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 秋も深まり、土いじりの季節ではなくなったらしい。

 あずまやの椅子に腰かけて、広い庭園をただぼんやりとながめている叔父を見つけた。

 叔父のそばには、兵が二人ほどついている。それは私も同じだった。王宮へ行ったクライヴ殿下が戻るまで、仮の措置としてとりあえず監視することになったようだ。

「叔父様」

 声をかけるまで、こちらの存在に気がついていなかったのだろう。

 勧められる前に隣へ座る私に、おどろいたように薄緑の目を向ける。そして条件反射か何なのか、瞬間的に逃げようと腰を浮かせた叔父の腕を強引に取った。

「叔父様?」

「……やあ、フェイス。良い天気だね」

「ええ、本当ね。風は少し冷たいけれど」

 私は叔父にうなずいて、一緒になって庭の方へと目をやった。

 あれから、十日ほどが経つ。

 殿下から手渡された花束は枯れた。何だかもったいなくて捨てられず、まだ部屋に取ってある。その枯れた花が目に入るたび、もうすべて終わったのだと自分に言い聞かせた。

 もしかすると、自分の身を心配するべきなのかも知れなかった。

 指示を受けていたとは言え、王の息子を殺そうとしていた。何らかの刑罰があって当然だ。覚悟を決めて待てと言うのは、そんな意味だろうと思う。

 でも、すでに過ぎた幸運のようだ。

 私は実際には恐ろしい罪を犯すことなく、クライヴ殿下も生きている。罰は、もちろん恐ろしい。しかしこれ以上の幸福を望んだら、全部が泡と弾けて消えてそうな気がした。

 冷たい風が色づき始めた草木をゆらし、頬をなでる。叔父の隣でしばらくぼうっと過ごしたあとで、ついでのように聞いてみた。

「クライヴ殿下が生きておられると、叔父様はいつから知っていたの?」

「さあ……。はっきり聞かされた訳では。あの日、サロンに行く直前にハーディー様に言われてね。お茶は飲んではならない、と。だから、何かあるのかとは思ったけれど」

 あの日。クリフォード殿下を王宮へ送ったあの日のお茶は、毒入りだった。そう言えば、叔父は私が入れたお茶を決して受け取ろうとしなかった。

「あの時は、無理に勧めてごめんなさい」

「いや。わたくしも、まさか毒が入っているとは思ってなかったから。でもほら、わたくしって嘘がつけないじゃない?」

 だから自分ごと騙すくらいでちょうどいいのだと、叔父は遠くをみつめながら言った。

 今さらながら、不思議で仕方ない。

 この人は、本当に役に立っていたのだろうか。内通者としてクライヴ殿下の元に送られながら、それを早々に明かした叔父は逆にクリフォード殿下を騙さなくてはならなかった。

 この叔父が? とても可能だったとは思えない。そして実際、そこにはからくりがあった。叔父は嘘をつけないが、そもそも嘘をつく必要がなかったからだ。

「クライヴ様にはね、わたくしごと騙して下さるように最初からお願いしてあったんだよ。だからわたくしに与えられるのは、洩れても構わない情報だけだった」

 聞かされて、頭を抱える。

 それは、もう。想像以上だ。

 でもこんな人だから、サイモンがひとりで判断し行動してくれたのは都合がよかったのだと思う。ほかのまともな部下たちだったら、ないがしろにされたと激怒しかねない。

 叔父にも知らせずクライヴ殿下が姿を隠していた五か月の間、その療養と計略を支えたのはサイモン・グレンデルだ。

 僥倖だったと、クライヴ殿下はそう言った。

 サイモン・グレンデルの助力に対し、それは決して大げさな賛辞ではない。

 あの夜。クライヴ殿下が魔術師に襲われ、城内は安全な場所とは言えなくなった。

 そこでランサの能力を使い、殿下を城の外へ隠したのは彼だったそうだ。そしてヴィンセント・L・ハーディーを、領主名代としてこの城に招いたことさえも。

 十三歳のあの少年が、ひとりで考え行動した結果だ。

 これはクライヴ殿下だけでなく、意図せずしてクレメンス叔父も救うことになった。

 領主名代が現れたことで、実権はすべてそちらに移された。叔父は蚊帳の外に追いやられ、内通者として漏洩すべき情報が何も与えられなくなったからだ。

「サイモン殿がいて下さって、本当に良かった。わたくしだけだったら、今頃どうなっていたか解らないものね」

「叔父様。私も同じ気持ちだけれど、それって自慢するようなことではないと思うの」

「……はい」

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