クリスマス その1
クリスマスをひかえたシルタの村は、ますます活気づき始めました。
村の小さな広場には、色とりどりに美しく飾り付けられた大きなモミの木が、朝日に照らされてきらきらしていました。
ハルは久々に祝うクリスマスに心をおどらせ、シルタはポッシュにかくれて編んでいた物を完成させ、カモシカはいつもどおり川辺でくつろいでいました。でも、ときおり通りかかる村びとに「メリークリスマス」を言いました。
ポッシュは、まだボザのことが気にかかっていました。そこで、またこの間の栗の木の下へ行ってみることにしました。
しかし、そこにボザの姿はありませんでした。
「おかしいなあ、今日はよく晴れているし、絵を描くには絶好のひよりのはずなんだけどなあ」
もしかしたら、もう絵はとっくに完成しているのかもしれないなとポッシュは思いました。
「でも、ボザさんは何を描いていたんだろう」
ポッシュがそうつぶやいた時でした。
「やあ、やっぱり君もここに来たのかい」
ふりかえるとそこにはカモシカがいました。
彼もまた、ボザのことが気にかかっていたのです。
「おはようカモシカくん。でも、彼女、ここにはいないよ」
「そうみたいだね」
「もう絵は完成してしまったのかなあ?」
「どうだろうね。芸術家は、ゆっくり時間をかけて絵を完成させるらしいけれど......」
カモシカはそう言って、栗の木の下に腰を下ろしました。
「なあポッシュ。彼女はここで、何を描いていたと思う?」
「ぼくもそれを考えていたんだ」
ポッシュもカモシカのとなりに来て、浅黄色の草の上に腰を下ろしました。
「ここからは、何が見える?」
カモシカは言いました。
ポッシュはカモシカの鼻の先に目をやりました。すると、何かきらりと光るものが目につきました。
広場の大きなクリスマスツリーです。
「まさか、あれかい?」
ポッシュはカモシカにたずねました。
「うん、おそらくね。この角度から見て、ほかに題材にできそうなものはなさそうだし」
「でも、そうだとしたら、どうしてツリーの目の前に行って描かないんだろう?」
カモシカはポッシュの問に、すこしうーんとうなって、こう答えました。
「たぶん、誰にも見られないようにするためじゃないかと、僕は思うんだ。どうして見られたくないのかは、よくわからないけど」
ふたりは、しばらくの間その場に腰を下ろしていました。が、突然ポッシュが声を上げました。
「ねえ、あれを見て!」
彼はボザの家がある方を指さしました。
ふたりのいる丘からは、ボザの家が小さく見えていました。その家の庭に、彼女らしき影が見えたのです。彼女は、何やら巨大なパネルのような物をかかえて、よろよろと歩いていたのです。
「あれは確かにボザさんでまちがいないよ」
カモシカがポッシュにそう言った時でした。
「あ、危ない!」
ポッシュが叫びました。
ボザが石につまずいて、転んでしまったのです。
ポッシュとカモシカはボザの家の前まで走っていきました。
ふたりが家の前まで来ると、ボザは立ち上がって足についた砂をはたいていました。足元には大きなたて長のパネルが倒れていました。
彼女は近づいてきたふたりを確認すると小さくため息をついて言いました。
「ここならジャマされないと思ったのに。どんなに願ったって誰もたずねてきやしないところよ」
「丘の上から、きみが転ぶのが見えたんだよ」
ポッシュはそう言ってパネルを持ち上げました。
「これには何を書くんだい? この前栗の木の下で描いていたのは?」
今度はカモシカが彼女にたずねました。
「あなた、よくそのへんをうろついてるカモシカね? なんだっていいじゃない。この前描いていたのは、ただの落書きよ。あ、パネルはそこへねかせておいて。予備のパネルなんてないんだから、気をつけてね」
ボザはそう言って絵の具の準備を始めました。ポッシュは持っていたパネルをそっと地面に置きました。
「わたしは自分の描くものをいちいち考えたりしないわ。どの色を一番に使って、どの色を最後に使うかなんて決めないの。もちろん、下書きもしないわ」
「それで絵が描けるのかい?」
ボザはカモシカの方をじろりとにらみました。
「描けるわよ。気がつくと、そこには確実に一枚の絵が出来上がっているわ」
ボザは大きな筆をボチャリと絵の具が入った缶の中につけこみました。
「ほら、わたしはなんともないから、ふたりともどこかへいってちょうだい」
ボザは自分の世界に閉じこもってしまったように、ふたりには思えました。ポッシュはもう少し彼女が絵を描いているところを見ていたかったのですが、カモシカは彼に言いました。
「もどろう、ポッシュ。彼女の好きにさせておこう」
こうしてふたりは、ボザの家をあとにしました。歩いている途中、カモシカが「せっかくだから市場の方へ行ってみよう」と言ったので、ふたりは村の市場の方へ向かうことにしました。
村の市場にはクリスマスイヴとだけあって、ふだんは見られないものがたくさん並んでいました。赤いリボンが結ばれた大きな魚や見たことのない果物、赤と緑と白のキャンディ、子どもたちのおもちゃ......
「いろんなものがあるなあ」
あっちに目を向けたり、こっちに目を向けたりしているうちに、ポッシュはだんだん目が回ってきました。
「ここの通りを真っ直ぐ進んでいけば、広場に出るはずなんだけど」
「広場って、大きなツリーがあるところかい?」
「そうさ」
ふたりはにぎやかな通りをゆっくりと歩いて行きました。しかし、とつぜんまわりの村人たちがあわてた声をあげました。
「雨だ! 雨が降ってきたぞ!」
村人たちはあわてて店の外に置いてある品物を中へしまい始めました。雨はどんどん強くなり、終いにはカミナリまで鳴り出しました。
「さっきまで、あんなに晴れていたのに......」
ポッシュは残念そうに言いました。
「ツリーのところまで行きたかったなあ」
「仕方ないね、また明日、出直そう」
カモシカはしょんぼりしているポッシュに言いました。