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旅する子ウサギ  作者: 生吹
第一章 つめたいかぜ
5/10

孤独で弱気なカモシカのお話

 村一面に積もった雪が、淡い青色に包まれ始めた、静かな夜明け前のことでした。

 カモシカは、ポッシュとハルがいる村を去りました。

 何も言わずに、誰にも会わずに。


「なんにも言う必要なんてないさ。七日も過ぎれば、僕があの村にいたなんてことも、誰も覚えてやしないのだから」


 彼は、考えていました。


 あの村は、僕の居るべき所じゃなかったんだな。確かにシルタは優しいし、あのポッシュという子ウサギも自分とウマが合いそうだし、ハルという子ネコも、その伯父さんと伯母さんも、決して悪い人たちじゃあないんだ。だけど、やっぱり何かが違うな。それはなんなのだろう? どうして、僕はこんなにひっそりとしているんだろう? どうして、みんなと同じ場所にいるのに、遠く離れている気になるんだろう?


「僕はいつまで、こんなことを続けるつもりだ?」


 彼は雪の上を静かに歩きながら、ひたすら考えました。

 彼は、ポッシュ以上にいろいろなところを歩いてまわってきました。しかし、ひとつだけポッシュとは違うところがありました。

 カモシカは、一度だっていじめられたことがありません。

 一度だって見た目をからかわれたことはありませんし、大切な誰かを失ったこともありません。むしろ、誰からも「親切だね」「優しいね」と感謝の言葉をかけられてきました。

 しかし、そんな彼にはほとんど友達がいないのです。知り合いはいれども、いつも自分を一番に思ってくれる親友がいないのです。全力でけんかをしてくれる友達がいないのです。

 カモシカはいつも疑問に思いました。どうして僕はこうなんだろうと。

 やっと分かり合える友達を見つけたと思っても、その友達にはもう、すでに親友がいます。どんなに他人に親切に優しく接しても、その事実は変わりません。

 みんなは自分の近くに、確かに近くにいるはずなのに、気がつくと遠くに離れているのです。


「まるっきり、孤独じゃないか」


 カモシカがひとりさみしくそう言った時でした。


「何を言っとるのかね」


 とつぜん、空からため息混じりの声が降ってきました。

 カモシカが上を見上げてみると、木の枝にフクロウのおじいさんがとまっていました。覚えていますか? カモシカにハルの村への道のりを教えてくれた、あのおじいさんですよ。


「誰だい?」

「フクロウじゃよ」

「ああ、あの時の」

「よかろう。十分じゃ」


 フクロウはそう言うと、すうっとカモシカの頭の上まで飛んでいって、彼の小さい角にとまりました。


「今日は冷えるな。ちょいと温かいこの場所で、休ませちゃくれんかね。どこに行く気かは知らないが......」

「決めてないよ。もしくは、どこでも構わないさ」


 カモシカはフクロウを頭に乗せたまま、ゆっくりと歩き出しました。しかし、ふと、また立ち止まりました。


「そうだ。おじいさん、あなたは僕よりずっと長く生きている。そこでちょっと質問をしたいんだ。親切なヤツでも、孤独になってしまうことってあるのかい? もしそうだとしたら、親切とは必要なものなのかい?」

「必要だな」


 フクロウはそっけなく答えました。


「どうしてだい」

「必要だからじゃ」


 フクロウはまたそっけなく答えました。ただ、後にこう付け加えました。


「だけどなあ、お前さん、実は孤独だからひとに親切にするんじゃあないのかい? まあ、本当にお前さんが親切なのかはよく知らないが」


 フクロウは最後にそう付け加えました。カモシカは少し苦い顔をして、また歩き始めました。


「おじいさん、僕は色々な村を転々としてきたんです。だけど、結局、なんにも変わっていません。毎日が同じことのくり返しです。なにかを変えなきゃいけないことはわかります。でも、そのなにかが、何なのか...... それが親切心じゃないとしたら......一体」

 「お前がいろんな村を転々としているのはシルタの村に来た時から、お見通しじゃ。いろんな場所のにおいが染み付いとる。そんな自由で孤独な旅暮らしはいいもんだろなと、わしは思っとったがね。だがお前さん、ちがうらしいな」

「よくわからないんだ。独りでいたいのか、誰かといたいのか。どうして親切にふるまえばふるまうほど、まわりに置いてけぼりにされてしまうのか。......だから今日は、置いてけぼりにされる前に、村を出ようと思ったのさ。なんとなく、そんな気がして」


 ふたりは見晴らしのいい崖の上までやってきました。遠くの方にそびえる山脈の向こうで、太陽が今にも顔を出そうとしていました。


「もうすぐお別れじゃぞ」


 フクロウはそう言って、カモシカの頭の上でばたばたと羽を広げました。暖かなだいだい色の光が、一面に広がりました。


「お前さんが孤独になっちまうのは、ひとに良い部分しか見せんからだ」


 フクロウは、ぼそりとつぶやきました。


「ただの良いヤツには、本当の友はできんのかもしれん。なに、簡単さ。あまり深く考えず、自分の中のこだわりを捨てることだ。他人の気持ちを下手に予想せんことだ。周りのヤツらは思い通りには動いちゃくれない。動けるのはお前さん一人だけだ」


 そう言ったフクロウは、もう今にも飛び立ちそうです。


「もう行くのかい?」


 カモシカはたずねました。


「わしゃ、朝日はきらいじゃ! それじゃ若いの、卑屈になるな。素直にな!」


 フクロウはそう言って、勢いよく空中に飛び出しました。


 ひとりその場に取り残されたカモシカは、村から遠ざかるべく足を進めました

。しかし、一歩一歩足を進めるたびに、もやもやとした気分におそわれました。

 ためしに歩く速度を速めてみましたが、やっぱりだめでした。なんの変化もありません。

 そこで、今度は歩く方向をまったく逆にしてみました。

 するとどうでしょう。もやもやした気持ちは、みるみるうちに消え去ってしまったのです。

 カモシカはうれしくなって、かろやかにもときた道を戻り始めました。


 


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