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確かに、ランサは美しかった。
だがそれ以上に、様子のおかしい人でもあった。
実は、この半月の間にワイルダー・バーの遺児は五人ほどに増えている。これは恐らく、城下での滞在費用が遺児には全額補償されると言うことが、広く知られたからだった。
つまり最初のひとりも怪しいが、あとの四人はもっと怪しい。
そのことを知って、なぜかサイモンが一番ショックを受けていた。
「その中に、本物のお嬢さまはいらっしゃらないのでしょうか……」
「ぼっちゃま! ぼっちゃまがその様にお心を砕かれる事はございません。あの様な者は捨て置けば良いのです。死にはしません。勝手に生きて参ります」
悲しげに表情を曇らせる主のそばにひざまずき、必死にランサが言いつのる。本当になぐさめるつもりがあるのかどうかは別にして、気迫はやたらと伝わってきた。
ランサはグレンデル家と言うよりも、サイモンの下僕と言うべきだろう。年若い主人だけを気にかけて、そのほかは何もかも些末な出来事とでも言うようだ。
迷子のエスが「ベタベタした二人」と表現したが、サイモンはともかくランサは確かに。主が転べば、足を引っかけた小石を心底憎むに違いない。
対照的に、エスにはサイモンへの特別なこだわりがないように見えた。もちろん、護衛として大切に守っている。城内で剣の携行を許されるのも、実力と信頼の証しだろう。
それにこの距離感の違いは、サイモンの側にしてもそうだった。ランサには気がねなく甘えるふうなところがあったが、エスの前では少し背伸びをして見える。
彼らに対して、私はそんな印象を持った。
「そうだな」
エスがグレンデル家にいることは、自分にも意外なことだった。殿下はそう言いながら、花のついた蔓に手をかける。
「これでいいか?」
「もう少し上のものをお願いいたします」
注文をつけると、どれも同じだろうと言う顔する。かたい蔓を見事に編んで作られた、背の高い花のアーチだ。その上の方へ手を伸ばし、花を摘みながら話を続ける。
「ディヴェルソは生まれながらにグレンデル家に仕える者だが、エスは違う。それにあの性分だからな。軍人にはなっても、誰かに仕えるとは思えなかった」
「お二人とはどこでお知り合いに?」
「軍学校だ。何年か一緒でな」
クライヴ殿下は王の息子だが、兄君が多く王位には遠い。そのため早々に臣へ下ることに決め、王立の軍学校で教育を受けた。
「このくらいでいいだろう」
話を聞いている内に、私の腕の中は殿下から渡された花でいっぱいになっていた。
私たちは王妃の庭にいる。
サイモンの提案で、明日から遺児たちを城に招いて面談することになった。その部屋に飾る花が欲しいが、城下に花屋はあっただろうか。
土いじりが好きなら、詳しいかも知れない。叔父を相手に相談していると、ひょいっと現れたクライヴ殿下が私をここへ連れてきた。
地元の人間だと言う庭師の男を気安げに呼んで、花をくれ、と悪びれない様子で直球を投げる。全身から、血の気がひいた。
ここは、元はアイディームと言う国だった。それを二年前、武力で制圧したのが我がリシェイド。クライヴ殿下の父君の国だ。
アイディームの元王城で、亡き王妃のために育てた花を。よこせと。言うなれば敵である、リシェイドの王子が。
すでに国は滅んでいても、気持ちと言うものがあるだろう。うまくは言えないが、何らかの暴力を見せられた気がした。
まあ、考え過ぎだったのだが。
庭師は、あっさり花をくれた。
「気に入る花が見付かってよかった」
「ええ、ありがとうございます。このお庭の花は素敵だから、わけて頂けて嬉しいです」
両手いっぱいに花を抱えて礼を言う横で、殿下がぼそりと意外そうにつぶやく。
「フェイスが花を好きとは知らなかった」
「身近な人への気遣いが足らないのでしょうかね。女性は特に、相手がどれだけ自分を見ているか聡いものだと聞きますが」
庭師は鈍い金色の髪の、三十なかばの男だった。私には優しいが、殿下には遠慮しないと決めているかのようになぜか厳しい。
「……バッカス、何が言いたい」
「どうしてもと泣いて頼んで下さるんなら、花束くらいお作りしますよ」
「ほう、言い値で買ってやる」
これを冗談ではなさそうな口調で、にこりともせずに言い合っていた。