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「刃物の角度です。骨を避け、下から突き上げる様にして刺されていたのです。それも深く、一突きに」
日の光とお茶の香りであふれた、優雅なサロンには似合わない話だ。城内で起きた殺人について、説明しているのは叔父だった。
「女性は、ドレスの下にコルセットも身に着けていますから。力のある男で、慣れていなければ一突きとは参りません」
お茶を片手に聞いていたクリフォード殿下が、感心したようにため息をつく。
「そんな事まで解るとは。ウォルフ家の者は、やはり賢いね」
「恐れ入ります」
薄い緑の目を伏せて、すました顔で賛辞に答える。それを見る私は、複雑な気持ちだ。
とうとうクレメンス叔父を殴ったのは、昨夜のことだ。ついにやってしまった。頬がはれたりしてたらどうしようかと思ったが、どうやら異常はなさそうだ。
ほっとはしているのだが、正直、もうちょっと強めに叩けばよかったとも思う。
「そう言えば、死んだのは獅子の牙が父親だと主張していた者だったとか。その件は?」
「死んだ者は、両親が遺体を引き取りに。もう一人は間違いだったと言い置いて逃げ、最後の一人は魔術師と共に消えました」
あっさりと、大したことではなさそうに叔父は言う。
でも、これは結構ひどい話だ。遺児は最初、五人いた。ただしこの事件の前に二人があっけなく脱落しており、残りの三人はこの通り。結局は、誰一人として残らなかった。
クリフォード殿下は同情のまざったようなほほ笑みで、テーブルをはさんだ向かい側を見る。そこにいるのは、長椅子にちょこんと腰かけたサイモンだ。
「弟が迷惑を掛けてしまいましたね。申し訳ない限りです。こんな所まで呼び出しておきながら、得るものが何もないとは」
「……たしかに、すこしがっかりはしました。エスに姉妹がいるかも知れないと、期待してしまいましたから」
一番がっかりするべきなのは、エスだろう。
しかし当の本人は、主人の後ろで面倒臭そうに立っているだけだ。話を振ってくれるなと、顔に書いてあるようにも見える。
サイモンは金の巻き毛をくるりとゆらし、頭をほんの少しかたむけて笑った。
「でも、得るものがなかったとは思いません。クライヴ殿下は、軍学校でランサやエスと一緒でいらしたんです。そのころのお話を、たくさん聞かせて下さいました」
「そうでしたか。退屈な土地に引き止めていたのではないかと、心配しておりました」
「いいえ、とんでもない。今は、ハーディーどのをすこしお手伝いしているんですよ。あまりお役に立てなくて、ぼくが勉強するばかりで申しわけないと思っているくらいです」
青い瞳と薄紫の瞳で、二人はにこにこと笑い合う。その姿は、何とも貴族的だ。
会話がひと段落したのを見計らい、ワゴンを押してテーブルに近づく。熱いお湯や、何種類もの茶葉を運ぶためだ。
サイモンには下僕が、クリフォード殿下には侍女が。それぞれお茶を新しく入れた。
叔父には私から渡そうとしたが、拒否された。近づこうと足を進めた歩数の分だけ、あちらも下がって距離がまったく縮まらない。
「……叔父様」
せめて、その怯えた顔はやめて欲しい。
確かにいきなり殴った私も悪いが、これは恐がり過ぎではないかと思う。
ティーカップを手に叔父とじりじりにらみ合っていると、クリフォード殿下が不思議そうに首をかしげた。
「喧嘩でも?」
「はい!」
「いいえ」
手渡すのは無理そうだ。元気よく肯定した叔父の返事を強めの口調で否定して、お茶は置いておくことにした。
少人数でお茶をする程度のテーブルだ。カップを置くために近づくと、ラヴァンデュラに似た瞳がすぐそばから私を見上げた。
「昨日まで知らずにいたのだけど、あなたは牢から逃げたそうだね」
誰だろう。この人に、そんな余計なことまで教えたのは。叔父だろうか。叔父しかいないような気がする。
「申し訳ございません」
「いや。恐らく、そう仕向けられたのだろうと思ってね。あなたのせいではないよ」
ほほ笑みながらそれだけを言うと、クリフォード殿下は侍女の入れたお茶を飲んだ。
何の話か解らなかった。何を仕向けられたのか、何が私のせいではないのか。
鈍感な人ね。侍女のひとりがそう言った。
「クライヴ殿下が襲われたのは、あなたのせいだと言う事じゃないの」