芸術家
クリスマス前になると、シルタの村はいっそう賑やかになりました。
ポッシュは、まだ雪の残る地面を力いっぱいけり上げて走っていました。冬のツンとした空気を、胸いっぱいに吸い込みます。
空はおそろしいほど青くすき通り、太陽の光は遠慮がちに輝いていました。
ポッシュは村の川辺の方へ走っていきました。そこには、カモシカがいました。
「やあ、君と話すのはひさしぶりだね」
ポッシュは言いました。カモシカは少しだけほほえんで、「そうだね」と返しました。彼の顔はなんとなくうれしそうでした。
「それで、どうかしたのかい」
カモシカは聞きました。
「どうしたもこうしたも、君の姿をみたってハルが言うから、それで来てみたのさ」
「君はクリスマスの準備をしなくていいのかい?」
カモシカは、ポッシュの言葉に少しうろたえたて、話をさえぎってしまいました。
「まだまだ時間はあるもの」
ポッシュはそう言って、カモシカのふさふさした毛を少しだけ引っ張りました。
「そんなことより、ここに来る途中でへんなウサギを見つけたんだ! 来てくれよ」
カモシカはポッシュのあとについて走りました。
シルタの村には麦畑があり、その近くには小さく盛り上がった丘があります。そしてその丘の上には、一本の大きな栗の木があるのですが、その栗の木の下に、両耳のたれたウサギが頭をかかえてうんうんうなっています。
「ほら、あのひとずっとあんな調子なんだ」
ポッシュはカモシカに言いました。
「あれはボザさんじゃないかな」
カモシカは言いました。
「知っているの?」
「ああ、君がここに来る少し前に引っ越してきた。村のはずれに住んでいる、とても気むずかしいひとだよ。この僕でさえ知っているんだ。ほかの住人たちもみんな、彼女を知っているはずだよ」
「なにをしているひとなの?」
ポッシュがそうたずねると、カモシカは少し困った顔をしました。
「芸術家...... というべきなのかなあ、たぶん」
よく見てみると、ボザという名のたれ耳ウサギは、何やら分厚い板のようなものに一生懸命何かを書いているようでした。
「絵かきなの?」
「僕は直接彼女と話したことがないから、よくわからない」
「だったら、ぼくちょっと行って話してくるよ」
「本気かい?」
「ぼく、絵を描くひとも、たれ耳ウサギも初めて見るんだ。彼女がどんなふうに絵を描くのか見てみたい」
ポッシュはそう言うと、しげみのかげから飛び出して、頭をかかえているボザのところへかけ寄りました。ボザはおどろいた様子で顔を上げると、持っていた絵をかくしてしまいました。
「わたしに、何かご用?」
ボザは、そう言ってポッシュの方をにらみました。
「きみ、絵を描いているの?」
「だったら、なんなの?」
「見せてくれない?」
「おことわりよ」
ボザは冷たくそう言いました。
「どうせ、わかりっこないわよ。わたしが何を描いたって、みんなは首をかしげるばかりで、なかにはわらうヤツだっているわ」
ボザは今度はそう言うと、絵の描かれたキャンバスをポッシュに見えないように持ちながら、「それじゃあ」と言って、自分の家の方へ走り去ってしまいました。
「普段は滅多に外に出てこないひとなんだけどなあ......」
戻ってきたポッシュにカモシカは言いました。
「外で彼女に会えただけでもラッキーだったかもね」
「ぼく、何か彼女に悪いことしたかなあ......」
ポッシュはなんだか気分が晴れませんでした。まるで自分が悪いことでもしてしまったかのように、もやもやした気分でした。
「あ、また雪だよポッシュ」
カモシカの鼻の上に、小さな白い雪が舞い降りました。
ポッシュがシルタの家にもどると、シルタは暖炉の前に座って編み物をしていました。しかし、ポッシュが帰ってきたとたん、あわててそれを自分のお尻の下にかくしました。
「あら、思ったより早かったのね!」
「どうかしたの?」
ポッシュはあんまりあわてるシルタの姿に首をかしげました。
「なんでもないのよ。ああ、そうだわ。お昼のしたくをしなきゃ」
シルタはそう言って台所の方へ姿を消しました。
「へんなの」
ポッシュはつぶやきました。