居るべき場所
十二月の、しんしんと雪の降る日のことでした。
ポッシュは、まだシルタのところにいました。
あれから、ハルとはお互いに「ごめんなさい」を言って仲直りしました。そして、ハルの伯父さん伯母さんも、あれから色々と話し合い、ハルと一緒にすぐ近くの空家に引っ越して、そこで生活することになりました。
「困ったな。一体、いつまで足止めをくらえばいいんだろう」
ポッシュは、シルタの家の窓辺に肘をついて、降り止む気配のない雪をひたすらにながめていました。
そんな時、外から帰ってきたシルタ彼に言いました。
「困ったわ。ハルが熱を出したのよ」
彼女はマフラーを首から取ると、勢いよくバサバサと降りました。床一面に、砂糖をまき散らしたように雪が舞いました。
「ひまをしているようだから、行って話し相手になってあげたら? ネコの風邪なら、ウサギにうつることはないわ」
実のところ、ポッシュの方もとてもひまでした。彼はハルたちに気を使って、あえて会いに行かなかったのです。それに、こう寒く雪がひどいと、外で雪遊びをする気にもなれません。カモシカもどこかへ行ったのか、ここのところ姿を見かけません。
「わかった。行ってみるよ」
ポッシュは戸口に手をかけました。
「ちょっと待ちなさい。マフラーをして、あったかくしていくのよ」
シルタがそう言って、外に出ようとするポッシュの首に赤いマフラーを巻きつけました。
ポッシュはシルタにお礼を言うと、雪の中をぴょんぴょんとかけていきました。
雪の降る外の世界は、すべてがひっそりと静まり返っていました。あんまり静かなので、この世界にいるのは自分だけなのではないかという気がしてきて、ポッシュは少しこわくなりました。
しかし、ハルの家の前まで来たところで、その不安も消し飛びました。
だいだい色の暖かな光が、彼を出迎えたのです。
「こんにちは!」
ポッシュはそうあいさつして、家のドアを三回たたきました。
すると、すぐに中から伯母さんが出てきました。伯母さんは、静かに「お入り」と言い、ポッシュを温かい家の中に入れてくれました。
中ではぱちぱちと暖炉の火が燃えていました。その暖炉のそばの小さなベッドにハルは寝ていました。
カゼといっても、ハルは元気が有り余っていました。本当は、すぐにでも外に飛び出して、雪原を駆け回りたいのです。でも彼の伯母さんがそうはさせてくれません。伯母さんは、玄関のドアの前にゆり椅子を置いて、その上にどっしりと座っていました。
ポッシュがハルのもとに行くと、ハルは「やあ」とあいさつしました。
「おまえ、うちにも来ずにずっとシルタの家にこもってたのか?」
「他にすることもなかったから、家のそうじを手伝っていたんだよ」
ポッシュは言いました。彼が今までハルの家に顔を出さなかったは、ハル一家に気を使ってのことでした。しかし、彼はそのことについては何も言いませんでした。
ハルは、また話を続けました。
「何か話してくれよ。たいくつで仕方ないんだ!」
「話すって、何を話すんだい?」
ポッシュはベッドの横に置かれた小さな椅子に腰かけました。その小ささは、まるで彼のために用意されたかのようでした。
「どうして旅を始めたのか。それの理由が聞きたい」
ポッシュには、確かに思い当たるきっかけがありました。
「わかった。じゃあ、ぼくが旅に出る少し前の話からはじめようか......」
ポッシュは小さないすに座りなおすと、静かに話し始めました。
「ぼくは、とある村の門の前に捨てられていたんだ。ぼくを見つけた門番さんの話によると、霧の立ち込める暗い朝だったてさ。
山奥にあるその村は、毛並みの茶色い長い耳のウサギだけがたくさん住んでいたけど、誰もがぼくの姿を見ておどろいたらしい。だって、ぼくの耳はほかの誰よりも短いし、毛並みだって白と黒だ。茶色い毛なんて、一本も生えてなかったよ。
誰もがぼくの世話をやくのを拒んだ。ぼくを拾った門番さんでさえ、苦い顔してたって、おばあさんが言ってた」
「おばあさんって?」
早速、ハルがたずねました。
「あとになってぼくを引き取ってくれたひとだよ。ぼくの名付け親でもある。ポッシュって名前は、どこか外国の言葉で、ポケットって意味だった気がする。ぼくは、とても小さかったから、しょっちゅうおばあさんの上着のポケットに入り込んでたんだ。
とにかくそのおばあさんは、とても優しくて、いつもにこにこほほえんでいるようなすてきなおばあさんだった。
ぼくはそのおばあさんにいろいろなことを教わった。食べたらあぶない葉っぱや、スープの作り方、あと、ともだちの作り方なんかも。
だけど、別れは急にやってきた。
やっと、ぼくが村にとけこみ始めた時、おばあさんは死んでしまった。だいぶ歳をとっていたからね。
それからというもの、ぼくはすべてがうまくいかなくなってしまった。悪いことばかりが、自分のまわりで起こるんだ。
村一番のいじめっこに、外見のことでからかわれたり、畑の作物が全部だめになったのを、ぼくのせいにされたり。
おばあさんといるときは、そんなことは何もなかったのにね」
「でもさっき、おばあさんは色々なことを教えてくれたといったよね? それは役に立たなかったのかい?」
「たしかに、その通りだ。でも、誰かに馬鹿にされたり、いじめられたりした時にどうしたらいいのか、そこまでは教えてくれていなかったんだ。誰にも相談できないとき、どうやって立ち向かえば良いかなんて、ぼくは知らなかったよ。ただ、ひとりだまりこくって、家の中でじっとしていた。太陽の光を浴びていないせいで、気分は沈んでゆく一方だったよ。
「お日様には、ちゃんと顔を見せないと、だめなんだね」
「そうだね。だけど、そんなある日、村に大変なことが起こった。気難しい村長さんの大切にしていた花瓶がばらばらに割れてしまった。
村長さんは真っ赤になって犯人を探したよ。なんせ、その花瓶は彼のご先祖さまが大切にしていたものだったからね。だけど、いくら待ってみても、犯人は出てこなかったんだ。
それから何日か経ったあと、村一番のいじめっ子がこう言いだしたんだ。『ポッシュがやりました。ぼく、ちゃんと見ていました』って。
ぼくは、本当に花瓶を割ったのは、彼なんじゃないかと今でもたまに思う。それか、彼の仲間のうちの誰か。......いまさら考えたって、仕方がないけど。とにかく、ぼくは本当にうんざりした。今までだって、ずっと機嫌が悪かったのに、やってもいないことでおこられる羽目になるなんて。
自分が今いるべき場所は、本当にここなのか、自分は本当にここにいたいのかって、その日の晩、眠らず考えたよ」
「そして、旅に出たんだ?」
ハルが興奮したように言いました。それと同時に、ゆり椅子に座ってマフラーを編んでいた伯母さんの肩が、小さくはね上がりました。
「いや、村を出た理由は、ほかにもあるんだ」
ポッシュは申し訳なさそうに言いました。
「どこかに、かならずぼくと同じ種類のウサギがいるはずだ。それを見つけたい。たぶん、そこがぼくのいるべき場所じゃないかと思うんだ」