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一緒に戻ったのだろう。執務室には、サイモンたちの姿もあった。椅子に座ったクライヴ殿下の少し後ろで、控えて立つのはその名代を務めた獅子だ。
黄昏の中、誰もが口を閉ざしてじっとこちらへ目を向けていた。
ただ戸惑うばかりの私の横で、すべてを理解したように叔父が問う。
「それは、王のご判断でしょうか」
「そうだ」
「では、わたくし達は」
「これまで通り」
「……残念です」
「済まない」
謝罪とともに目が伏せられて、琥珀の瞳に深い影が落ちた。
二人が何を言っているのか、解らない。
「療養とは、どう言う意味ですか?」
理解できないのは、その処遇だ。でも、ほかにどう言えばいい?
クリフォード殿下は、罰を受けるのではなかったのか。クライヴ殿下を殺そうとした、その罪の。
「そのままの意味ですよ、フェイス」
答えたのは、叔父だった。顔は前に向けたまま、冷たげな視線を床に落とす。
「王は、ご子息を罰するお積もりがない」
「……だが、二度と兄上の名を耳にする機会もないだろう。王城からも王都からも出され、人知れず生涯にわたって幽閉される。父上がおおせの療養とは、そう言う意味だ」
「どうして! それでは、駄目です」
それは、裁かれないと言うことだ。罪を問う機会さえ、与えられないと言うことだ。
殿下も、叔父も。どうしてそんなに落ち着いているのか解らない。
「スタンリー、わきまえなさい」
厳しい口調で言うのは獅子だ。
「でも」
「王の意見をまげる事は、誰にもできない。それも、王家から逆賊を出せとは」
――ああ、だから。叔父はまず、王の判断かと確かめたのか。
唇を噛んで下を向く。
もう何も言葉がなかった。王の意向と言われたら、どんな不満も飲み込むしかない。それは恐らく、クライヴ殿下でもそうだ。
なのに、割って入ったその声は軽い。
「って言うのが、まあ、たてまえなんだけどさ。やっぱ、ホントのとこ聞いときたい?」
「フィルメ!」
信じられないと言うふうに、名を呼んだのはクライヴ殿下だ。机に手をついて立ち上がり、グレンデル家の護衛をにらむ。しかし当の本人は、あっけらかんとした顔だった。
「だって、なあ。あれどう思う? ランサ」
「そう言う年頃なのだろう。殿下殿は裏で無理をしておいて、顔には出さず語りもしないのが美しいとお考えの様だ」
「知らないところで恩着せられても、迷惑だよなあ」
「言ってやるな、エス。苦しみを全て一人で引き受けていると思い込んでおられるんだ」
「エス、ランサ。もうやめて。クライヴさまがおかわいそうだよ」
サイモンが金の巻き毛をゆらしつつ、ふるふると首を振って二人を止める。ランサはそれにうやうやしく礼を取って答えたが、エスは自分の頭をくしゃくしゃとかきまぜた。
「責任感じてんですよ、これでも。バカ親父が死んでさえなきゃ、もっと簡単な話で終わってたような気もするし」
「待て、それは」
はっとしたようなクライヴ殿下を、エスは完全に無視する形で顔をこちらに向けて言う。
「コーネリアス・ウォルフが、クリフォードって人とつながってた証拠は出なかったんだってさ。それでもウォルフ家の救済を王に約束させたのは、この人ががんばったからだよ」
「え?」
「クライヴ様、それは道理が通りません」
「もういい。お前ら全員黙れ」
私と叔父がほとんど同時に声を上げ、クライヴ殿下はうめきながら自分の手の平に顔をうずめた。しかし、エスの言葉はまだ続く。
「療養って言うか、幽閉だな。この形で手を打とうと提案したのは、確かに王だ。オレもそう聞いてる。でも、了承したのはこの人だよ。それには交換条件があったらしくて」
「フィルメ! 俺は黙れと言ったぞ!」
「その条件が、フェイス・スタンリーを罪に問わないこと」
そう言うと、彼女は私に近づき肩を叩いた。
「じゃ、あとはがんばって」
「え」
どう言う意味かと、出口へ向かうエスを目で追う。するとそのあとへ続きながらに、獅子が感心したように言った。
「そう言う、平気で余計な事をするところ。お父上にそっくりだぞ」