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聖火の灯火

水の揺り籠

作者: 江崎涙奈

 



 炎で埋め尽くされた大地に紛れてしまいそうな真っ赤な髪を靡かせる彼女。


 貴女は、今何を考えてるの?


 遠目からは彼女の顔の輪郭すら陽炎に阻まれて確認出来ない。それでも俯く事もなく凛と立つ彼女に迷いなんて微塵も伺えなかった。


「…ィオラ様、ヴィオラ様」

「え?」

「大丈夫ですか?」


 初陣を前に怯えてると思ったのか心配そうに様子を伺う従者。咄嗟の事に反応出来ずにいるとそれを否定と受け止めた彼は安心させるように笑った。


「ご安心下さい、必ず、貴女は私が守りますから」

「…ええ、ありがとう。心強いわ……」


 守る、か。


 前方に広がる炎の先にいる彼女を再び見つめる。


 ねぇ、貴女は国を守っているけれど、貴女を守ってくれる人はいるの?味方すら遠巻きに眺めて、誰も貴女の側にはいないわ。


 それでも、貴女は…


 決められた未来の先を知っているだけに、尚更心が締め付けられる。


「…行くわ」

「はい、では私も…」

「いえ、一人で行かせて」

「っ、ですが!?」

「大丈夫!私を誰だと思ってるの?」


 振り向き笑って見せる。きっと私は主人公らしい晴れやかな笑顔をそこに浮かべているのだろう。


 例え、この心は冷たく錆びついていたとしても。




 水の揺り籠




 蒼の杖に、青が映えるように白を基調とされたローブで、目深に被ったフードから溢れるのは緩くうねる空色の髪。


 ヴィオラ=カリーリ。


 それが私に与えられた名前であり、前世の私がはまっていた乙女ゲームの主人公の名前だった。


 ここが乙女ゲームの世界だと思い出したのは3つの頃だった。覚えている最初の記憶、透明な青の世界に包まれ、口から溢れる空気がきらきらと反射しながら光の差す方へと上っていく幻想的な光景。でも、その世界は美しかったけれど、同時に酷く、冷たいものだった。


 前世の私の生は裕福でもなければとびきり幸せでもなかった。けれど、当たり前の平凡な人生にどこか幸せを感じながらも生きていた。


 そんな平凡な私がはまっていたゲームがあった。乙女ゲームと呼ばれる女性向けの恋愛シュミレーションゲームだった。その中で一際好きだったのは“水の揺り籠”というものだった。


 主人公の能力は水で特に癒しに特化した力で、それが覚醒するのは自分の村が帝国との戦場になったことが原因だった。それをきっかけに主人公はこの力を使って二度と悲しい戦争をさせないと、世界を平和にすることを誓う、そういう話だった。


 攻略キャラは幼馴染みであり主人公の為に騎士となるアレン。王国の第一王子であるルイ。王子の従者だったが、後に主人公の従者となるセイ。聖者として主人公のサポートを任されるシシル。そして、隠れキャラであり敵国の若き皇帝であるグレイの計5人だ。


 このゲームは救いをテーマにした作品で、各攻略キャラの幸福、死別エンディングがあり、他にはノーマルエンドと、流行りの逆ハーレムエンドがない代わりに円満エンドというものがあった。


 世界観も攻略キャラ達も全て好きだった私は、このゲームを何度も繰り返しやった。最難関とすら言われる円満エンドすら余裕で出来る程にやりこんでいた。そんな私は主人公になれたら、だなんて願ったことすらあったくらいだった。


 初めは嬉しかった。願った通りに私はこのゲームの主人公になれて、好きなキャラクターとのエンディングを迎えることが出来るのだと、浮かれていた。


 でも、誰もが愛する少女に成る内に私は、上手く呼吸が出来なくなった。


 ヴィオラと愛おしげに呼ばれる度、脳内に浮かぶ嘗て画面越しに見ていた主人公通りに動くことしか出来なくなった。


 主人公のような言葉を吐いて、主人公のように笑う、主人公のような行動をして、主人公のように全てを愛する。私はそんな事を続けている内に心から笑えなくなっていた。


 そこから徐々にここはゲームの世界だから、彼らはそのキャラクターに過ぎないのだと思うようになった。そうやって彼らを見下してでもいないと、私は“私”という人格を保つことが難しかったのだ。


 そうやって自分も他人も騙して生きていた私は、この日常が早く終わる事を願っていた。それは、ゲームのシナリオ通りなら主人公が7歳の頃に起こる村の悲劇だった。


 私は私を優しく撫でる母を、私を微笑み見つめる父を心のどこかで死ぬことを願っていたのだ。


「…ヴィー」

「え?どうしたの?」

「なんか、臭わないか…?」


 シナリオ通りその日は訪れた。丁度幼馴染みと村外れにお使い行ったその日は雲は暗く澱んでいて、豪雨になる前に帰ろうと話しあっていた。そろそろ目的の場所に着くなという時、どこからか臭う煙の臭いに二人顔を見合わせた。


「アレン!」

「っ、帰るぞ」


 ぽつぽつと雨が降り始めた頃、漸く村に着いた。が、既に家々は真っ赤に燃え盛っており、見知った人々が道に転がっていた。


 この時初めて私はこの世界に触れたのだと思う。皮膚を焼くかと錯覚しそうな程熱い炎に、むせ返るような血と火薬と焼けた肉の匂いが肺を満たした。頭は真っ白になる一方で体が自然と向かったのは自宅だった。


「っっ、お父さん!お母さん!」

「っ、待てヴィー!まだ敵兵が……」


 幼馴染みの制止すら振り切って、駆け出す。


 息を切らす程に無我夢中で走った。無駄だと冷たく告げる私がいるのに、脳裏に浮かぶのは仮面の向こうでいつも愛をくれた両親の姿。


 今更、後悔していた。


 こうなることは分かっていた筈だった。それでも、私の行動次第でもしかしたら対策が打てたかもしれないのに、私は何もしなかった。


 これが、その報いだというのか。それとも、ただの予定調和だというのか。


「おいっ、早く逃げるぞ!」


 両親の亡骸の前で泣き崩れる私の腕を君は薄情にも引っ張り、早くと急かした。その時、今まで堪えていたものが音を立てて切れた。


「   」


 主人公としての演じてたのも忘れて怒りと悲しみで塗れた言葉を何の罪もない君に打ち付けたのだ。


 それから、吐き出すだけ吐き出した私は漸く我に返って後悔した。見上げた君は硬く握った拳に、腕と服にはべっとりとついた血の跡、微かに眉を顰め、悲しみに揺れる瞳は真っ赤に腫れていた。


「…俺には、お前が何に苦しんでたかなんか知らない」

「っ」

「だから、苦しいなら言え、悲しいなら泣け、辛いっていうなら我慢なんかするな」


 そうやって赤く腫れた目に涙を溜めながら手を差し伸べる君は強くて、私は酷く惨めだった。だって、君より何年も長く生きた記憶があるのに、こうなることもわかっていたのに、逃げ続けることしかしなかった私はどれほどに愚かなんだろうか。


「俺は、戦争なんて嫌いだ…もう二度と大事な人達をこんな形で失いたくないんだ」


 身体を打つ土砂降りの雨が私たちに降り注ぐ。


 胸が、心が痛かった。


 この村が戦争に巻き込まれたのは、きっと私の所為だろう。


 “水の揺り籠”にはストリーリ上必ず通らなくてはならない強制イベント、街中などで偶然遭遇するランダムイベント、特定の日にその場所に行くと発生する選択イベントがあった。この村の悲劇は主人公の覚醒と平和を目指すきっかけに当たるストーリーで、プロローグの中に含まれていた強制イベントだった。


 そして、それは同時に攻略キャラで主人公の幼馴染みである彼の強制イベントでもあった。


 この後駆け付けた騎士に保護され、水の適性持ちを見出された私は教会に、君は孤児院に保護されることになる。そこで、君は騎士なることを決め、別々に分かれた幼馴染の少女を探す為王都に行く。そして、聖女として崇められその身に期待を背負った少女を見つけるのだ。


 それがゲームの本編が始まり。固く握り締める手の感触も、疼く胸の痛みも、体を打ちつける雨の冷たさも本物なのに、筋書きをなぞるかのようにゲームの舞台が整っていく。


 目の前が真っ暗になるような目眩を感じると冷え切った体がぐらりと揺れ、薄れゆく意識の中、赤だけ目に焼き付いた。




 * * *




 赤。


 主人公は水ということもあり、青がイメージカラーだったのに対して、赤は主人公と対峙するライバルキャラである彼女、シルビアのイメージカラーだった。


 シルビアは敵国である帝国の王、グレイの幼馴染であり、どのルートでも常に帝国の魔女として現れ主人公の倒さなくてはならない敵であった。


 色も属性も国も対照的な主人公とシルビアだったが、何処か重なる箇所があった。二人は別々の場所で互いに悲劇に遭遇し、自らの持てる力を使い共に平和への道を模索する。だが、持てる力が癒しと破壊であるが故に交わることはないのだ。


 そのことが明かされたのは円満ルートの後日談であった。そこで皇帝に当てた手紙の中に彼女の複雑な心中を明かしていた。


 作中では狂ったような彼女をどうして主人公がそこまで助けようとするのか理解することが出来なかったけれど、その手紙の内容を思えば彼女のことをどうしても他人とは思えず見捨てることが出来ないのを痛い程にわかる。


 けれど、そんなシルビアをどのルートでも救うことは出来ない。円満ルートでも悪役のシルビアと和解し全てが円満になっても良い筈なのに、結構彼女は死んでしまう。


 そういえばどうして、主人公は悪役の彼女を救えなかったのだろうか。もし、彼女を救えたら…


 主人公と似た境遇でいて、作中では決して報われることのなかったもう一人の主人公。その先の物語を知りたいと思った。


「ヴィオラ様」

「はい、なんでしょうか?」

「式典の時間でございます」

「わかりました、今参ります」


 式典。ゲームのスタート時のイベント。教会が主人公ヴィオラを公式に聖女と認定する式なのだが、魔女シルビアの出現により劣勢となりつつある王国軍に加勢しようという動きだった。ただその実、教会が帝国への牽制と王国への影響力増長を狙ったものだったのだ。


 こういったゲームでは見えてこなかった思惑がここでは複雑に絡み合っていた。例えば、王国は一枚岩かと思えばそうではなく、王室派、貴族派、中立派、教会派といった4つの勢力図があった。


 そして、攻略キャラは王国側が4人、帝国側が1人で、その内王国側の4人は実は別々の派閥に属していたのだ。


 幼馴染のアレンは直属の上官が中立派筆頭であったことから自動的に王国の中立派に属し、王子は王室派、聖者は教会派に属している。


 また、従者は王子に仕えていたことから王国の王室派に属してるが、実際は貴族派筆頭の子飼いだった為王国の貴族派に属しているのだ。


 いわば各勢力側の影響力の強い次世代となるような若者が攻略対象だった。彼ら本人にどういった思惑があるかは分からないが、各々の派閥のトップから牽制や籠絡を目的として送り込まれたと考えるのが自然だろう。そういう意味では彼らの見目が麗しいのはまぁ、当然といえば当然かもしれない。


 ただ、逆に捉えるとこの4人の心を掴めば4勢力を得たのにも同じになる。つまり、円満エンドは各勢力の次世代の主要人物となりうる彼らを、苦しみからの救いという名の彼らの心の核を握ることにより、主人公が全勢力を掌握することにより平和を手にするエンディングだったのだ。


 ここから、ゲームが始まる。


 円満エンドに至る為には条件があった。まず初めのシルビアとの戦闘中に出る選択肢が鬼門だった。何故なら、この選択肢は自身の水の熟練値が100(MAX)必要だというハード仕様。もし、そこまで到達していない場合、円満ルートではなく即デッドエンドとなるのだ。


 この数値を出す為にはそれまでに起こる攻略キャラとの強制イベント以外のイベントを全て無視した上で、魔法の修行コマンドを選び続けることが必要となる。


 そして、最初の選択肢を選ぶと以後、シルビアとの戦闘中の会話の選択肢に彼女に歩みよるような選択肢が増える。それを選び続けた上で、特定の場所、曜日に発生する他の攻略キャラの苦悩イベントに遭遇し、苦しみを救う選択肢を選ぶ。


 この苦悩イベントは選択イベントの一つで、本作のテーマ“救い”の醍醐味であった。また、選択イベントは基本的に攻略キャラルートに入ると自動的に選択イベントも強制イベント扱いになる。が、その攻略キャラルートにはいっていない場合でも選択イベントを見ることが可能だった。


 その為、全キャラの苦悩イベントの場所、曜日を把握する必要があり、困難なエンディングだった。


 このゲームが好き過ぎて、やり込み過ぎたのが良かったのか悪かったのかわからない。ただそのお陰で、その最難関の円満エンドに行くことは造作もないことだった。いつ、どこで、何があるかは把握してる。あとは、台詞を選択肢をなぞるだけ。


 それでも聞きなれた台詞を返される度、落胆に冷えていく心は誰にも知られずに錆びついていった。


 聖女様と慕う人々と接する方がいっそ楽だった。彼らは私の事を知らないし、私も彼らの事を知らなかったから。ほっとしたのだ。


 偽善者のような面をして、偽善者のように誰かを救う、偽善者のような行動をして、偽善者のように………。それだけで、私は聖女だった。


 教会は聖女としての名声が高まれば文句を言わず、王国は帝国を牽制出来れば喜んだ。あとは、聖女の心を手に入れろと言わんばかりに彼らを寄越してきたが、最低限の関わりに留め、ひたすら熟練度を高めた。


 熟練度を上げれば上げる程、水は冷たさを増した。それでいて常に冷気を纏っているような感覚なのに、不思議と体は平気だった。いくら他の温かい筈のものを触れても何も感じなかった。まるで死んだまま生きてるようで、心は凍えていった。


 けれど、彼女は暖かかった。焦がすような熱を纏った彼女と対面してる時だけが、心が溶けた。救われたのだ。


 ただ、それも終わりに近づく。


 シルビアがいなくなり最強となった主人公が抑止力となり世界は仮初めの平和を手にする。それがゲームでは定められたエンドだった。


 でも、それでも、貴女がその手を伸ばし返してくれたのなら、私は知った未来すら覆してやろうと思ってた。


『覚えておきなさい!貴女が掴んだと思い込んでいるこの平和は、ただの仮初めに過ぎないことを!!!』


 憎悪と狂気で満ちているようでいて、心の悲鳴すら聞こえそうな彼女の最期の言葉を聞いた瞬間、主人公としての皮が剥がれ、私の言葉が溢れた。


『っ、仮初めの平和がなんだっていうの!これが偽善だろうが綺麗事なんだろうが関係ない!


 生きて、生きて生きて!




ーーーーだって、悪役なんていらないんだから!』


 両目から溢れる涙を拭いもせず、捲し立てる私をみて彼女は、唖然とした表情を見せるとふっと微笑んだ。未来は変わったんだと、一瞬思った。


 けれど結局、私は彼女を助けることは出来なかった。


 炎の中に身を任せる彼女にどうしようもなく伸ばした右手は、そのまま消えた彼女の灰を掴んだだけだった。


 彼女の訃報に帝国は慌てて撤退し、王国は勝利に酔いしれていた。崩れ落ちる聖女のことなんて見向きもせずに。


 戦いが終われば沢山話してみたかった。


 きっと彼女は知らないと思うけれど、帝国に潜伏して皇帝に会っていた時、一度だけ話したことがあった。


 人気のない薔薇園の奥に真っ赤なローブを脱ぎ去った彼女は美しい人だった。咄嗟に姿を変え、迷った振りをして貴女に近づいた。


 彼女は苛烈な紅を纏っているのに穏やかで優しい人だった。


 寂しげに微笑む彼女の手を取って握る。ひどく暖かくて、優しい熱が懐かしかった。怯えと困惑に揺れる彼女の瞳を見つけて、その手を自分の頬に当てて見せれば恐れるように体を強張らせた。


 大丈夫、大丈夫。何も怖くないよ。そう、ゆっくりと語りかければ、彼女俯き肩を震わせ泣いていた。頬にじんわりと伝わる熱を感じながら、気付けば私も一緒に泣いてた。


 次、何処かで会えたらと笑いあって別れたけれど、終に会うことはなかった。


 彼女の灰の前で悲しみに暮れる私とは異なり、背後では彼女が消えたことにより兵達は歓喜に沸く。


 私は戦場であるのにも関わらず、無防備にもしゃがみ込み、入れる袋の当てもないのに彼女だった灰を無言で掻き集める。薄情にも帝国軍は早々に逃げ帰ったのだから、危険なんてないだろう。いっそ、彼女の為に一矢報いようと襲いかかってくる人間でもいてくれたらいいのにとさえ思った。


 一頻り彼女だった灰を集めきった時になって漸く、目の前に見覚えのない少年が立っていることに気付いた。王国軍の者かと思ったが、なんとなくそうじゃないことはわかった。


 袋を掴んだ手を差し出した彼の目は真っ赤に泣き腫らして、こちらを鋭く睨んでいた。


 言葉も交わしたく無い程に、殺したいと思う程に恨んでいるんだろうなと思いながらも、何処か穏やかな気持ちだった。


 集めた灰を差し出された袋に入れていく。互いに無言のまま作業を繰り返していると手の中で引っかかるものがあった。掬い上げるとじんわりと熱を纏ったチャームが手の平にあった。


 彼女の遺品に返さないといけないとわかりながら、返したくなかった。でも、そんな資格もないのだと、諦めて彼に渡そうとした。すると少年は顔を顰めてその手を突き返した。


「それはあんたが持ってろ」

「……え?」

「殺し合った敵の人間の遺品なんて持ってたいなんて思わないだろうが、あの人からあの人の未来とあの人が望んだ平和への道を潰したのはあんただ。」


 罪を断罪するかのように睨む少年にきゅっと口を噤む。主人公ならそんなつもりじゃなかったとか言うんだろうなと思ったが、彼女を想う彼には誠実でありたかった。


 無言でただ次の言葉を待った。


「正直、今すぐ殺したい程、憎い。が、俺の恨みなんてどうだっていい。あの人があの人の持ってるもの全て捨ててまで願った平和だ。

 きっちり果たせよ、聖女サマ」


 皮肉気にそう言い切ると残りの灰もさっさと掻き集め、袋の口を縛った。右手にその袋を持ち、左手に転がる彼女の杖の中に入っていた魔石を取ると二つを大事そうに抱き抱え、去っていった。


 残された私は掌に残る僅かな灰と彼女の熱を残したチャームを握り締め、いっそ殺してくれたらなんて無責任な自分を恥じた。


 涙を拭い、杖を拾って歩き出す。


 もう、ゲームは終わった。これからは私の人生だから。だから、私は彼女の為に生きたって、それは私の自由なんだ。


 長きに渡った戦争が終わり、平和協定も済んだことにより、人々は平和になった喜ぶ。権力者の牽制なんて知らないんだろうなと、思うとなんだか笑えてくる。


 彼女の言う通り、私が手にした平和なんて所詮仮初めに過ぎないのだろう。それでも、私たちの生きていない世界のことなんて見ない振りをして、幸せになればよかったのに。


 窓に肘をつき、庭で揺れる真っ赤なリコリスを眺める。


 誰もが忌み嫌う花だが、私にとっては彼女を思わせるこの花は、いつも平和記念日になると咲くのだ。


 馬鹿な人だと思う。でも、そんな真っ直ぐな貴女だから私は何度だって手を差し伸べずにはいられなかった。


 もしも。


 もしも、今私がここにいるのが、嘗て願ったもしもの世界だと言うのなら、今度は彼女が幸せを掴める世界を願おう。


 そこに本当の平和があると信じて。






水の揺り籠〜円満エンド〜

 おまけ?


「くーーー、終わったぁぁーー!!」

「姉ちゃん、煩い」

「あ、***聞いてよ!」

「やだよ、また乙女ゲーの話だろ」

「それがね、やっっっと全部のエンディング回収出来たんだよ!本当に大変だったわー」

「いや、人の話聞けよ、いやだって」

「この円満エンドがなかなかの曲者でさー」

「てか、姉ちゃん。この後**と約束してるんじゃなかったっけ?」

「主人公がーって、え?やくそ、く………ぁぁぁぁぁぁーーー!?」

「煩いって」

「やばい、怒られる!なんでもっと早く言ってくれなかったのよ!?

 あああ、いってきますーーー」

「急ぎすぎで事故るなよーっと、…姉ちゃん忘れ物してるし。

 うん?また乙女ゲームか?しかも続編かよ……


 うっわー、また話永延と聞かされるのか。ったく、なんで同じ趣味の友達いるのに俺に喋るんだろ……ぶつぶつ」




 * * *




水の揺り籠の別endを書いてみました。

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/65691/blogkey/1029759/

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