出発
中途半端ですが、とりあえずこのへんで......
暖かな春がやってきて、村の雪を溶かしつくしたころ、ポッシュはある決断をしました。
この村から出て行くことにしたのです。新しい旅を始めるために。
「なんでだよ。もう行っちゃうのかよ」
ハルはむすっとした顔をポッシュに向けましたが、引き止めるようなことはしませんでした。実際、いずれそうなるだろうということは、彼にもうすうす分かっていたことでしたから。
ポッシュは朝早くに起きだして、玄関の外に荷物を運び出しました。
所々に咲いた花の香りを、胸いっぱい吸い込みました。
そして、あの言葉をもう一度、噛みしめました。
「どこかに、かならずぼくと同じ種類のウサギがいるはずだ。それを見つけたい。たぶん、そこがぼくのいるべき場所じゃないかと思うんだ」
「おはようポッシュ」
シルタが眠そうに目をこすりながら言いました。
「相変わらず早起きね。今日、もう行ってしまうの?」
「はい、日が高いうちに出発したいんです」
「悪いわねえ、せっかくの日なのになんにもできなくて」
「いいえ、いきなりこんなことを言い出したぼくが悪いんです。できるだけ静かにいなくなりたくて」
ポッシュはそう言うと、荷物の入ったリュックを持ち上げました。
「どうして、他のみんなにさよならを言いたくないの?」
シルタは少しにやつきながらポッシュに言いました。
しかし、彼はそれには答えませんでした。
「あなたがそう決めたのなら、それでいいわ。仕方がないわね」
ふたりはまだ薄暗い村の小道を歩いて行きました。まだどの家の窓も開いてはいませんでした。村全体が、ひっそりと静まり返っています。みんな、まだ眠りの中にいるのです。ポッシュとシルタ以外、みんな......
門のところまでやってくると、怖い顔の門番さんが眠たそうに目をこすっていました。ポッシュは少しだけこの門番さんが苦手でした。しかし、この時ばかりは、そんなことも忘れられました。
「お世話になりました。どうかお元気で」
ポッシュがそう言うと、門番さんはにっこりとほほえみました。
「お前さんも元気でな。しっかりやれよ」
そう言った門番さんが、少しさびしそうな顔をしたのを、ポッシュはうれしく思いました。前の村では、そんなことはありえないことでしたから。
それからポッシュはシルタにも最後のあいさつをすると、村の門をくぐって外へ出ました。
ポッシュが歩き出すと、だんだん山の上がだいだい色に染まり始めました。林の木々がざわついて、目を覚ました小鳥たちがおしゃべりを始めました。
朝がやってきたのです。
「さよならみんな」
ポッシュはそうつぶやくと、ずんずん歩いて行きました。その間、一度もふりかえりませんでした。
そして、見晴らしの良い丘の上まで来たとき、ようやく村の方をふりかえりました。村の家々は、朝の光を浴びてきらきらと輝いて見えました。