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現実っぽい夢は夢だった

「君はどうしてそんなに悲しそうな顔をするの?」


 彼女がそう言って悲しそうに目を伏せるから、僕はいたたまれない気持ちになってつぶやいた。


「君は悪くないよ。僕が全部悪いんだ」


 僕は、これから彼女に降りかかってくる災難をすべて受け止めると決めた。









「おっはよ~!」


「いって!」


「っわ、ご、ごめん~」


「ヒカリ、お前、また太ったか?」


「うっさい! あんたが貧弱なんでしょうが!」


 高橋ヒカリはそう言って僕の頭を叩いてきた。非常識な奴だ。事実を言ったら女子はみんなあんなにも怒るのだろうか。

 いや、少なくともうちのクラスの委員長である山名れんはきっとそういうタイプではないだろう。というか、太っている姿など見たくもない。博識且つ美人で、透き通るような白い肌は誰もが羨む。

 ストレートの腰まである長い黒髪やぱっちりとした瞳、さらには華奢な体つきも、見た目に食いつく男どもが「わああ彼女にしたい」と思うポイントなのだろう。確かに、美人だ。好きにはならないが。

 山名の性格が悪いというわけではない。むしろ、おとなしくて謙虚で僕の好きなタイプである。だが、なぜか好きにはなれなかった。嫌いでもないが。


「ちょっと、たくみ? なによその顔。そんなにあたしがウザいとか思ってんの?」


「別に」


 そう、こいつ、ヒカリは僕の苦手なタイプの女子のはずなのである。なのにも関わらず毎日の登下校は一緒。付き合ってると噂されることもあって迷惑だ。

 それでもウザいと考えたことはない。何故か? それは僕にもわからない。わかっていたら、ここまで考え込む必要もないのである。


「創、歩くの遅い。さっさと歩いてよ」


 女子にここまで言われるのは僕の性格のせいなのだろうか。それとも、そもそも女子だからとかそういうことは考えるなということを誰かが伝えたいのだろうか。別に知らないけど。


「ごめんごめん」


 僕は自分の意見をはっきり言える方ではない。委員長山名もまた、そのタイプだろう。

 大体、自分の意見を言えるからと言って威張るのはどうなのだろうか。別に言えないからと言ってその人が悪いわけでもないし、言えるからと言って偉いわけではない。

 確かにすごいとは思うが、偉いと思ったことは一度もないし、むしろ偉いと思っている人を見かけるとどれだけ自分を表に出したいのかと疑問に思う。

 つまり僕が言いたいのは、意見は言えても言えなくても変わらないということだ。言えなかったからと言って落ち込む必要はないと思う。人間はそんなに万能ではないのだから。


「ってかさ~、もうすぐテストじゃん? もーやだな~。いーよね、タクミは頭よくってさぁ」


「別にそこまで良くないけど。いつも真ん中の方だし」


 そして、ヒカリの成績は飛びぬけて悪い。すごく悪い。中学校から数えて五年間、一度もテストで半分以上、つまり五十点以上をとったことがないのだという。ある意味天才だ。高校二年になるまでお前はどんな生活をしていたんだ。そして、よく高校に入れたな!

 それにおめでとうを言いたい気分だ。一年前の彼女に。ほんと、なんんで高校に入れたのかが不思議である。も、もしかしてあれか? 裏でこそこそごにょごにょしてにやにやして入れたってことなのか? いやいやいやいや、それはないか。こいつの両親(だけ)は、めっちゃ真面目な人だしな。なんでそのDNAを受け継がなかったんだ、もったいない。


「うるさいうるさい! あたしより頭よかったらみんな頭よく見えるもん!」


「それはそうだな。お前と比べたら小学生でも天才だ」


「ひどくない!?」


 ひどくたっていいのだ。こいつにはさんざんひどいことを言われ続けてきたんだからな。そう、ひどいことを少しくらいしたって別に誰にも怒られなくて済むのである。誰も「おこだよ~」とか言って台詞に見合わない剣幕で近づき飛び蹴りをかましてくるやつはもういないのだ。そういうやつが昔いた気もするが、それは昔の話であって今の話ではないため気にしなくてもいい。

 ――――とか思っていたら、蹴られた。


「お前、逆ギレしてんじゃねー!」


「は!? なに文句言ってんの、あんたに指図される筋合いなんてないし!」


 マジで、なんで僕らは一緒に学校に行っているのだろうか。



 そんなやりとりを交わしながらなんとか学校に辿り着いたころには、遅刻ギリギリの時間だった。絶対一人で行っていたらもっと早かったに違いない。明日から一人で行くべきかな。いや、そしたら母さんに怒られるのか。

「女の子一人学校まで連れて行ってあげられないなんて男として失格」って言われるんだもんな。知らねえよ、と言いたいところである。なんなんだよその基準は。誰と比べてるんだ。


「創が歩くの遅いからっ」


「お前が蹴ってきたからの方が大きいとおも」


「うるさいっ」


 また蹴られた。しかも言葉を遮られる。一体彼女は何がしたいのだろうか。二回目からは素早く避けていく僕を見て、ヒカリは少し悔しそうに唇をかんでいた。が、僕と目が合うと再び鬼の形相になり、追いかけてくる。

 ヒカリさん、遅刻するっていう考えはないんですか。


 数分後、教室に辿り着いたころには既に担任の水俣先生が来ていて「二人、遅刻ね」って笑って職員室に向かっていった。相変わらずテンションが高い教師だ。

 一時間目は数学。眠くなりそうだ。昨日当てられたから今日は当てられなさそうだし、寝ててもいいかな。よし、寝よう。別にいだろう、サボりじゃなく一応授業は受けているのだから。まあ、こういうところがあるから成績が伸びないんだと思うけど。

 一時間目開始のチャイムが鳴り響く中、早速机に突っ伏して寝ることにした。




 目を覚ましてみると、そこには自分の部屋があった。……ん? 今のはもしかして、夢だったりするってことか。なんか現実的な夢だったなぁ。せめてもうちょっと楽しい夢にしてほしかった。


さとし! そろそろ起きないと遅刻するわよ~」


 そんな声が一階から聞こえた。聡? 誰だそれは。母さん、寝ぼけて頭おかしいのかな。ちょっと様子見に行った方が良いかもな。それにしても、ベッドの向きがいつもと違う気がするのは気のせいなのだろうか。若干本棚に所狭しと並んでいる小説も違うような気がする。『山の中の兎』なんて本、持ってたっけ。


「母さん、頭大丈夫? 聡って誰?」


 階段を降りて真っ先にそう声をかけたあと、振り向いた母さんの顔を見て驚いた。頬に大きなほくろがあった。ないないない、母さんにはこんなのなかった。あるはずない、のに。あ、そういえばヒカリもここらへんにほくろあったよなあ。

 怖くなってきた。僕の部屋といい、母さんの顔といい、そして聡という人物が。


「何言ってんの。あんたの方が頭おかしいわよ。聡はあんたでしょ。高校生にもなって記憶喪失のフリなんてして、バカねぇ」


 バカねぇ、という部分が何度も反響しているように聞こえた。いやいやいや……いやいや、聡ってホント誰だよ。そんな友達いないし、大体母さんはなぜその聡と僕を見間違えてるんだ? 顔が似てるのか?


「聡って、母さんの、息子? 僕の事?」


「そうだけど。ねえ、本当に大丈夫? 精神科受診した方が良いかしら」


 母さんが嫌な事を言っている。母さんが受診するべきだと思ったが、ここではどうやらそう思われても仕方がないことに気が付いた。いないはずの姉がいて聡と呼ぶ。いたはずの弟がいなくて、いつも朝早くて会えない父さんがいて聡と呼ぶ。あまり会わないからかもしれないが、父さんも別人に見えてきて仕方がなかった。そして、弟という存在がいなくなり姉というものができたのも怖かった。

 ここは本当に、自分の家なのかと疑いたくなった。でも、人物を除いてはほとんど変わりはないし、家の作りも同じだ。もしかしたら、パラレルワールドとかいうやつなのだろうか。

 怖い、めっちゃ怖い。こういう小説読んだことあるから余計に怖い。あの中では最後はバッドエンドで主人公が閉じ込められてしまうって話だったからな。とか考えているだけでも怖い。ここはどこ。まじでどこ。どこどこどこどこ。


「そういえば聡は自分の事僕って言ってなかったわね。前までは嫌なほど俺だなんだって言ってたけど」


「こっちのほうがいいよ。聡、ご飯食べたら?」


 初めての姉にびくびくしていたが、ヒカリのような性格ではなかったことに安堵した。まあ、そりゃあそうだ。世界中の女子がみんなヒカリのような性格をしていたらこの星は終わりだぞ。

 しかし、父さんが眺めているニュースを見ていても、やっぱりアナウンサーたちは知らない人ばっかりだし、最近話題になっていた駅前でチョコレートを配るおばちゃんの話もやっていない。さらに、驚きのニュースがあった。


『政府はこの政策を進めていくとともに、火星に移住させるべきではないかと述べています』


「火星!?」


「どうしたの、聡。大声出して」


 姉の声が遠くに聞こえた。火星? え、火星ってあの火星? 火星人が住むあの火星だよな、うん。火星人ではなく地球人が住むのか。いや、そうじゃなくて。

 火星って、住めるようになったのか。


『火星では、多くの実験が行われるとともに、既に100人余りの方が移住を決めています』


『また、マンションなども建つ予定となっております』


 火星って、住めるようになったのか。改めてそう思った。いや、だって人間が火星に移り住もうとかちょっとおかしいんじゃ。ああ、ここ、夢の中だろ。そうだ、それしかありえない。なんでその考えを捨てていたんだろう。それが一番尤もな意見じゃないか。


「お父さん、私たちも火星に住む?」


 母さんの言葉に、姉が反応する。


「えーやだよ。あたし火星やだー」


「美智佳もこう言ってるんだし、まだ早いんじゃないか」


「そうかしらー」


 結局そこで火星の話は終わったのだが、僕の中では今もずっと頭の中を駆け巡っていた。そんなに火星移住作戦みたいなのって進んでたっけ? 政府が隠してただけで本当は住める状態だったのか?

 考えれば考えるほど分からなくなっていくので、僕は考えるのをやめた。今日、何曜日だっけ。


「今日って学校だっけ」


 僕がそうつぶやくと、母さんが口を開く前に姉・美智佳が言った。


「今日はあんたの学校、創立記念日だから休みでしょ。聡、母さんと精神病院行ってきた方がいいよ。昨日はあんなに『明日は休みだ』ってはしゃいでたじゃん。友達と遊ぶ約束もしたんでしょ」


「えっ」


 むしろ、姉がなんでここで知っているのか不思議なくらいだった。これが普通なのだろうか。僕が今まで弟の事を知ろうとしてういなかっただけなのか。

 朝食を黙々と食べながら考える。友達ってどんな人だろう。ってか、ご飯山盛り過ぎないかな、これ。は大食いだったのかな。

 ……とにかく、寝よう。姉の言う昨日の僕さとしがどこに行ったのかは知らないが、これは夢なんだろう。いや、夢じゃないはずがない。だから一度寝ればきっと、目が覚めたときには全部元通りになっていて、火星のニュースはやってなくて、チョコレートおばさんの話とか、スポーツ選手が記録を更新しただとか、そんなほのぼのした現実的なニュースが流れるに違いない。そしてここで会ったことを話したら「夢だね」とヒカリに即答され、家族には「面白いねー」って笑われるんだ。

 僕は勝手にそう解釈して朝食を食べ終えると「ごちそうさま」と言って自分の部屋に戻った。しかし、ベッドの向きがおかしいからか、寝転がっても睡魔はやって来ない。癪に障ったから本棚をあさってみるが、お気に入りの本はなかった。仕方がないから『山の中の兎』を開いてみる。見事に僕の苦手なグロテスク系のものだった。押し込むようにして棚にそれを入れると、またベットに倒れこんだ。


「マジで、ここ、どこなんだよ~……」


 その瞬間、僕の頭を何か名案が過ぎった。いつも一緒に学校に行ってる、あの口のうるさい暴力的な女子――――ヒカリ。彼女も同じ高校だから、何かの約束でもしていない限り家にいるはず……。


「約束…………なんか、言ってたよなー」


『友達と遊ぶ約束もしたんでしょ』

 そう、姉が言っていた。友だちって誰の事なんだよ。まあさすがに姉がそこまで知っているとは思えないし、聞くのも面倒だ。知らないだろうし。っていうか、たとえすっぽかしたとしてもこれは夢なんだから誰にも起こられないわけで。そう、気にしなくていい……はずなんだけど。

 そのとき、窓をバンバンと叩く音が聞こえた。怖っ!! ここ、二階なんだけど。何かに恨みを持つテロリスト? それとも地球人に住まわれて居場所がなくなった火星人? 夢の中だとしても殺されるとかいうのだけは勘弁してほしい。そういう小説もあったからな。もちろん、結果はスーパーバッドエンドで、実はそれは夢ではなく現実だったっていう……いや、いやいやいや、小説と同じ展開とか有り得ないし。ありえねーし。そう、有り得ない。気にするんじゃない、小説と一緒にするな、僕。大丈夫。これは夢だと信じているし、そうであってほしい。そんなことを考えていると、また外から窓を叩く音が何回もした。

 バンバン! バンバンバン! 怖い怖い。まじで怖い殺される。逃げるべき? いや、どこへ逃げれば。もしかしたらもう下も囲まれていたり……か、囲まれるって、まさか、そんなはずは。


「母さんー!」


 いやいやいやいや、夢なんだから逃げる必要もなくて下の様子を確認しに行かなくてもいいわけで。でもなんかすごいことが起こりそうな気がして、僕はじりじりとドアとの距離を詰めていく。


 ――――今だ!


 走り出した瞬間、窓の外から声が聞こえた気がしたんだ。『創』って。

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