別にいいけどさぁ……」
美智佳は僕が思っているほどバカではなかった。むしろ、頭良かった。まるで受験生みたいな真剣な顔をして、彼女は言った。
「聡、これ全クリしてるじゃん」
……してるよ! してるけど、それ僕じゃないから! やー! だって、僕は僕でちゃんとやりたいから新しいセーブデータを! ……えーと、これ言っても無駄だな。
「う、うんしてるけど」
やっぱり、これに相談するべきじゃなかった。僕は美智佳に「久しぶりにやったら操作方法がわからなくなったからお手本を見せて」と頼んだ。もちろん操作方法が聞きたいわけじゃない。ルールが知りたいのである。だってこのままやり続けたら行き当たりばったりで何回もゲームオーバーになる気しかしない。
美智佳は「仕方ないなあ」と言いながらもにこにこしてゲーム機を受け取り自分のデータで一番最初のステージをプレイしてくれた。が、しかし。彼女はある程度進めているため武器をすでに装着済みだった。よって武器の調達方法がわからないのだ。
「この武器、どこで買った?」
「え、これ? もらったんだよ、橋の上のおじさんに。聡もやってたじゃん。ビー玉あげたら代わりにもらえるやつ」
なんだその制度。でもこれをするのは最初からじゃダメな気がする。ビー玉持ってないし、どこの橋かわからないし。
「そういえばそうだったっけ」
適当に返事をしていると急に美智佳が「そういえば」と話を切り出した。え、なんですか。
「なんで初めっからするの? 全クリしてるんだからこっちやればいいのに」
ごもっともです。でも最初からがいい。
「クリアしてるやつなんて面白くないじゃん」
「そっかなー?」
美智佳はずっと話しているがちゃんとゲームも進めてくれている。データは彼女のだけど。最初のモンスターは一回か二回持っている剣で切ればすぐに倒れるらしい。単純だな。あれ、こういうのってRPGって言わないんだっけ? あんまり知らないからわかんないなー。
ゲームは好きだけどゲームのことをとてもよく知っているかと言えばそうでもない。知識が偏ってるからわからないことが多い。わからんわからん、全然わからん。
「あっ、ここむずいよね。あーっ、やばっ! ちょっちょ、あぁ!? 今のずるいでしょ!」
ゲームをしすぎると独り言が多くなるんだな、注意しよう。ちょっと、ボタンガチャガチャ押さないでよ、壊れる壊れる!
「あとは自分でやって!」
あれ、なんか機嫌損ねちゃった? ま、いっか。自分の部屋でやろう。
「ありがと~」
僕は美智佳の手からゲーム機を受け取ると彼女の部屋を出た。少し廊下が肌寒くなってきたけど、冬とは思えない暖かさだなぁ。
部屋に入るとベッドに寝ころがってゲームを始めた。とりあえず武器の調達をするしかない。聡のデータでやるのはちょっと嫌だし。どこに行けばいいのかなー。
家に出てから街の中をうろうろしていると、武器屋を見つけた。ここか。早速覗いてみると大量の剣や盾が売ってあった。一番ショボそうな剣の値段は千ラム、か。ラムってどういう意味なんだろう。羊だっけ? お金の単位が羊……いや、違うかもしれないな。そういう意味のラムじゃない気がする。
所持金を見てみると……え、ゼロ? ゼロラム? ええぇ? そんなことある? 普通、武器買えるくらいのお金持ってるものじゃない? 旅に行くってんのに一銭も持たせないなんて、親鬼だな。怖すぎだろ。でもお金稼ぐには狩りをして売り飛ばさないといけない。僕には狩りのための武器がない。武器を買うお金もない。以下ループ。……どうするんだよ!
ただいま、ゲームをやめて呆然。どうやってお金を稼ぐんだ。所持金ゼロ、武器もなにも持っていない。持っているのは街の地図のみ。どうすればいい。うーむ……どうしよう。今度こそ姉に訊くべきだろうか。いや、でもまた「全クリしてんじゃん」と言われたらなにも言えないしな……。
うーん、他にこのゲームをしている人はいないかなあ。ってか、なんでここまで必死になってこのゲームをしようと思っているんだろう。
あ、真紀はやっているかもしれない。姉がやっているのなら、別に男子向けのゲームだってわけではなさそうだ。老若男女みんなやってね! ってわけでもなさそうだけど、まあ若い人がやりそうなゲームっぽいし。僕は窓から体を乗り出して叫んだ。
「真紀ー!」
中で何かをしていたようで、すぐにカーテンを開けてくれた。でも、なんか怒ってた。
「なにしてくれんの! もう! せっかく最後のピースだったのに、失敗しちゃったじゃない!」
は? 最後のピース? なんの話だ。
真紀の手元を見てみると、大きな額縁にくっつけられた細かいパズルのピースがあった。でも、一番端っこの一つだけしっかりはまっていない。彼女が言っているのはこれか。
「せっかく綺麗にできてたのに! 聡のばか!」
……これじゃあゲームのことを訊けそうにない。諦めて姉に訊こう。あと、失敗したのは多分僕のせいじゃない。
ドアを叩いて姉を呼ぶと、すぐに彼女は出てきた。
「また? なに?」
「いやぁー、この、最初のお金の稼ぎ方忘れちゃってさ。どんな感じだったっけ?」
僕がそう聞きながら所持金を見せると「あれ?」と姉が首を傾げた。
「なんであんたお金持ってないの?」
「え?」
最初からこんなんだったけど、と付け足すと、彼女は目を見開いて「ありえない」とつぶやいた。え、ありえないの? なにこれ、じゃあバグ?
「とにかく、お金稼がなきゃだね。これにはバイト機能があるから大丈夫よ。適当な店に行って店員に話しかければ、バイトするっていうボタンがあるからそれを押せば勝手に働いてくれるんだよね。楽だからずっとあれで稼げたらいいんだけど、森に行かないと意味ないしねー。だから、しばらくそっちである程度稼いでから魔法の森入ればいいんじゃない?」
美智佳は的確な指示を出してくれた。おお、頼りになる!
「わかったー」
じゃあ手っ取り早く武器屋で働こう。それにしても、なんで賢者がバイトをしてお金を稼がないといけないんだろう……。所持金ゼロとか、バグの中でも結構嫌な方だな。
とりあえず武器屋でバイトするボタンを押してみる。早送りで主人公が働いている姿が映され、しばらくしたら所持金が千ラムになっていた。おお、一番ショボそうな剣なら買えるようになった! こんなに楽に千ラム稼げるなら、ほんとに森に行きたくなくなるな。なんでバイト機能を作ったんだろう。お金がなくなったときのため? ショボい剣だったらすぐ壊れるとか? うわあ……。もうちょっと稼いで良い剣を買おう。
そういえば、ラムって日本円だとどれくらいの価値なんだろう?ドルみたいに一ラム百円くらい? それとも百ラム百円? 一番ショボい剣が十万円ってのもおかしい気がするけど、千円も現実味があんまりない。そもそも、日本で剣を売ってないから仕方ないのかもしれないけど。




