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- 009 -

「やったか?」

「やってません」

 ゆっくり強く言い返すと、クライヴ殿下は「だろうな」と大きく息を吐いた。執務室の大きな机の自席に着いて、椅子の背中にもたれる姿は実に大儀そうだと思う。

 その机の前に立たされて、私は縄できつく縛られている。

 すぐそばには帯刀した兵が、縄の端を持って控える。不用意に動けば、この場で切り伏せると言うことだろう。

 城の中で人が殺され、もっとも強く疑われたのは私だった。

 疑われる理由は、なくはない。

 死んだのはワイルダー・バーの遺児として、それを主張していた女のひとり。私は彼女たちのすべてを疑って、それを隠してもいなかった。

 そして何より、殺害に使われたのは私が自室に隠し持っていた短剣だった。

 殿下が問う。

「あの短剣は」

「護身用に」

「隠してあったそうだな」

「飾るようなものではないかと」

「自分の立場は理解しているか?」

「恐らくは」

 理解している。もう終わりだろうと言うことは。解らないのは、目の前の男だ。

 殿下はさっき、「だろうな」と言った。そして現状を苦慮するように、息を吐いた。

 理解できなかった。それではまるで、私を信じているかのようだ。

 疑惑だけでも致命的だ。裏切り者を血縁に持つこの身には。信じるのは、馬鹿だと思う。

 殿下は椅子の背から体を起こすと、机の上に両手の指を絡ませて組んだ。さらりと揺れる赤髪の下から、琥珀の瞳がこちらを見つめる。

「かなり、拙いぞ」

「仕方のないことです」

 私自身、疑われて当然だった。自分を含め城内の誰もが、そう考えているはずだ。

 一年以上前、この城に入り込むために私は偽名を使った。裏切り者の姪が雇われるはずがなかったし、当時は秘密の役目を果たせば逃げおおせるつもりでいた。

 現在使っているフェイスと言う名は、しかし紛れもない本名だ。偽名は、無駄だった。すでにクレメンス叔父が殿下のそばに仕えていたので、何げなく即座に暴露された。

 あの時点で、私は一度終わっている。

 そのはずだったが、追いつめられるあまりに私は泣いた。泣いて、一族の罪を償うために身分を偽っても仕えたかったと訴えた。

 訴えたら、まあいいか、と雇われた。

 よくはない。解りやすい怪しさそのままに、私は殿下の命を狙っていた。それは今もだ。

 叔父は仲間を手にかけ、国を裏切ったコーネリアス・ウォルフ。本人は本人で偽名を使って殿下に近づく不誠実さに、とどめのように今回の事件だ。

「叔父はどうなるでしょうか」

「自ら謹慎、と言う事になっている」

 生きている方の叔父のことだ。姿が見えないから、謹慎と言うならそうなのだろう。しかし、自らと言うのが気になった。

 私も叔父も周囲からはうとまれていたが、特に使用人は口をきくのも嫌がった。だから私は親しい知人を作ることができなかったし、叔父を担当する下女はよく変わった。

 ほぼ城から出ずに生活する叔父が、城内の女たちからことごとく嫌われるのは死の宣告にひとしい。が、それを一切気にしないのがあの人だ。まあ……元気ではいるだろう。

 何だか不思議な気分だった。

 すべてが自分のことではないような、なのにどこかほっとするような気持ちがした。

 確かに、今回のことは知らない。私は女を殺してはいない。

 けれども、そんなに違うだろうか。

 誰へのものかは別にして、殺意は私の中にいつもあった。それはただ命じられただけの、望まぬものではあったけれど。

 馬鹿だと思う。何も知らず信じるのは。

「……殿下も、あまり情け深くてらっしゃると足元をすくわれかねませんよ」

 余計なことを言ったと、はっとしたのは目の前にある顔が変化したのを見てからだ。こちらに向けられた琥珀の瞳が、わずかにゆれて言葉の意味を問うている。

 その視線から逃れるために、頭を伏せた。

「聞かれたことにはお答えしました。もう、よろしいですね」

「フェイス」

 素早く礼を取り、執務室から強引に辞した。監視の兵をひきずるように部屋から逃げて、扉の音を背中で聞く。

 それと同時にこぼれた涙は、どこまでも身勝手な私の心だ。

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