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- 034 -

 療養として姿を隠していた五か月の間、クライヴ殿下は計略をめぐらせ奔走していた。

 とは言っても、一度は呼吸が止まり死にかけた人だ。実際に走り回ったのは、別の人間だっただろう。

 例えば、サイモン・グレンデルのような。

 彼は身を隠す環境を提供しただけでなく、ほとんど手足となってクライヴ殿下を助けた。

 陰で忙しく動き回っていたはずの期間、彼がこのアイディームの城に滞在し続けたのは計算だったかも知れない。

 確かに、視察と称した外出は多かった。しかし不自然に戻りが遅いと言うことはなく、疑うべきだとは誰も思っていなかった。本人も、そのことを承知していたのだろう。

 ただしそれは、ランサの存在がなければの話だ。あの下僕がいれば、距離的な負担は問題にならない。

「そうして王宮と密かに連絡を取りながら、クリフォード殿下の身辺を探っていたそうだよ」

 庭の方へ目をやったまま、叔父が私にそう教えた。

 これは今も決着のつかない疑惑ではあるのだが、探りを入れたのは魔術師を差し向けたのがあの人だと目されていたからだ。

 仮にそうではなかったとしても、備えておくべきではあった。相手が弱っていると知っていて、見逃すほどに甘くはないから。

 しかし、さすがと言うべきかも知れない。

 どう探っても、怜悧な次兄殿下の身辺からは何の証拠も出てこなかった。あるのはいくつかの真っ黒な疑惑と、内通者であるクレメンス叔父の証言だけだ。だから。

「クライヴ様は、勝負に出られた。王に疑惑の全てを打ち明け、兄君の陰謀を暴かせて欲しいと」

 忍耐強く身を隠し、自らの死を匂わせて。

 クリフォード殿下がこのアイディームによこされたのは、王の命によるものだ。あれがすでに、クライヴ殿下の計略だった。

「わたくしや貴方の前でなら、クリフォード様も装う事はしない筈。クライヴ様が既に死に、目的の為された後なら尚更の事」

「叔父様は、そのことをいつ知ったの?」

「ええと、先週かな?」

 日数を数えるように指を折り、ゆるく編んだ灰色の頭をかたむける。

「もう終わったのだからと、ハーディー様が教えて下さってね。騙していて済まなかったと、頭を下げられてしまったよ。あれは、申し訳なかったなあ」

「叔父様に申し訳ないって概念があると解って、私嬉しいわ」

 隣に座った叔父と同じようにして、庭の方へ目をやってうなずく。

 そのまましばらくぼうっとしていると、不意に鋭い誰何があった。声は、監視のために同行していた兵のようだ。

「誰だ」

「あの、フェイスに用があって」

 ちょうど庭木の陰から聞こえた会話に、あずまやを出てそちらへ近づく。兵に止められていたのは、下女だった。

「エイミー?」

「フェイス! 探したわ」

 私を見つけ、彼女はぱっと顔を輝かせる。

「どうしたの?」

「今聞いて、急いで知らせにきたの。あのね、領主様がお戻りになられたんですって」

 私が喜ぶと信じ切っているように、エイミーは嬉しそうな顔で教えてくれた。

 クライヴ殿下が戻られた。

 そう知らされて、しかし私は全身が冷たくなるほどの緊張を覚える。いよいよ、この時がきたのだと。そう思った。

 少しよろめきそうになった体が、何かにぶつかって止まる。いつの間にか、隣に立っていた叔父だった。

「ご挨拶に伺いましょう」

 そう言って静かにうながされ、私たちは執務室を訪ねた。

 かたむいた日差しが窓から入り、室内のすべてを黄昏の色に染めていた。

 領主のための大きな机の向こうには、クライヴ殿下の姿があった。

 叔父と並んで前へ立ち、礼を取る。

 その瞬間、感傷的な激しい感情に襲われた。苦しくて、泣きたいような。

 殿下に会えるのはきっとこれで最後だと、不意に悟った。

 この身の罪を裁かれて、罰を受け、二度と姿を見ることも敵わない。

 きっとそうなるのだと、ずっと心のどこかで思っていた。それを今、はっきりと突きつけられるように感じた。――しかし。

「クリフォード兄上は、急な病で療養なさる事になった」

 クライヴ殿下は難しげな表情で、重たく口を開いてそう言った。

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