- 005 -
すり切れた冒険者ふうのエスと名のる迷子のために、連れの二人――サイモンとランサを探し回った。その結果たどり着いたのは、最終的にクライヴ殿下の執務室だ。
そのことに、私は混乱した。
扉の外から迷子を保護したむねを告げると、部屋の主が笑いながらに入室を許す。
執務室の中には、すでに二人の客があった。そのひとりは、美しい男だ。男と言うことを疑うほどに、美しかった。
つややかな黒髪を後ろへなでつけているために、全開になって押しよせる美しさが暴力的だとさえ思う。
それがランサだ。人間が想像し得る限りの最高に美しい形の唇で、彼は言った。
「馬鹿がご迷惑をお掛け致しました」
その言葉に、エスが少し肩をすくめる。
「置いて行くのが悪いんじゃねえの」
「お前が勝手に消えるからだ!」
彼らは、いつもこうなのだろうか。言い争う二人の姿をにこにこ見守るもうひとりの客は、まだ幼さの残る少年だった。
くるくる輝く金の巻き毛に、きらきらとした愛くるしい青い目。絵画から天使が抜け出たら、確実にこんなふうだと思う。
そして、この少年がサイモン・グレンデルその人だった。
この事実は、私にはちょっと受け入れがたい。グレンデル家は古くから続く武門の名家で、ゴリゴリと言うほかないゴリゴリの武人を輩出する家系のはず。
天使を輩出するとは聞いてない。
それに、日数からしても絶対におかしい。彼がサイモン・グレンデルだとしたら、どうして今この場にいるのだろう。
クライヴ殿下に頼まれて、騎兵に手紙を預けたのは半月と少し前のこと。宛先はグレンデル家で、それはリシェイドの王都だ。
この城から本国の王都まで、早馬でも半月はかかる。それに貴族の旅は基本的に馬車になるから、移動速度はもっと落ちた。
手紙が渡ったかどうかと言うこのタイミングで、王都にいるはずの本人がこんな僻地に現れるなんてことはあり得ない。
あり得ないのに、この矛盾を気にしている人間は私だけのようだった。
サイモンは天使のようにまぶしく笑い、暴力的な美貌のランサとクライヴ殿下は見事な笑顔で腹の探り合い。エスは猫のようにあくびして、多分だが、叔父は何も考えていない。
それを見ていると、自分が何と戦っているのか解らなくなった。……いいか、眠いし。
滞在するグレンデル家一行のため、すぐに客室が用意された。そちらには専属の下女がつくだろうが、不案内な城内に放り出す訳にも行かない。
三人を案内しようとしていると、クライヴ殿下が私を執務室に呼び戻す。入れかわりに、叔父が部屋を出て行った。
「あの時言った事を覚えているか」
殿下は椅子の上で横を向き、難しい顔で窓の外を見ながら言った。しかし、あの時と言うだけでどの時か解れと言うのは無茶だろう。
「あいまい過ぎます」
「惚れるなと言ったろう」
それなら一度しか言われていない。半月前、例の手紙を預かった時のことだ。
「思い出しました」
「もう一度言っておく。惚れるなよ」
「……サイモン様にですか?」
「……年下が好みだとは知らなかった」
時間を空けて二度も言うのは、その理由があるからだろう。手紙を預かった時と、今。
共通するのは彼の存在だけだった。
サイモンはまだ十三と言うし、愛らしいとは思うが想いをよせるには少し幼い。あと十年もしたら今の殿下と同じ年になるから、そうなればおかしくないのかも知れないが。
本当に解らないのかと。疑うような、釈然としないような顔で殿下がその名を口にする。
「ディヴェルソの事だ」
そっちか、と納得した。それはランサの家名だった。確かに、あの人は美しい。
「昔からだ。あれの悪魔の様な美貌のために、出会った者は目も心も奪われてしまう」
「悪魔だなんて」
「いや、あれを知る者は皆そう言う」
「では、憎からず思ってらっしゃる方ばかりなのでしょう」
そう言うと、琥珀の目が真ん丸になった。何やら、虚をついた言葉だったらしい。
「私なら……どうしようもなく愛してしまう相手でなければ、そのようには申しません」
「では、お前の悪魔はどんな姿だ?」
「姿は、どうでしょう。目の前にいると、心臓を食われているような気はいたしますが」
じくじくと、熱いような、痛いような。
意外な秘密を聞かされたように、殿下は不思議そうな顔をした。解らないだろう。ただ隣にいるだけで、私の心臓が痛んでいるとは。