孤独で弱気なカモシカのお話
村一面に積もった雪が、淡い青色に包まれ始めた、静かな夜明け前のことでした。
カモシカは、ポッシュとハルがいる村を去りました。
何も言わずに、誰にも会わずに。
「なんにも言う必要なんてないさ。七日も過ぎれば、僕があの村にいたなんてことも、誰も覚えてやしないのだから」
彼は、考えていました。
あの村は、僕の居るべき所じゃなかったんだな。確かにシルタは優しいし、あのポッシュという子ウサギも自分とウマが合いそうだし、ハルという子ネコも、その伯父さんと伯母さんも、決して悪い人たちじゃあないんだ。だけど、やっぱり何かが違うな。それはなんなのだろう? どうして、僕はこんなにひっそりとしているんだろう? どうして、みんなと同じ場所にいるのに、遠く離れている気になるんだろう?
「僕はいつまで、こんなことを続けるつもりだ?」
彼は雪の上を静かに歩きながら、ひたすら考えました。
彼は、ポッシュ以上にいろいろなところを歩いてまわってきました。しかし、ひとつだけポッシュとは違うところがありました。
カモシカは、一度だっていじめられたことがありません。
一度だって見た目をからかわれたことはありませんし、大切な誰かを失ったこともありません。むしろ、誰からも「親切だね」「優しいね」と感謝の言葉をかけられてきました。
しかし、そんな彼にはほとんど友達がいないのです。知り合いはいれども、いつも自分を一番に思ってくれる親友がいないのです。全力でけんかをしてくれる友達がいないのです。
カモシカはいつも疑問に思いました。どうして僕はこうなんだろうと。
やっと分かり合える友達を見つけたと思っても、その友達にはもう、すでに親友がいます。どんなに他人に親切に優しく接しても、その事実は変わりません。
みんなは自分の近くに、確かに近くにいるはずなのに、気がつくと遠くに離れているのです。
「まるっきり、孤独じゃないか」
カモシカがひとりさみしくそう言った時でした。
「何を言っとるのかね」
とつぜん、空からため息混じりの声が降ってきました。
カモシカが上を見上げてみると、木の枝にフクロウのおじいさんがとまっていました。覚えていますか? カモシカにハルの村への道のりを教えてくれた、あのおじいさんですよ。
「誰だい?」
「フクロウじゃよ」
「ああ、あの時の」
「よかろう。十分じゃ」
フクロウはそう言うと、すうっとカモシカの頭の上まで飛んでいって、彼の小さい角にとまりました。
「今日は冷えるな。ちょいと温かいこの場所で、休ませちゃくれんかね。どこに行く気かは知らないが......」
「決めてないよ。もしくは、どこでも構わないさ」
カモシカはフクロウを頭に乗せたまま、ゆっくりと歩き出しました。しかし、ふと、また立ち止まりました。
「そうだ。おじいさん、あなたは僕よりずっと長く生きている。そこでちょっと質問をしたいんだ。親切なヤツでも、孤独になってしまうことってあるのかい? もしそうだとしたら、親切とは必要なものなのかい?」
「必要だな」
フクロウはそっけなく答えました。
「どうしてだい」
「必要だからじゃ」
フクロウはまたそっけなく答えました。ただ、後にこう付け加えました。
「だけどなあ、お前さん、実は孤独だからひとに親切にするんじゃあないのかい? まあ、本当にお前さんが親切なのかはよく知らないが」
フクロウは最後にそう付け加えました。カモシカは少し苦い顔をして、また歩き始めました。
「おじいさん、僕は色々な村を転々としてきたんです。だけど、結局、なんにも変わっていません。毎日が同じことのくり返しです。なにかを変えなきゃいけないことはわかります。でも、そのなにかが、何なのか...... それが親切心じゃないとしたら......一体」
「お前がいろんな村を転々としているのはシルタの村に来た時から、お見通しじゃ。いろんな場所のにおいが染み付いとる。そんな自由で孤独な旅暮らしはいいもんだろなと、わしは思っとったがね。だがお前さん、ちがうらしいな」
「よくわからないんだ。独りでいたいのか、誰かといたいのか。どうして親切にふるまえばふるまうほど、まわりに置いてけぼりにされてしまうのか。......だから今日は、置いてけぼりにされる前に、村を出ようと思ったのさ。なんとなく、そんな気がして」
ふたりは見晴らしのいい崖の上までやってきました。遠くの方にそびえる山脈の向こうで、太陽が今にも顔を出そうとしていました。
「もうすぐお別れじゃぞ」
フクロウはそう言って、カモシカの頭の上でばたばたと羽を広げました。暖かなだいだい色の光が、一面に広がりました。
「お前さんが孤独になっちまうのは、ひとに良い部分しか見せんからだ」
フクロウは、ぼそりとつぶやきました。
「ただの良いヤツには、本当の友はできんのかもしれん。なに、簡単さ。あまり深く考えず、自分の中のこだわりを捨てることだ。他人の気持ちを下手に予想せんことだ。周りのヤツらは思い通りには動いちゃくれない。動けるのはお前さん一人だけだ」
そう言ったフクロウは、もう今にも飛び立ちそうです。
「もう行くのかい?」
カモシカはたずねました。
「わしゃ、朝日はきらいじゃ! それじゃ若いの、卑屈になるな。素直にな!」
フクロウはそう言って、勢いよく空中に飛び出しました。
ひとりその場に取り残されたカモシカは、村から遠ざかるべく足を進めました
。しかし、一歩一歩足を進めるたびに、もやもやとした気分におそわれました。
ためしに歩く速度を速めてみましたが、やっぱりだめでした。なんの変化もありません。
そこで、今度は歩く方向をまったく逆にしてみました。
するとどうでしょう。もやもやした気持ちは、みるみるうちに消え去ってしまったのです。
カモシカはうれしくなって、かろやかにもときた道を戻り始めました。