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「気になるだろう」
そう言った琥珀の瞳には、意地の悪い笑みがあった。朝食を終えた客と主にカップを配り、熱いお茶を注いで答える。
「ええ、気になります」
「なんですか?」
金の巻き毛を軽やかにゆらし、首をかしげたのはサイモンだ。それには殿下が勝手に答える。
「どうやって誓約書にサインさせたか」
「それも二人も。昨日は私もおりましたが、何かを見落としているのでしょうか」
特別なことは何もなかった。給仕のために、昨日の面談はずっと見ていた。なのに、私にだけ解らない。
夢見るように嘘を振りまく彼女たちに、欺瞞を認めさせたほころびが。
「あなたは、ワイルダーどのとお会いになったことがないのでは?」
「ええ、はい。残念ながら」
王都にいる頃はまるで縁がなかったし、ここへきた時はすでに相手が死んでいた。
「ぼくは何度かお会いしました。それで、もしかしたらと思ったんです」
「私も面識は御座いませんが、丁度この様なお姿だったと伺って居ります」
サイモンの言葉を継ぐように、ランサが隣の頭を指さした。迷惑そうにすがめられたエスの目は藍で、少しくせのある髪は茶色だ。
深い色の目と、暗い栗毛。
「あっ」
思い出した。脱落したと言う二人は、それぞれ赤毛とアイスブルーの瞳をしていた。
簡単な話だ。親の髪や目の色よりも、明るい色を持つ子は少ない。まったくいない訳ではないが、確率は低い。
攻め方によっては、嘘を暴けるかも知れなかった。
「あのおふたりはとても素直そうでしたから、きっとみとめてくださると思ったんです」
実に簡単だったと言うように、サイモンは天使のように愛らしい顔でほほ笑んだ。
*
ワイルダー・バーの遺児に対する二回目の面談は、個別に行われることになった。
それとなく確かめると、残った三人は茶色い髪と深い色の目を持っていた。不思議はない。栗毛はもっとも一般的で、多く見られる髪色だ。
しかし三人とも似ていては、容姿での選別はもうできない。今度はどのように嘘を見抜いて行くのかと、不謹慎にもわくわくしながら給仕にはげんだ。
今日の面談は一人ずつと言うこともあってか、サイモンは少し詳しく話を聞くつもりでいるようだ。生まれた土地や、母親や、どんなふうに育ったか。
さすがに警戒するようで、三人ともに当たり触りなく面談を終えた。
「急がないと日がくれてしまいますね。エステラ、今日はここまでにしましょう」
サイモンがサロンの窓から空を見て、エステラと呼ばれた女に言った。彼女は席を立つと膝をまげ、礼を取ってから部屋を出た。
今日の面談はこれで最後だ。日が暮れる前に彼女を外まで送ろうと、急いでいるところだった。ふと、花のような香りを感じた。
足を止め、すぐそばの女に問う。
「あなた、髪を染めてらっしゃる?」
「いいえ?」
彼女は不思議そうだった。どうしてそんなことを聞くの? と。その顔も声の調子も、心からの素直なものに思えた。
「そう? なら、勘違いね。ごめんなさい」
では、香りはどこからきたのだろう。サロンには花が飾られていた。王妃の庭にも花はある。だが、ほかは緑の草葉がしげるだけだ。
王都にいた頃、見た目を飾るために髪を染める者を少なからず見た。髪染めにはあらゆる色の種類があったが、共通しているのはその花に似た香りだ。
原料が花だから似ているのは当然だが、加工の過程で特有の香りになった。だがそれも、香水や生花があれば紛れてしまう程度だ。
その香りを感じた。……ような気がした。
私は髪を染めていない。なら彼女の匂いかと思ったが、しかし今の反応を見ると何かと間違ってしまったのだろう。そう思った。
もっと考えるべきだった。
普通なら大したことではないが、今は違う。
彼女の髪色に秘密があったら? それを今、暴きかけたのだとしたら?
馬鹿正直に問うたのは、完全に私の失敗だった。間違いだと判断したのは、早計だった。
あんなに素直な嘘があるなら、彼女は人を欺くことに慣れ過ぎている。
遺児のひとりが城の中で殺されたのは、その翌日のことだった。