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城内の人間にはすぐに知れ渡ったが、サイモン・グレンデルとその二人の家人は特別な客だった。ワイルダー・バーの遺児のため、殿下が直々に呼びよせた。
ただ殿下には、最初からもう少し別の考えもあったようだ。それを私が知ったのは、完全な偶然によってだった。
正直に言うと、疑問だった。
なぜ、サイモン・グレンデルなのか。
彼は若い。何しろまだ十三歳だ。それにあんなに愛らしく、嘘なんて存在することも知らないように輝いている。どうして彼に遺児の真贋が判断できるのだろうか、と。
ほどなく解った。
確かに彼は、天使のように愛らしい。
けれどもその外見だけでただの子供だと決めつけるのは、とんでもない間違いだ。
私は、深く反省することになる。
五人の遺児たちの面談は、城内のサロンによって行われた。
それは忠実な下僕が主人をわずらわせるのを嫌がったためでもあったし、警備上の理由からクライヴ殿下が提案したからでもあった。
警備計画に関しては、サイモン専属の護衛であるエスが主体に――なることはなく、途中で「ラクそうだし、いいんじゃね?」と言ったほかは特に何もなかったらしい。
日当たりのよいサロンは気持ちのいい光であふれ、まるで宝石のような上等の茶菓が用意された。
遺児たちは総じて十八、九。私と変わらない年頃だろう。おのおの精一杯に着飾った姿で、そわそわとテーブルに着いた。
城へ上がるのは初めてだろうが、落ち着かないのはそのせいか。それとも嘘で固めた身の上のせいか。
「みなさん、お集まりくださってありがとうございます。今日はむずかしい話しはやめましょう。はじめてお目にかかるかたばかりですから、まず、なかよくなりたいのです」
美しい下僕を従えて、サイモンは愛らしくにっこりと笑う。
夢のようだど、思ったかも知れない。
豪奢なサロンはすみずみまで磨かれ、そろえられた調度類は上等なものばかりだ。繊細で手の込んだテーブルや椅子。花を飾るためだけの小さな机。壁にかかった何げない絵画。
薄く繊細なティーカップからは、甘い香りが優雅に広がる。
ティーパーティーでも始まるようなこの雰囲気に、夢を見たくなる気持ちも解る。
だがそれは、間違いだ。今から繰り広げられるのは、夢のひと時ではなく欺瞞に満ちた腹の探り合いなのだから。
熱を持って色めく女たちとは対照的に、少し離れた壁際でエスが退屈そうにあくびをしていた。
騒ぎを期待していた訳ではないが、拍子抜けするほど特別なことは何もなかった。
面談の給仕は私が務めた。そうしながら見る限り、サイモンは終始にこにこと笑って話を聞いていただけだ。
「何のための面談なのでしょう」
批判めいた響きになった。
遺児だと言う女たちを城に招いて、これでは本当にティーパーティーを開いただけだ。実際、これならたたやすいと彼女たちにも思われたらしい。
面談を終えて外まで送り届けている途中、そよ風のようなかすかな声で、彼女たちはささやき合った。
「どんな事を聞かれるかと」
「あんなに美味しいお茶は初めて」
「わたし達と仲良くですって」
「あの可愛い子ね」
「お供のかたもステキ」
罪を恐れはしないのだろうか。腹を立てるより前に、そう思った。
「心配するな、フェイス。あれでグレンデル家の総領だ。侮れないぞ」
そう言って、クライヴ殿下は私の不満を笑い飛ばした。それもまた、不満だった。
しかしこの一回目の面談で、二人の遺児が脱落した。それを知ったのは、翌朝のことだ。
「このようになりました」
朝食の席でサイモンが言った。
主人の言葉にさっと動いて、ランサが殿下に羊皮紙を差し出す。
それは二枚の誓約書だった。
金輪際ワイルダー・バーの遺児を騙らないと言う文面で、最後には脱落した本人の手によりそれぞれの名が記されている。
署名があるなら、認めたのだろう。認めたのなら、もう彼女たちは問題にならない。
その内容を確かめて、赤い頭がうなずいた。「さすがですね。残りも、どうかこの調子で」
「ご期待を裏切らぬようつとめます」
サイモンの返事に満足そうに笑って見せて、それで終わりと言うように殿下は誓約書をテーブルに置いた。